10 自作自演
「ではこの花には毒がなく、無実、でよろしいですな」
ルギが侍医にもそう尋ねる。
「はい、それでよろしいかと」
侍医もそう答える。
そうしてピンクの花は無罪放免となった。
(そんな、馬鹿な……)
セルマは呆然としていた。
あの花は毒の花のはずだ。それを薬の知識の豊富なフウの仕業と見せかけよう、そう考えて新米侍女二名にも茶色の衣装の侍女であったと証明させるつもりだったのだ。
その花がまず毒がないと証明された。
あの調子だと、伯爵令嬢の侍女二名も思った通りに動きそうにない。
(どうすればいいのか)
万が一にも自分に疑いの目が向けられる可能性はないと思っている。気をつけて気をつけて行動してきた。あの花を置く時も、侍女の動く時間を正確に知っていたからこそ、その隙を突き、薄暗く、キリエが仮に目を覚ましていても誰だか分からない、その時間帯に忍び込むことができたのだ。
(落ち着くのだ)
セルマはゆっくりと呼吸して息を整える。
(あの青い香炉、あれを置いたのがフウであると思わせられればこちらの勝ちだ。そのためにも絶対に茶色い衣装の侍女であると証言させる。そして、前日の係のフウに疑いの目を向けさせるのだ)
「あの」
セルマは考えながら言葉を口から出す。
「なんでしょう」
ルギが聞き返す。
「ピンクの花は無毒であると分かりました。でももう一つ、白い花があったとのことですが、そちらは調べなくともいいのですか?」
最もな質問に聞こえた。
「それは調べることもないかと」
フウが答える。
「どうしてそう言い切れるのです」
「あの花は逆の効果を持つ花だからです」
「逆の効果?」
「ええ、そうです」
フウが断言する。
「あの白い花は空気を清浄に保つ性質があります」
「空気を清浄に?」
「ええ、そうです。それでエリス様はキリエ様の身を案じ、きれいな空気を作ってくれるあの白い花を贈ってくださったのだと思います」
「それは、少しおかしくないですか?」
「どこがです?」
フウがセルマを真っ直ぐに見て聞く。
「あの部屋の空気が清浄ではない、その空気を吸ってキリエ殿が不調である、そう思ったからこそあの白い花を贈ったのではないのですか?」
「それは」
否定しきれない言葉であった。
「なるほど、そういう可能性もありますか」
ルギがセルマの言葉に
「わたくしは今、キリエ殿の代わりにあの方たちの身を預かっております。それは、キリエ殿の判断を信じたからです。あの方たちを保護する必要があるという、その判断を。ですが、もしかしたら、そうではなかったとしたら?」
「ほう、どのように」
「ええ、今ここで色々と話をしていたら、あの方たちがこの宮に来てから、一連のおかしなことが起こっているように思えてきました」
「なるほど」
「もしかして……」
セルマは少し考える振りをしてから続ける。
「自作自演」
「自作自演?」
「ええ、そうです。キリエ殿の不調の原因を持ち込み、そうして体調がよくなる物も持ち込んで、自分たちがキリエ殿の味方である、そう思わせる目的とか」
「ほほう」
ルギが関心を持ったように、少し口元を緩ませる。
「では、セルマ様は中の国の御一行が、今回のすべての原因である、そうお考えだということですか」
「いえ、すべてのとまでは。ただ、あの白い花がそのような効用を持つものであったとしたら、その前提として、キリエ殿の部屋の空気が清浄ではない、それがあってこそなのでは、と思ったのです」
「なるほど、一理ありますな」
「そうでしょうか」
ルギはセルマの言葉に頷いたが、フウが否やと言う。
「何かご意見が」
「ええ、病人の部屋というものは、大体において空気がこもるものです。ですから、そのような前提がなくとも、きれいな空気を保ってさしあげたい、そのようなお気持ちから、あの白い花をお持ちいただいた、私はそう理解しておりました」
「なるほど、そのご意見にも理がありますな」
「ルギ殿、どちらの意見が正しいとお思いなのです」
セルマがいらついたように言う。
「どちらが正しいとも言ってはおりませんが」
ルギが淡々と答えた。
「どちらにも理がある、そう申し上げただけのこと」
確かにそうだった。
「あの方たちがそこまでしてキリエ様の味方である、そう思わせる理由はなんですか?」
フウがセルマに聞く。
「それはもちろん、この宮に滞在したいからでしょう」
「それはもうなっているではありませんか。キリエ様が責任を持ってお預かりする、そうおっしゃっているのですから」
「個人で受けた話です、キリエ殿が気が変わった、一言そう言えばこの宮から出ていかねばなりませんよね」
「まさかキリエ様がそんなことをおっしゃるはずがないでしょう」
「どうして断言できます?」
「キリエ様はそんなお方ではありませんから」
「あの者たちがそう思っていると断言できますか? 人は、己の立場が危うくなると思えば、その身を守ろうと思わぬことをするものです」
「なるほど、それにも一理ありますな」
ルギがまるでからかうようにそう言い、その言葉にセルマが思わず視線をきつくした。
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