10 さらなる味方を

 しばらく誰も口を開かず沈黙が続いた。

 荒れ狂っていたベルも何も言わない。


「……だれがおっさんだよ」


 そう弱く言ってトーヤがベルの頭をやはり弱くはたいた。


「いてえよ……」

 

 ベルも弱くそう言う。


 まだしばらく沈黙が続いた。


「あのな」


 やっとアランがそう言った。


「なんだよ兄貴」

「おまえがどんだけシャンタルを大事なのか分かった。そんでシャンタルもどんだけおまえを大事なのかがな」


 そう言って、今は黙って目をつぶっているシャンタルを見る。

 銀の髪に銀の輪が光り、一層精霊かなにかのように見えている。


「だからそうやってぶつかるんだよ」


 アランがため息をつく。


「シャンタルもな、あんまりこいつ刺激してくれんな……」


 シャンタルは返事をせず、動きもせず、そのままの姿勢でいる。


「まあな」


 トーヤも言う。


「そういうこった。だからまあ、少し落ち着け、な?」


 そう言うと、アランがチラッとトーヤを見て、


「あんたが一番ふわふわしてるように俺には見えるけどな」


 そうチクリと言う。


「いや、それは面目ねえ……」


 正直に認めて謝る。


「言われてみれば、俺が一番分かってなかったのかもなあ、そのへん」


 ふうっとため息をつく。


 自分は八年前に数ヶ月ここにいただけだ。ただ、その間にあったことがあまりに濃密で、何もかも自分基準で考えてしまっていた。

 宮が、なんとなく変わったこと、それは感じていた。だが、それは、この先に残る仕事、それを無事に終えるためにどうすればいいのか、それに関わることとしか受け止めてなかったかも知れない。個人的な一部の問題を除けば、だが。


 だがシャンタルには故郷なのだ。あまりにシャンタルが飄々ひょうひょうとして、何も感じないような顔をしてるからつい忘れるが、そうなのだ。

 そして、今、トーヤがどうなっているか分からないと様子を見ているマユリアやラーラ様は、シャンタルの大事な家族なのだ。


「すまんな」


 トーヤはシャンタルに向かってそう言う。


「何を謝るの?」

 

 やっとシャンタルがそう言う。


「いや、おまえの気持ち、もっともっと考えてやるべきだった、すまん」


 トーヤはそう言って頭を下げる。


「ベルの言う通りだね」


 シャンタルがそう言ってくすり、と笑った。


「何がだよ?」

「いや、トーヤはずるいよね」


 そう言ってまた笑う。


「そうして謝られたら、許すしかないじゃない」

「そうか」


 トーヤも笑って言う。


「それで、結局どういうことにすんだよ」


 ベルが横を向いたままで言う。


「言っとくけどな、シャンタルはおれらの家族なんだよ。だから置いてくなんて選択肢はねえからな、分かってるか?」

「うん、分かった」


 シャンタルが素直にそう答える。


「だから二度とあんなこと言うなよな!」

「うん、分かったよ」

「今度言ったら絶交だからな!」

「うん、分かったよ」


 理屈としてはおかしいのではないか、とアランは心の中で思っていた。


(絶交すんなら置いてってもいいだろうに)


 だが、今そんなことを口にしたらどんな目に合うか想像もできない。


 そう思って横を見ると、明らかにトーヤも同じことを思っているようで、アランを見てやれやれというようにはっと息を吐いてみせた。


「まあ、バカは気楽でいいよな」


 ぼそりとアランにだけ聞こえるように言い、アランが笑う。


 ベルとシャンタルはただひたすら「絶交だぞ」「分かったよ」を繰り返していて、男2人の苦笑には気がついてはいない。


 そんな2人を見ていると、トーヤは少しホッとした気持ちになり、同時に、


「しかし、ますます大変なことになっちまったなあ……」


 と、つぶやいていた。


「そうだな」

 

 アランにも分かったようだ。


 八年前も困難と言えば困難な仕事であった。だが、宮の上層部の全面的な後押しがあった上でのこと、しかも次回交代の時に戻る、という目的があった。

 

 だが今回は違う。 

 一体何をどうすればいいのかがさっぱり分からない。

 しかも宮の内部もなんとなく落ち着かない状態である。


「どうしてほしいんだよなあ、マユリアたちは……」

「ほんとにな」


 今だに2人で「分かったな」「分かったよ」と同じことを繰り返しているベルとシャンタルを尻目に、男2人がため息をつく。


「なあ」


 と、いきなりベルが声をかけてきた。


「リルやダルに言うんだろ?」


 一応、ダルには会ってみようとは言ってはいた。

 リルは保留だが。


「ミーヤにはまだそれは言ってない。時間がなかった」

「はあ、たよんねえなあ」


 ベルがやれやれ、と両手を上げて呆れたように言う。


「ただ、ミーヤは今もまだ半分は月虹兵の係らしいから、つなぎは取れると思う」

「半分?」

「なんか、今はほぼ『外の侍女』が月虹隊専属みたいになってて、その宮側の取り次ぎがミーヤだそうだ」

「へえ」

「だから、ダルがいつ宮に来るかとか、そういうのは分かるみたいだな」


 そういうことで、とりあえずミーヤに手紙を書き、トーヤの部屋に置いてくることにした。


 手紙の置き場所は決めてある。もしも、他の人が何かの都合で入ったとしても、すぐに目に付く場所ではない。

 その夜遅く、闇に紛れてトーヤはそこに手紙を隠して戻ってきた。

 鍵穴を横にしておいて。

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