20 裏切り者

「民たちもよく知っております、そして申しております。国王陛下はとてもよいお方だ、よい王様だ、ただしあの病さえなければ、と」 

 

 皇太子も続ける。


「病だと?」

「ええ、花園のことです」


 国王が後宮に並べた色とりどりの華たち。その数の多さ、豪奢な生活を民たちは苦笑しながら見ていたのだ。


「王室の存続のためには必要なことだ、王の血を絶やしてはならぬからな」

「ですが、それにしても度が過ぎました。まるで『中の国の王族かなにかのようだ』そう皮肉る者も少なくはありません」


 事実であった。


 「中の国」は一夫多妻制で、王族は特に後宮に多数の女性を抱えていることで有名である。シャンタリオにも後宮はあるが、代々数名程度の側室がいる程度で、現在の国王のように多くの女性で花園を作っているような者は珍しい。


 それはこの国が「女神の国」であることも理由の一つであろう。

 王より上に女神が存在し、その住まう場所としての「シャンタル宮」がある。女神に対する尊敬の気持ちからであろうか、中の国に対しては、後宮に女性を収集品ででもあるかのように多数集める国、という印象がある。

 もちろん、権力を持つ者が妻以外の女性を側に置くことがないことはないが、国王のそれは、歴代でも珍しいほどの規模となっていた。


「皇太子妃の出自である伯爵家、その血に連なる家も皆、皇太子殿下の誠実なお人柄をよく存じております。どれほど妃を、お子様たちを慈しまれ、大事にしておられるか。その皇太子殿下がこの国のために女神を傍らに置きたい、そのお気持ちを尊重いたします」

「ありがとうございます、伯父上」


 皇太子がにこやかにジート伯爵に礼を言う。


「父上のお言葉で妃も理解し、受け入れてくれました。そしてもちろん、妃の子である王子だけが、この国の王たる権利を持つ者、それも天にかけてお誓いいたします」


 今度はそう言ってラキム伯爵にも笑顔で礼を言った。


「きさまら!」


 国王が二人の伯爵を怒鳴りつける。


「ずっと私を裏切っておったのか! この裏切り者があ!」

「これは異なことを」


 皇太子の父、ラキム伯爵が目を丸くして言う。


「裏切っておられたのはどなたでしょう?」

「なんだと」

「民の敬愛を裏切り、己の欲望にのみ忠実でいらっしゃった。民のことなぞついぞ顧みず、己の花園の充実のみを望んでいらっしゃった、それこそ民に対する裏切りではないでしょうか」

「ラキム伯爵のおっしゃる通りです。それに引き換え皇太子殿下、いえ、新国王陛下は民の声をよく聞き、民とよく触れ、信頼を得られ、そして己をよく磨いていらっしゃいました。王にふさわしき方、そのような方のご子息を我が息子と呼べる日が近い、まことに光栄でございます」

「なんだと!」

「申し上げておりませんでしたか? 私の長子、次期皇太子とジート伯爵のご長女の縁組の話が進んでおります」

「聞いてはおらんぞ! この国の後継者の縁組を国王に無断で進めるなど!」


 ジート伯爵の長女とは、シャンタル宮に「行儀見習いの侍女」として入り、神具係に配属された二名の一人、シリルである。皇太子の今年14歳になる長男で世継ぎの王子とは一歳違いになる。


「そしてラキム伯爵のご令嬢は、ジート伯爵のご長男との縁組が決まっております」


 こちらは同じく神具係に配属された17歳のモアラである。同じく17歳のラキム伯爵家の長男に嫁ぐことが決まっている。


「両伯爵家のお力を借りて、私がこの国をさらに素晴らしい国、女神の国にふさわしい国して参ります。ですので、父上は安心して一線を退いていただきたい」

「誰が!」

「父上の名誉のためですよ?」

「私の名誉、だと?」

「ええ、そうです。ご自分の意思で若い私に王座を譲った、最後の誇りを守りたいとは思いませんか?」

「ふざけるな! 誰ぞ! 王宮衛士を呼べ! この反逆者たちを捕らえよ!」


 部屋に入ってきた王宮衛士のうち二名は国王の左右の腕を押さえている。

 もう二名の衛士はマユリアの誓約書を皇太子に渡した後、また残りの衛士たちの並びに加わった。 

 そしてきれいに並んだ王宮衛士たちは、国王の言葉に答えることなく、黙って並んで立っている。


「何をしておる! 早く捕らえよ!」

「無駄です」


 皇太子がニコニコしながら国王に通告する。


「この王宮の衛士たちは、大部分が私に忠実な者たちです」

「なんだと」

「お気づきになられなかったでしょう? 長い年月をかけ、少しずつ、私に従う者たちに交代していたのですよ。今回のことは知らされていなかった者が大部分ですが、この状況であなたに従う者はほとんどおりません」

「な……」


 国王は言葉をなくした。


「貴族たちも、同じく静かに静かに私に協力する方たちを増やしておりました。あなたは、その者たちと親しく交わり、信頼を得ようとなさいましたか? 私は多くの貴族たちと親交を深めておりました。どの方も、私が王座についた後には、より高みにのぼれるだろうことをよくご存知だ」


 憐れむように皇太子が続ける。


「残念です……あなたが、真に名君たらんと努力なさっておられたら、そうしたら今、この時を迎えることはなかったのです。いいかげん現実をご覧になってください」 

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