17 要望
アーダと、それからミーヤからも、エリス様ご一行がもっと狭い部屋に移してほしいと言っているという話がキリエの元へ上がってきた。
「そうですか。ですが、中の国の高貴の方で、宮にあれほどの寄進をしてくださった方、あのお部屋はそれに適した部屋であると思うのですが」
アーダとミーヤにキリエがそう言う。
同じ要望を
「確かにお国ではかなり身分の高い方ともお聞きしておりますし、特に過ぎたお部屋というようにも思えません」
アーダも困ったようにキリエに言う。
「他にいくつも部屋があるとはいっても、どこが失礼にならないかを考えると、あちらのお部屋でいいのではないかと思いますが」
「私もそのように思います」
キリエがアーダに同意する。
「では、今のままのお部屋でとお伝えを」
「あの」
ミーヤがアーダの言葉を止める。
「なんですミーヤ」
「私は少しお話しをさせていただいただけで、アーダ様ほど詳しくご様子が分かるものではないのですが、少し思ったことがございます」
「言ってみなさい」
「はい」
ミーヤが続ける。
「私は、侍女見習いの方と共に階段を上がってきたところをアナベル様とぶつかりそうになり、それで足を痛められたことからお部屋へお送りすることになりました。その時に仮面をかぶっていらっしゃる、ルーク様もいらっしゃったのですが、廊下の隅に姿を隠すようにしていらっしゃいました」
「そうだったのですか」
「はい」
ミーヤが続ける。
「そして、アナベル様が随分と怯えていらっしゃるかのような印象を受けました。最初はいきなり出てきた私に驚いてらっしゃるのだと思っていたのですが、今思えば、あれはそうではなかったように知れません。それに、ルーク様もあえて姿を隠して様子を見ていらっしゃったようにもお見受けできます」
「誰かを恐れて、ということですか?」
「はい、そのような印象を」
エリス様ご一行は他の夫人たちの手から逃れるように、ご主人の後を追うようにしてこの国に来られ、その後で襲撃を受けたということになっている。何かを、誰かを恐れているとしてもおかしなことではない。
「そうですね、そのようなことはあるかも知れません。ですが、それならば今の部屋でも十分な警備もあります。移動する必要はないように思いますが」
「はい、私もそう思っておりました。ですが、アナベル様とお話する機会を持てたことで、もしかしたらと思うことがございました」
「言ってみなさい」
「はい、アナベル様とはそのぶつかりそうになる前日にも、前の宮の客室前あたりでお会いしています。昨夜お話をさせていただいた時、あそこにたくさん並んでいるのは何の部屋かと聞かれたので、衛士の控室と月虹兵の部屋だと申しましたところ、そんなにたくさんの方がいらっしゃるところならば心丈夫のようにおっしゃっていらっしゃいました」
「客殿の、人の少なさが不安だ、そういうことですか」
「はい、もしかしたらですが」
キリエが聞いて考え込む。
他の人との接触を少なくと、あえて客殿のあの部屋に置いた。それはエリス様ご一行の正体を隠すためでもある。そこにこの要望、何か考えていることがあるのだろうか。
「もしかしたら、エリス様がご不安なのかも知れません」
アーダも思い出したように言う。
「そうなのですか?」
「はい。エリス様はご自分は直接お話しなさいませんが、人が集まってお話しされるのを好まれているとのことでした。それで、私にもアナベル様と一緒に話をと望まれることがございます」
「おさびしいのかも知れませんね」
ミーヤもそう言う。
「静かにお過ごしなさりたいだろうと思っていましたが、少しばかり違うのかも知れませんね」
キリエもそう認め、よい部屋を探すから少し待つように、それからどんな部屋がいいのか要望があれば出してほしいと伝えてくれるようにとアーダに申し付けた。
話が終わり、2人はキリエの執務室を辞して、廊下を一緒に歩いていた。
「ミーヤ様に言っていただかなければ、私も今の部屋のままでと思ってしまうところでした」
アーダが恥ずかしそうにそう言う。
「アーダ様はずっとおそばにいらっしゃるから。普段、安息にお過ごしだと、それでいいと思うものでしょう」
「そうなんでしょうか。私の心配りが足りなかったように思います」
アーダがしょげたようにそう言う。
「そんなことはないと思いますよ。離れた場所にいる者の方が、案外そういうのに気がついたりするものです」
「ありがとうございます」
アーダがミーヤに礼を言う。
ミーヤは少しだけ心が痛んだ。
ミーヤは「エリス様ご一行」の正体を知っている。その上で、何か考えがあって部屋の移動をしたいと言っているのだと知っているからこそ、それらしい理由を考えることができたのだ。
「いいえ、でも本当にそうだと思いますよ。ですから、そんな顔をなさらないでくださいな」
「はい、ありがとうございます」
ミーヤは例の、ベルとぶつかりそうになった階段をアーダと共に降り、自分は奥宮の方へ向かうために別れ、客殿へ向かうアーダの後ろ姿を申し訳なく思いながら見送った。
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