10 侍女頭の伝言

「ど、どうぞ」


 少しためらった後でこの部屋の主であるダルが返事をした。


 断るのも変だ。それにこの顔ぶれがこの部屋にいたとしても不審なことはない、はずだ……


「失礼いたします」


 少し低い声ではっきりとそう言って、ガシャリと扉を開けて入ってきた件の人物は、一目見ただけではごくごく普通の人物であった。


 特に大きくも小さくもなく、これといって目立つ個性もない、中年と言っていい年頃の女性だ。 

 聞いていたように衣装は普通の緑色、一般的な行儀見習いの侍女のような緑色を身にまとっている。


 そんな、ごくごく普通の女性のはずが、なぜだろう、全身から不思議な威圧感を感じる。


(こりゃまたえらいのをキリエさんは懐に抱えてるもんだ)


 トーヤは緋色の仮面の下からじっとフウを見て、思わず息を飲んだ。


  フウは特に感慨もない表情で、部屋にいる全員をすうっと見渡し、


「ええと、仮面の方がルーク殿」


 と、一番目についたのであろう、トーヤを見てそう言うと、次々に名前を呼んでいった。


「お一人だけ年輩の方がアルロス号のディレン船長でいらっしゃいますね? それから薄い茶の髪がエリス様の護衛のアラン殿、ということは残った男性がこのお部屋の主、月虹隊隊長のダル殿ですね。そしてオレンジの侍女がミーヤ様、お腹の大きなリル様、間違いございませんか?」


 さらさらーっと、一通り顔を名前を確認する。


「え、ええ間違いありません」

 

 部屋の主のダルがそう答える。


「エリス様とベル様は一度お目にかかっておりますの。ということは、あちらのお部屋にお邪魔して見たことがない侍女、薄い青色の衣装がエリス様のお世話役のアーダ様、と」


 ふむふむと確認するようにそう言ってから、


「アーダ様以外の方には知られてもよいとのことですので、こちらでお伝えいたしますね。キリエ様が、一度エリス様にお部屋に来てお二人に会っていただきたい、とのことです」

「え!?」


 思わず声を出したのはリルであった。


「リル様何か?」


 感情を何も乗せずにさっとリルに聞き返すと、


「いえ、あの、あ、いえ、なんでも」

「さようですか」


 と、一瞬にしてあのリルを黙らせてしまった。


「お伝えいたしましたよ、よろしいですね?」

「あ、はい、確かに」


 ダルがそう言って長い体を二つ折りにしてペコリと頭を下げた。


「半分になりましたね」

「え?」

「いえ、長いお体が半分に」


 何かを感じたようにでもなく、淡々というその言い方に思わずディレンが、


「ぶふっ」


 と、笑いかけて我慢をし、


「いや、失礼」

 

 と、謝った。


「いえいえ」

  

 フウは簡単にそう言うと、


「では、よろしくお願いいたしますね。失礼いたします」


 と、とっとと部屋から出ていってしまった。


 呆気にとられる一行。

 沈黙に包まれる部屋。

 固まったままの空気。


 しばらくの間止まっていた時間が動き出したのは、


「なんだよなんだよ、ありゃ! えらいの飼ってんなキリエさん!」


 そう言って思いっきりトーヤが笑い出してからであった。


「本当に、ね、びっくりしたわ」


 リルがそれに続き、


「いや、本当に」


 アランが驚いたままの顔でそう言い、


「半分って……」


 と、ダルがそう言ったもので、それがまた全員の笑いを誘った。


「さてと、これでまた一つ問題が片付いたな」


 トーヤがククククと笑いながらそう言う。


「な、言った通りだったろ? 道をみつけたら、正しい道に進んだら、勝手にこうやって迎えがくんだよ」

「トーヤ……」


 ダルも思い出しようにそう言ってから黙る。


「さって、侍女頭様からのお呼び出しだ、奥様と、そんで誰が付いていくかな」


 トーヤがニンマリと笑ってそう言った。


「え、エリス様がですか?」


 ミーヤが部屋に戻り、フウからキリエの伝言を聞いたとアーダに伝える。


「ええ、キリエ様のところまで来ていただくように、と」

「まあ、何があったのでしょうか……」


 まだ昨日の「王宮の鐘」の時の衝撃が残っているのか、アーダが少し顔色を薄くしてそうつぶやく。


「おそらく、神殿からなかなかお戻りになられなかった時のことをお聞きになりたいのではと」

「ええ、ええ、そうでしょうね」


 アーダがさらに顔色をなくしながらそう言う。


 無理もない。世話係として付いていたエリス様とベルが、「王宮の鐘」が鳴った後に行方知らずになり、心配して神経をすり減らしていたところ、戻ってきた二人に安堵すると同時に、自分が生きるこの国の国王が政変によって交代の事実を知った。緊張の糸が何回切れたか分からないアーダは、混乱の中で思わず脱力して床にへたりこんだ上に、一人になるのを怖がってエリス様の部屋に置いてくれるように、と嘆願したのだ。

 

「アーダ様、大丈夫ですよ、今回は私がお付きしますから」

「え、でも」

「フウ様からお話を伺ったのは私です。私がお二人にお付きしますから、アーダ様は他の方々のお世話をお願いいたします」

「でも、でも、それではあまりにミーヤ様に申し訳が」

「大丈夫ですよ、先ほどキリエ様のお具合を伺いにまいった時、フウ様とお会いしています。キリエ様はきっとそのおつもりで私に伝言を頼んだのでしょう。ですからお留守番をしっかりとお願いいたしますね」


 ミーヤはアーダを安心させるようにそう言ってニッコリと笑った。

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