21 同じ高みに
「一体何の鐘なのでしょう」
ラーラ様がしっかりとシャンタルを抱きしめながら、不安そうにマユリアに言う。
「分かりません。ですが、王宮で何事か起きたのは間違いがないようですね」
マユリアはそう答えてから、
「王宮から何か知らせが来るまでは、お部屋でゆっくりしていましょうね」
優しく微笑みながらシャンタルに話しかけた。
「マユリア、大丈夫でしょうか」
小さな主が不安そうに「母」にしがみつきながら「姉」に尋ねる。
「大丈夫でございますよ。そうですね、せっかくこうしてお部屋にいるのですから、何かご本を読んで差し上げましょう」
「本当!」
シャンタルは目をキラキラしながらラーラ様を見上げ、
「ラーラ様、マユリアがご本を読んでくださるそうです!」
「よかったですね、シャンタル」
「はい、マユリアはこの頃お忙しくてあまり一緒にいてはくださらなかったのですもの。でもあの鐘のおかげでご本を読んでくださるのなら、シャンタルは怖くありません、大丈夫です」
マユリアは一冊のきれいな絵が描かれた表紙の本を持ってきた。
「これは、中の国のお話を描いている本なのだそうです」
「エリス様の?」
「ええ、シャンタルが中の国のことをお知りになりたいとおっしゃったので、オーサ商会のアロ会長が持ってきてくださったのです」
「なんてご親切なのでしょう。前にはきれいなお衣装をくださったのに、ご本まで!」
「ええ、本当に。また今度、何かお礼を考えましょうね」
「はい」
シャンタルは、ラーラ様に抱かれながらマユリアに絵本を読んでもらい、この上なく幸せを感じていた。王宮の鐘を聞いた時の不安な気持ちは、すっかりどこかに飛んでいってしまっていた。
そうして、幸せな時を過ごしていると、奥宮付きの侍女が王宮からの来訪を知らせてきた。
「王宮からどなたが? このお部屋には国王様と言えど、こちらからのご招待がなければ入っていただけませんよ」
マユリアが侍女にやわらかく言う。
「は、はい、ですが、取次役のセルマ様が、大事なお客様でいらっしゃるので、どうしてもと」
侍女が困りきったように低く頭を垂れる。
「仕方がありませんね。シャンタル、申し訳ございません、この続きはまた後ほど」
シャンタルはほおっと一つ息をついたが、
「はい、また読んでくださいね、お約束です」
「はい、きっと」
と、仕方なさそうにマユリアの手を一つ握ってから放す。
「ここにお通しするわけには参りません、わたくしの応接室でお目にかかるとそう伝えなさい」
「はい」
マユリアはシャンタルの私室から出て、廊下を渡り、自分の宮殿にある応接室へと入った。
部屋の中にはセルマと皇太子、ラキム伯爵、ジート伯爵、それから警護のためだろか、ルギが一緒に待っていた。
「お座りなさい」
マユリアは全員に椅子を勧め、全員が席についた。
ルギだけはマユリアの少し離れた場所に立つ。
「一体何のご用でしょう? そしてあの鐘は一体どういうことなのです?」
美しい女神が美しい眉をわずかばかりひそめ、それでも優雅に誰にともなく質問をする。
「わたくしがご説明を」
誰が話をするかを予め決めておいたのか、セルマが少し頭を下げてそう言う。
その一人称にマユリアがさらに少しだけ眉をひそめる。
「実は、王宮で国王陛下の交代がございました」
「国王陛下の交代、ですか?」
「はい」
セルマが立ち上がり、跪いてから皇太子に向かって恭しく礼をする。
続いて二名の伯爵も立ち上がり、それに続いた。
「よく話が分かりませんが。国王陛下に何かご不調でもあったということでしょうか?」
マユリアは神、この場にいる誰よりも高い位置にいるため、座ったままでそう聞く。
ルギは同じ位置で石像のように表情も変えず黙って立ったままだ。
「さきほど、国王陛下が皇太子殿下にご譲位なさいました」
マユリアは黙ったままセルマの言葉を聞く。
「まだ正式に御即位の儀式などはお済ませではありませんが、すでに新しい国王に即位なされておられます」
「そうなのですか?」
皇太子に美しい眼差しを向け、表情を変えぬままマユリアが聞く。
「はい、そうなのです」
皇太子、いや、今はすでに新国王と名乗っているこの男性は、マユリアと同じく椅子に座ったままでそう答えた。
その態度、マユリアに礼をせず、同じ位置に、同じ高みにいるという座ったままの姿に、マユリアもそれが事実であると認めた。
「そうなのですか、それはおめでとうございます」
「ありがとうございます」
「新国王」は座ったまま、にこやかにそう答えた。
やっと、やっとここまで来たのだ。
座ったままでマユリアを正面から見つめながら、「新国王」の胸は踊った。
ずっと、ずっと夢見ていた、今、この瞬間を。
今までは老いた父親がそうしていた同じ高みで、同じ視線の高さで女神を見つめることができる。
「やっとあなたと同じ位置に立てました」
「新国王」は晴れやかに、心の底から幸せそうに微笑んだ。
「その上で、あらためて申し込みたいのです。どうぞ、私の『妻』となっていただきたい」
「新国王」はそう言って、優雅にマユリアの前に跪いて頭を下げた。
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