13 美女談義
「ふええええええ、すごかった……マユリアのきれいさ、いや、本当半端ねえ」
「ああ、ありゃ半端ねえな。動くだけでいい香りしてきてまいった」
「な、したよな! なんだよあの香り、花の香りでもねえし、香水でもねえ」
「ありゃマユリアの香りなんだろうなあ」
アランがそう言って目を閉じ、頭の中から香りを引き出そうとするかのように、「はああっ」とため息をつく。
マユリアのお茶会から戻ってきて、一息つく前に大盛りあがりしている。
「なんだよあれ、なんなんだよ! あんなきれいって、ちゃんと言っといてくれよな! 普通じゃねえよあれは!」
ベルが怒り心頭という顔でトーヤに詰め寄る。
「あんなん分かるはずねえじゃん! きれいきれい聞いてたけど、あんなんもう人間じゃねえ。ちゃんと言っといてくれよな。おれ、自分がどうにかなっちまうんじゃねえかと思った。女なのに、もうドキドキして……」
ベルがそう言って胸に手を当てると、兄と同じように目を閉じて、「はああっ」とため息をついた。
「こいつらの言う通りだな。おまえはもうちょっと俺たちに注意しとくべきだった」
と、ディレンまで一緒になって責め立てる。
「俺も、息ができなくなったかと思ったぜ」
「分かる! おっさん、おれも分かる!」
ベルがディレンの手をガシッと掴み言う。
「な、誰だってそうなるよな、あれ見たら。でもな、こいつな、トーヤ、初対面でマユリアがきれいって全然気がついてなかったんだぜ? 信じられるか?」
「本当か!」
ディレンが目を丸くして言う。
「女のことでおまえがそんなって、そんなことって……」
「おい、人聞きの悪いこと言うなよな!」
トーヤが心外だという風に言い返す。
「俺はな、最初にマユリアに会った時、まだ死にかけて戻ってきて意識が
「いや、俺だったら本当に死にかけても分かる」
珍しくアランまでそうきっぱりと言い切る。
「あれが分からんなんて、トーヤ、あんたはどうかしてる」
アランはとどめのようにビシッと指を突きつけてそう言う。
「もうおまえには女の良し悪しを語る資格はないな」
ディレンまで、半分は面白そうにだが、そう決めつける。
「な、そうだろ? 女のおれでも分かるよ。それがさ、こいつ、マユリアよりもミーヤさんに一目惚れしちまって」
「ミーヤさん?」
ディレンがその名を聞き
「ああ、トーヤが助けられた後、ここで世話役になった侍女の人の名前なんだよ」
「ミーヤって、おまえ……」
ディレンが複雑な顔でトーヤを見る。トーヤが「いらんことを」という表情でベルを見て、チッと舌打ちをした。
「ああ、偶然同じ名前だったんだよ」
「そうなのか、それにしてもえらい偶然だな」
「俺も初めて聞いた時はびっくりした」
トーヤはあえて感情を乗せないようにしてそう答える。
「そりゃびっくりするだろうな。おまえ、ミーヤが死んで、その名前から逃げようとしてこっちに来たんだろうし」
「ああ」
あくまで何も反応はしない。
「で、その侍女の人、今もここにいるのか?」
「あ、いや、どうだろうな」
ベルが横目でトーヤの反応を伺うようにする。見た限りは何も分からない。
「あれ、そうなの?」
シャンタルの言葉にベルがギクッとする。
シャンタルは空気を読むということがほぼない。この間、すれ違った侍女がミーヤだったと言ったことをそのまま言われたら、ちょっと気まずいことになる。
「そうなの、とは?」
トーヤが敏感にシャンタルの言葉に反応した。
「うん、だって、この間すれ違った侍女の中にいたんじゃないの?」
「いつだ」
「この部屋に案内された時、侍女が何人かいてすれ違ったじゃない」
「そうだったか?」
トーヤが知らん顔をする。
「俺もいたな。7、8人の侍女とすれ違った、あそこにいたのか?」
「いなかった?」
「いや、俺に聞かれても」
ディレンが知るはずもない。
「そうか、ディレンは知らなかったね」
「そういうことです」
ディレンはシャンタルには丁寧に対応する。
「見たんですか?」
「私はこれだから」
シャンタルが、部屋に戻っても自然に被ったままのベールをしゃらしゃらと揺する。
「俺もこうだからな」
トーヤが包帯を指差す。
「そうか、そうだよね、いても見えないかな」
「そういうことだ」
ベルはホッとした。シャンタルはベルが言ったことを言うつもりはなさそうだ。もしかしたら忘れているだけかも知れないが。
「まあ侍女の数も多いみたいだからな。すれ違ったからといっても数人じゃ、そこにいる可能性はそう高くないんじゃないか」
助け舟を出すようにアランが言い、ベルが心の中で兄に両手を合わせる。
言ってしまってもいいのではないか、と思わぬこともなかった。だが、一番会いたいはずのトーヤがこうも
「それで、この宮のミーヤさんってのは、どんな人だ? 美人か?」
ディレンがまだ話を膨らませようとするのにベルは心の中で舌打ちをする。
「あー、まあ」
トーヤがなんと言っていいか少し口ごもり、
「普通だよ」
と、一言だけで口を閉じた。
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