15 見回りと訪問 

「これは一体なんでしょう?」

 

 侍女見習いの一人が中の国の侍女に聞く。


「飾りボタンらしいです。裏にこう、分かるでしょうか?」


 親指と人差指で丸を作ってみたぐらいの大きさのこんもりとした半円のボタン、そこにはきれいな花と鳥の絵が彫ってある。その裏側には木を彫って細い紐を通すぐらいに彫り込んだ空間がある。


「ええ」

「その部分にひもや鎖などを通し、飾りとして使うか、何かを留めるようにそこにひもを通すかだと伺いました」

「へえ、そんなのがあるのですね」

「ええ。そして今は真っ白ですが、使っているうちに手の脂などで模様がもっときれいに浮き出てくるのだそうですよ。長く使える道具の一つにと店の主人にすすめられました」

「まあ、素敵!」

「良い香りもするわ」

「こんなの見たことがないわよね」


 侍女見習いたちが受け取りたそうにミーヤを見る。


「分かりました。一度受け取り、キリエ様に伺ってからにいたしましょう。キリエ様がいいとおっしゃったらみんなで分けるといいでしょう。ありがとうございます」


 そう言って、いくつかボタンが入った絹の包みを受け取る。


「それでは失礼いたします。さあ、参りましょう」


 ミーヤがうながし、10名ほどの侍女見習いが次々と頭を下げてから奥宮へと向かって進んでいき、その後ろ姿を中の国の侍女と、赤と黒の衣装、仮面に身を包んだ護衛が見送った。


 侍女の一行を見送ると、歩く訓練をしているケガ人は、ひょこひょことその後を少し遅れるように奥宮方面へと進み出した。中の国の侍女がそれを見守るように、そばに寄り添ってゆっくりと歩く。


 少しずつ、少しずつ、2組の間が離れていく。


 やがて侍女の一団は奥宮へと入り、すっかり姿が見えなくなったあたりで侍女がケガをした護衛に聞く。


「本当はさ」

「なんだ?」

「いや、なんでもない」

「なんだよ変なやつだな」


 ベルはそこで言葉を飲み込むと、心の中でつぶやいた。


(本当はあんなボタンよりあの手鏡を渡したいんだろ?)


 あの夜明けのようなオレンジ色の手鏡を、と。


 緋色の戦士と中の国の侍女は奥宮の手前あたりをうろうろと歩く。

 

「この宮の作りをよく覚えとけ。俺は当時と変わったところがないかを調べてる」

「分かった」


 トーヤの歩行訓練の目的はそれだった。八年の間にどこかが変えられている可能性もある。


「あの頃の造りはみんな頭に入れてある。いざって時にはどこをどう逃げりゃいいかもな。けど、もしかしてどこかいじられてたら、いざって時に役に立たんからな」

「なるほど。分かった、おれも覚えとく」


 ゆっくりゆっくりと歩く振りをしながらベルに造りを覚えさせる。


「アランはアランで勝手に歩き回って覚えるだろうさ。おまえは侍女だからな、なんもなしに歩き回るのは変だろうが」

「だな。まあ少しは散歩ぐらいできるだろうが」


 そうしてぐるりと見て回って部屋へ戻る。


 部屋へ戻り、夕飯を済ませてしばらくすると、アーダが思わぬ人の訪問を取り次いできた。


「失礼いたします。シャンタル宮侍女のミーヤと申します」


 アーダに案内され、室内に入ると、ミーヤは片膝をついて丁寧に礼をした。


「さきほどいただきましたお品のことを侍女頭のキリエに報告いたしましたところ、過分の品ではあるが、お気持ちなのだからありがたくいただくようにと申しまして、そうさせていただくことにいたしました。皆喜んでおります。ありがとうございました」


 礼のためにやってきたらしい。


「ご丁寧にどうもありがとうございます。あの、どうぞ中でお茶でも。アーダ様、よろしいでしょうか?」

「ええ、もちろん。ただいまご用意いたします」

「いえ、そのようなつもりでは参っておりませんので、すぐに失礼を」


 急ぎ、アーダが支度に走ろうとするのをミーヤが止める。


「いえ、このままお返しするわけには参りません。私が主に叱られます」


 ベルがそう言ってミーヤを止める。


「ええ、ミーヤ様、私もお世話係としてそのような失礼はいたせません。どうぞ中へ」

「いえ、でも」

「いいえ、そういうわけには参りません、どうぞ」


 2人にそう言われ、


「分かりました。では、少しの間だけ」


 そう言って軽く頭を下げ直すと、ミーヤは部屋の中へ足を踏み入れる。


「では、少しお待ち下さい」

「はい、申し訳ありません」


 アーダはミーヤを椅子にかけさせるとお茶を入れに行った。


「よう、よく来てくれたな」


 緋色の戦士が楽しそうに言う。


「そのためにあれを渡してきたのでしょう?」

「だってな、そうでもしねえとあんた、ここに来られないだろうが」

「それはそうですが。来るなと言っておきながら、全く、相変わらず強引なんですから」

「今日な、リルが来てた」

「そうなのですか」

「聞いてないのか?」

「ええ、今のところは」

「いいおっかさんになっててびっくりした」

「まあ」


 ミーヤが楽しそうに笑った。その笑顔にあの頃のままだ、そう思ってトーヤはうれしくなった。


「あんたはリルとどうやって連絡取ってる?」


 そんな気持ちを隠すように急いでそう言う。


「特別なことはなにも。普通に連絡を取っていますよ」

「そうか」


 そこまで話してアーダが戻る気配を感じ、2人共黙った。

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