5 偽装馬車

「いいか、これが今いる町だ。ここから東の港まで一応街道はずっと続いてるが、大きな町はもう終わりだ。ここが東と西の分岐点、銀行やでっかい店がある東の端の町になる」


 トーヤがそう言いながら地図の真ん中あたりを指差す。この町で買った地図なのだろう、この町を中心に左右に世界が広がっている地図であった。


「綱渡りだな」


 アランの言葉にベルも、


「シャンタル、託宣っての、もうちょい早くできなかったのかよ」


 と、不服そうに言い、


「そう言われても」


 と、シャンタルがしらっと答えた。


「まあな、神様ってのは博打ばくちが好きなんだよ」


 これまでの色々なことを思い出すようにトーヤも言う。


「だがな、こっちが絶対に勝てない勝負は仕掛けてこねえ。ってことは、今回もなんとか間に合うはずだ。俺らが本気出せば、だがな。その本気を見たくてこういうことするようにも思えるな」

「根性悪いな、神様って……」


 ベルが顔をしかめ、それを見てシャンタルが声を上げて笑った。


「そんでだな、いざあっちに行ったとしてもシャンタルをそのまま入れるのはちとやばい」

「ああ、そりゃそうか」


 シャンタルの風貌、銀の髪、褐色の肌、そして深い深い緑の瞳。それはシャンタリオではほぼない容姿だ。外の国からの客人にいないことはないとはいえ、やはり見られないにこしたことはない。


「で、だな、ちっとばかり考えた」


 と、トーヤが考えを話す。


「まあ、それならごまかせそうだが……」

「ってかさ」


 ベルが自分の役割を聞き、トーヤをじっと見て言う。


「そういうこと考えてるってことは、トーヤ、最初からおれたちも付いてくるって思ってたんじゃねえの?」


 言われてトーヤはニヤッと笑うと、


「来てくれる可能性はあると思って考えてたのは認める」


 そう言う。


「そんで、俺たちが来なかったらどうするつもりだったんだ?」


 アランが聞くと、


「その時はその時、多少の変更はあってもこの線でちょちょっと色々修正していくつもりだった。そんでも、おまえらが来てくれた方が『色々と助かり』はしたかな」


 トーヤの表情と言い方になんとなくベルは引っかかったが、何かを言い出す前に、


「明日の朝は早いぞ、そろそろ寝とけ。寝坊したら置いてくからな」


 トーヤがそう言い、アランとベルは追い立てるように部屋を追い出されてしまった。


 トーヤは兄妹兄弟が出ていくとゴロッとソファに寝転がり、あっという間に寝てしまった。


「相変わらず寝つきがいいなあ」


 シャンタルはソファでぐうぐう寝入っているトーヤを見てそう言うと、


「お昼ずっと寝てたからなあ、寝られるかなあ……」


 そう言って自分も布団をかぶって横になったが、こちらも間もなくすうすうと寝息を立てて寝てしまった。


 一夜明け、まだ日がのぼり切るより前にトーヤは宿を出て、「あるもの」を持って帰ってきた。


「なんだよそりゃ」


 ベルが眠そうに目をこすっている横でアランが目をむく。

 

 馬で引いてきたのは大きな馬車だった。シルエットからなかなか豪華な馬車っぽく思えるのだが、全体に木綿らしい布をぐるぐると巻いてあるのでなんだか妙な馬車に見えた。


「いいだろ、偽装馬車だ。中はこう、なかなかのもんだぜ」


 トーヤが布をちらっとめくってみせると、


「これ、なんかめちゃくちゃ高そうな馬車に思えるんだけど……」


 と、ベルも布をめくって言う。


「そりゃ大したもんだったぜ~これ見つけるのに時間かかるかと思ったんだがな、運よくすぐに見つかったからな」


 トーヤはそう言って得意そうに胸を張るが、


「よくこんな馬車買う金あったな……」


 ベルが言いたいのはそういうことらしい。


「ま、そのへんは、まあな」


 トーヤが言葉をにごしながら、宿の親父から受け取った弁当や水、その他の荷物を積み込む。


「馬車の中もいっぱいだな、結構でかい馬車なのに」

「何しろぶっ飛ばして行くからな、必要なもん詰め込んでる」


 そんな話をしながら、ベルはなんかけんのある目つきでトーヤをじーっと見つめる。


「なんだよおまえ、さっきから。何か気になるか」

「これ、貴族用の馬車だよな?」

「貴族だけじゃねえだろうが、まあそんな感じだ」


 ベルが布の端っこをちらっとめくっては、トーヤと馬車を見比べる。


「なんぼほどした?」

「なんだなんだ、いいじゃねえかよそんなこと」

「いや、いいことねえな……」


 ベルがじーっとトーヤを見つめると、すいっと目を反らせる。その様子を見て、ちょっとアランも不安な顔になるが、ふと、何かを思いついたようだ。


「ここが東の端だよな、銀行のある……」


 アルディナの大きな銀行では、毎日の取引の結果を記した書類を色々な方法で隣の町の支店へ届ける。そうして、ある町で預けた金を、翌日以降にはなるが割札わりふださえ見せれば別の支店でも引き出すことができる仕組みになっている。


 トーヤはギクッとした顔をするが、


「それがどうした?」


 と、知らん顔して準備の支度を続けた。


「なあ、トーヤ、俺たちの金も一緒に銀行に預けてたよな?」


 まだ未成年のアランとベルは口座が開けず、トーヤに一緒に預けていたのだ。


「おまえ、まさかおれらの……」


 兄の言葉を聞き、ベルがぐっと踏み出してトーヤに詰め寄った。


「いやあ、一緒に来てくれてよかったぜ! 金返せって言われたらどうしようかな~って思ってた、本当『色々と助かった』よ」

「な!」


 どうやら使い込んだらしい。


「まあまあ、あっちに行って無事に帰ってきたら返すからさ、な?」


 そうベルをなだめすかすが、


「こんの……」


 一息吸って、


「エロクソオヤジ!!!!!」


 ベルは早朝という時間も考えず、大きな声でそうぶつけると、ふんっと顔をそむけて馬車に乗り込んでしまった。

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