2 知らん顔
下船のための
「というわけでな、俺の、船長の保証があり、かつ、金の問題のなさそうなおまえらから降りていい」
と、元船長室、現在「奥様」の客室へと綺羅びやかに模様替えされた部屋へ来て言った。
「でもまだ王都の港まで10日ほどあるんじゃねえの?」
「ああ、だがその前にここで何泊かして荷降ろしとかあるからな。だからその間、島と同じように宿に入ってもらう」
「また金かかんのかよ~」
アランの言葉に答えたディレンの言葉に、ベルが空中で
「そのあたりは必要経費と思え」
トーヤがそう言うのにベルがキッと
「払えよな!」
短い言葉で使い込みに対して物申す。
「分かったから、降りるぞ」
ぐったりした様子でそう答え、トーヤが「奥様」の手を引いて4人で下船する。そうしてディレンが用意してくれた宿へ向かった。
用意されていたのは島と同じく、やはり「偉い人」が宿泊される最高級の宿であった。
「はあ、また高そうな宿……なんぼほどするんだ……」
ベルががっくりと頭を下げて言う。
「しゃあねえだろう、奥様の役柄、お安い宿には泊まれねえんだし」
「分かってんだけどよお……」
「まあ、ここもな、ディレンが出しとくって」
「だから、それはおれらの金だろ、元は!」
「はあ、気づいたか」
「気づかいでか!」
懲りずにトーヤとベルの間で同じやりとりを繰り返されるのを、シャンタルが楽しそうに見て笑う。
「2人はいいね、見てていつも楽しい」
「楽しくねえよ! こっちは真剣なんだ!」
ベルの言葉に一層楽しそうに笑い、
「そういえば、宮でもマユリアがトーヤとミーヤが楽しいって言ってたね」
この言葉にベルがギクリ、とする。
「ああ、そういやそう言って笑ってたな」
「うん、そしたらミーヤが『私もですか?』って言って、トーヤがミーヤを面白いって言って睨まれてた」
「そうだったなあ」
「ねえ、トーヤは」
「なあ!」
いきなりベルが大きな声で割って入る。
「なんだよ、うるせえなあ」
「ここって、もうシャンタルの神域なんだよな?」
「ああ、一応な」
「でも、なんか全然あっちと雰囲気変わんねえよな、おれらのいたところと変わんねえ」
「まあ、このへんは色々混じってるからなあ、そんなに変わる感じはないな」
「シャンタルは懐かしいか?」
「え?」
「いや、シャンタルの神域ってぐらいじゃん、なんか懐かしいとかある?」
「う~ん、特にはないかな」
「やっぱりかよーおまえはやっぱりそうなんだよなあ」
「うん」
ベルが必死でなんだかんだと意味のない話をつなぎ、
「そういや、やっぱり風呂入りたいよな。ここも風呂あるよな、温泉か?」
「どうだろうな、普通の風呂じゃねえの?」
「トーヤ、聞いてきてくれよ」
「俺がか? アランが」
「いや、トーヤに行ってきてほしい!」
力いっぱい言う。
「なんで俺お名指しなんだよ」
「この宿、どんな感じか見てきてくれよ、そんで何日ぐらいいることになるのか聞いてきてくれよ、おれ、金が心配で心配で……」
「また金かよ」
トーヤが呆れたように言い。
「まあいい、分かった、聞いてくる」
「頼んだぞ」
そう言って部屋から出ていった。
ベルは、トーヤが出ていってからもしばらくは様子を伺っていたが、本当にトーヤが部屋から離れ、もう戻ってくることがないだろうと確信できるまで待ってからようやく扉の鍵をしっかりとかけ、部屋の奥まで戻ってからシャンタルにきちんと向き直って言った。
「おいシャンタル」
「うん、なに?」
「言うなよ?」
「何が?」
「おれらがトーヤがミーヤを好きだって言ったってこと」
「ああ」
思い出したようにシャンタルが答える。
「そういや言ってたね」
「覚えてなかったのかよ!」
「うーん、言われて思い出した気はするけど、そのぐらい?」
「あちゃあ……」
ベルが火に油だったか、と頭を抱えるが、アランが、
「いや、言い聞かせておいた方がいい」
と、まるで小さな子どもに言うように自分もシャンタルに向き直る。
「いいか、シャンタル」
「うん?」
「絶対に言うんじゃねえぞ?」
「うん、分かったけど、なんで?」
「なんでって、おまえ……」
なんでだ? アランもあらためて言われてみると不思議に感じる。
「バッカだなあ」
ベルがやれやれ、という感じで続けた。
「そんなこと言われたら、トーヤがヘソ曲げるからに決まってんじゃん」
「ヘソ曲げる?」
「そうだよ、そんなこと認めるわけねえじゃん」
「そうなの?」
「そうだよ。それにな、そんなこと言われてトーヤが動揺して、そんで色々失敗したりしたらどうする?」
「それは困るねえ」
「だろ?」
「うん」
「だからな、絶対に絶対に言うな」
「うん、分かった」
「おまえが知らん顔できるかどうかで、おれらのこれからが決まる、分かったか?」
「うん、分かった」
「分かったらいい」
ベルがふうっと息を吐く。
「ミーヤの名前出してどんだけびびったか。もう心臓に悪いことはやめてくれよな」
「うん、ベルに悪いならやらない」
アランは口をはさめず2人の会話を見守っていたが、
「ガキの会話かよ……」
かえって不安に、そうにポツリとそうつぶやいた。
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