21 隊長とベル

「知らなかった……」

 

 ルギが呆然とそうつぶやく。


「あんただけじゃねえよ、誰だってそんなこと、思ってもみねえって」

「トーヤの言う通りです」


 直接その言葉を聞いた二人がそう声をかけるが、ルギは凍りついたように動かない。


「な、おっさん」


 ベルが濃茶の瞳でじっとルギの顔を見上げて見つめた。


「だから、一度聞いてやったらいいと思うぜ。きっとマユリア、喜ぶと思うんだ」

「マユリアが、お喜びに……」

「そうだよ、喜ぶよ。あんたが自分の気持ちを聞いてくれたってことにすげえ喜ぶって」


 なんだろう、ルギは不思議な感覚が湧き上がるのを感じていた。

 今まで、誰も自分にそんなことを言ってくれたことはない、自分自身ですらも。

 心の奥底に封じ込めていた見たこともない自分の気持ちを、この濃茶の髪、濃茶の瞳の少女が引っ張り出してしまった。


 それは嬉しいことのようでも、苦しいことのようでも、そして腹立たしいことのようにも思えた。


「俺は、そんなことを望んではいなかった……」

「いや、望んでたって!」


 くるくると動く濃茶の瞳がルギの黒い瞳をじっと見抜くように見て言う。


「あんた、マユリアのこと好きだろ? おっと黙って、別に色恋でどうって言ってねえからな? ただ好きか嫌いで言ったら好きだろ? そんで、マユリアのためならなんでもする、死んでもいい、そんぐらい好きなんだよ」


 ルギが、あのルギが困り果てたように一人の少女から目を離せず、ヘビに睨まれたカエルのように動けずにいる。

 

 ある意味見物みものであるのだが、誰もそんな気持ちになれず、ただ純粋なルギの想いを感じるだけであった。


「な、だからな、素直にそう言ってやれよ。どうしてほしいのか、聞いてやってくれよ」


 ベルが真っ直ぐにルギを見たまま続ける。


「そんで、マユリアがこの国から逃げたい、そう言うんならおれらが手伝うよ。そん時にさ、あんたにも一緒に来てほしい、そう言ったら一緒に行こうぜ。もしも、そんなこたあないと思うがな、マユリアがあのうぜえ親子のどっちかの側室になりたい、後宮でえらくなりたいってのならな、そんときゃあんたもどうするか考えりゃいいじゃん。つらいから、遠くに行きたいってのなら、おれらと来てもいい。あんたならいい傭兵になれそうだしな。そんで、それでもそばで守ってやりたいってのなら、ずっと守ってやりゃいいじゃん、な?」


 ルギが迷子の子どものようにベルの目にすがるようにじっと見つめる。


「あのな、おれな、戦場でシャンタルとトーヤに拾われてさ、ずっと2人と一緒に行きたい、簡単にそう思ったんだよ。けどな、それって兄貴が傭兵続けることだろ、これからもいっぱい人を殺す道だってトーヤに言われてさ、そんで一度は2人とさよならしよう、そう決めた。けどな、それって俺の自分勝手だった。兄貴の気持ち聞かずに、勝手に兄貴に傭兵やらせねえことが兄貴のためだって、勝手に諦めようとしてたんだよ。分かるか?」

「分かる」


 ルギが素直にベルの気持ちを受け止める。


「けどな、兄貴は違ったんだよ。兄貴は兄貴で、ずっとトーヤみたいなやつと会って、戦場で戦っても勝ち続ける死神になりたいって思ってたんだ。だから、たまたまだけど、おれと兄貴の行きたい道が一緒だった。だからこうして一緒にいる。そうなることもあるんだよ、分かったか?」


 最後は小さな子どもに言って聞かせるようなその様子に、ルギが思わず笑ってしまった。


「分かった、感謝する」

「うん、そんでいい」


 ベルも思いっきり破顔する。


 誰もがあのルギにこんな笑顔を見せる人間がいるなど、今まで思ってもいなかったので、目を丸くするしかない。


「おい」


 ルギがトーヤに声をかけた。


「なんだ」

「俺は、まだおまえらの味方になれるかどうか分からん」


 もうすっかりいつものルギであった。


「マユリアのお気持ち次第だ。それを伺うまで、俺はおまえらのことは知らん、それでいいな」

「いいけどよ、マユリアに俺らのこと言うのはやめてくれよな」

「分かっている。俺は、ただこの先、マユリアがどうなさりたいのか、それを伺うだけだ」

「うん、そんでいいんじゃね?」


 そう言ってトーヤがにっかりと笑うと、


「そんじゃ、がんばってキリエさんに悪さしたやつ見つけてくれよな、隊長。まあもうほとんど分かってんだろうけどな」

「ということは、やはりあの方たちか」

「多分、あんたと同じやつのこと俺らも目をつけてると思うぜ」

「それで、どうするつもりだ」

「まあ、やつらをお掃除するしかねえんだろうな。だがな、後ろにいるやつが誰か分からんので動けずにいる」

「後ろに?」

「隊長さあ、ほんっとマユリアしか見てねえのか? あの頭がっちがちの取次役と、ヤギみたいなしなしなの神官長がそんな大それた事、思いつくと思うか?」

「いや、思わんな」


 トーヤの形容にも笑わず真面目に答えるルギに、ダルとリルが少し笑いを噛み殺しているのが分かった。


「そいつを見つけ出すまでは、マユリアとラーラ様には内緒だ。このこと知ったらあの方たちはどう動くか分かんねえからな」

「分かった」


 そうしてルギとは、状況が動かぬうちは互いに触れぬことを約束することになった。

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