2 女神の知らぬこと

「すっごいおばはんだな……」


 言葉づかいは悪いが最高の敬意を込めた声でベルが言う。


「ああ、すっごいおばはんだ」


 トーヤがやっと笑う声でそう言った。


「そうなんだよな……」


 アランも言う。


「あの日、夜通しかけてトーヤの話聞いて理解してたつもりだったけど、実際に会って、そんで想像を絶するきれいさですっかり忘れちまってたけどな」


 アランはマユリアのことを持ち出す。


「マユリアも、ラーラ様も、そんでキリエさんも、他にネイとタリア? みんな揃ってシャンタルを殺すこと、認めてたんだよな」

「そうだ」


 言葉に隙間ができるのを恐れるように、間髪かんはつを入れずトーヤが答えた。


「それがあの人たちなんだよな」

「そうだ」

「トーヤが怖がってること、なんとなく分かった気がする」

「さすがアランだ」

「そうだった……」

 

 ベルも思い出したようにそう言い、シャンタルを見る。

 布に包まれたシャンタルの表情は見えない。


「おい、その、この方を殺すのを認めるってのはなんの話だ?」


 ディレンが戸惑ったように聞く。


「あーあんたにはそのへんはぶいて話してたっけか」


 トーヤが急にくだけて髪をかきあげる。たった一つだけ見せている左目が複雑に笑っているのが見えた。


「あんたにはシャンタルが水に沈む運命だったのを助けた、ってのしか言ってなかったっけかな」

「ああ、なんのことだ」

「うーん、難しいからゆっくり話したいんだが、今日はあっち戻る用事あるか?」

「いや、今日は戻っても特に用事はないが」

「そんじゃ泊まってってくれ、そんでゆっくり話そう」


 その日、ディレンは客室に泊まり、トーヤが今まで話していなかったことに漏れがないかを確認しながら、アランとベルに語ったのと同じぐらい、丁寧に話をした。


 アランとベルは一緒に聞いていたが、シャンタルは部屋に戻った。


「まあ、これから話すことはおまえにはそう気分のいい話でもねえしな、部屋へ戻って寝てていいぞ」

「そう? じゃあ帰って寝るね」


 トーヤがそう言ってシャンタルを部屋へ戻したのだ。そしてアランとベルも、自分たちが聞いた最後の最後のあたりの話は、特にもう一度シャンタルに聞かせることもなかろうと、それに同意していた。


 ディレンは聞き終わった後、しばらくの間絶句した。

 3人はディレンが何かを言うまでじっと待った。


「なんてか」


 やっとディレンが口を開く。


「想像を絶する話だった……」

「だろ?」


 トーヤがわざとのように、からかうような口調でそう言った。


「殺すことを決めてたって聞いて驚いたが、それも結局は助けるためだった、ってことだな」

「まあな」

「そりゃ、結果はどうあれ、何度も聞かせる話でもないのは分かった」

「だろ?」


 またからかうように言う。


「そんで?」

「とは?」

「それだけじゃねえだろ、あの方を戻したのは」


 ディレンが厳しい顔でトーヤを見る。


「それに、アランとベルをここに残したのも、なんか目的があるんだろうが」

「よく分かったな」


 トーヤが降参降参というように両手を上げてみせる。


「あんたがそうやってふざけるってことは、そんだけ深刻な話をしようとしてるってことだよな」


 アランが言う。


「さすがアラン」

「お、おれだってそんぐらい分かるさ!」


 ベルが勢い込んで言う。


「そんで、それ、シャンタルに聞かせたくねえことだろ?」

「おう、さすがベルだな」


 トーヤがそう言ってベルの頭をくしゃくしゃにする。

 いつもなら何か文句をつけるベルが、黙ったままくしゃくしゃにされている。


「そうだ、シャンタルに聞かせたくないことだ。これからおまえらにだけ話す」


 トーヤが真面目な顔で宣言する。


「あんたにも聞いてほしい」

「分かった」


 ディレンが座り直し、じっくりと聞く体制を作る。


「これから話すことはマユリアも知らねえことだ」

「マユリアがか?」

「そうだ」

 

 トーヤがうなずく。


「そして、この国のこれからに関わることだ」

「ちょっと待てよ、なんでトーヤはそんなこと知ってるんだ?」


 アランが聞く。


「なんでと言われりゃ、まあ偶然だな」

「偶然?」

「偶然、俺んところに話が集まってきたんだよ」

「偶然なあ……」 


 ディレンが言う。


「そういうのはもう、偶然とは言わんだろう」

「俺もそう思う」


 アランがディレンに同意する。


「やっぱりトーヤは選ばれたんだよな、誰にかは分からんが」

「まあ、そんなことはどっちでもいいんだよ。俺から見りゃどれも偶然だ」


 トーヤがきっぱりと言う。


「俺がこの国に流れ着いて1人だけ生き残ったことも、忌むべき者になったことも、そしてその話が集まってきたこともな。誰がなんかの目的でやってるとしたって、俺から見りゃ偶然だ」

「分かった、じゃあまあ、その偶然の話を聞こうじゃないか」

「ああ」

「わかったよ」


 ディレン、アラン、ベルはそうしてトーヤの話を聞いた。


「それって、結構やばくないか?」

「ああ、やばいな」

「だからトーヤは他に何かやらされるって言ったわけだな」

「ああ、そうだ。分かっただろ?」

「分かった、と言うしかないだろうな」


 アランがそう言い、ディレンとベルは黙って2人の会話を聞いていた。

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