黒のシャンタル 第二部 「新しい嵐の中へ」<完結>
小椋夏己
第一章 第一節 東の海へ
1 長い話の終わり
「その後はまあ、平穏な旅だったと言えるかな」
ここは安宿の一室。部屋の中には語り手のトーヤとシャンタル。そして向かい合った席では聞き手のアランとベルが神妙な顔をして座って話を聞いている。
トーヤが、そして途中からはシャンタルも端々に言葉を挟みながら、長い長い話を語り終えた時、すでに日はすっかり
トーヤもシャンタルも自分の知ること、話せること、話したいことだけをできるだけかいつまんで話したが、それでも時間が十分とは言えない長い長い話であった。
「キノスに着いたのはもう遅かったけどな、さっと飯食って、まだ湯が使えるってんでさっとお湯浴びてとっと寝て、翌日にはオーサ商会の船に乗ってゆったり西の港へ行けた。西の港『サガン』では相手の船の都合で三泊することになった。アロさんと定期航路の話なんぞして、時間があったんでちょっとばかり観光もした。さすがによそと交流のある町は色々面白かったな」
「そうだったね、色々見たね」
シャンタルも懐かしそうにそう答える。
「こいつは髪の毛ひっ
「お風呂に入れなかったのだけがつらかったねえ」
「俺はそんなもん屁でもなかったけどな」
「え~」
「まあ、たまにスコールって大雨が降ったらそれ頭からかぶったり、水溜めといてそれで体拭いたりして、そんでなんとか過ごせるからな」
「だったねえ」
そう言って2人で笑い合う。
「ちょ、ちょ、待て」
まるで、単なる長旅船旅の話でもするような2人に、アランが待ったを入れる。
「なんでもなかったように話すけど、おまえら、えらい体験してきてんだが……」
「まあな」
トーヤがやはりさらっと言う。
「まあ何回も言うが、なんでも終わって結果がよけりゃ笑い話だ。今じゃそんなこともあったかなあ、ってな感じだな」
「そうだねえ」
「そういやトーヤ、よくそう言うよな。なんでも無事終われば笑い話、みたいに」
黙って聞いていたべルが言葉を挟む。
「あれ、いい言葉だなと思ってたら、ダルのじいさんの受け売りだったのか……」
「なんだと!」
いきなりそう言って、話の腰を折るベルの頭をはたく。
「いってえな!」
「るせえんだよ」
いつものように、何もなかったように2人の応酬が始まる。
「待て! だから待てって!」
アランがまた話を止める。
「おまえも横から脱線するようなこと言うんじゃねえ。ってか、あんだけのこと聞いて、そんだけの感想か? え?」
「う~ん、だってなあ……」
ベルが目をつぶって顔を
「な~んか、ピンとこねえ」
「おい!」
アランは妹の感性にびっくりする。
「ピンとこねえって、おまえ」
「いや、だってそうじゃね?」
ベルがアランの顔をじっと見て言う。
「この2人見てさ、そんな大変なことしたやつらなのかーって思う? 思う?」
大事なことなので二度聞く妹に、
「いや、そら、まあ、言われてみれば……」
「だろ?」
ベルがフフン、と得意そうに鼻を鳴らす。
「それに大変な目になら俺らも合ってるしな」
「いや、まあ、そりゃそうなんだが」
確かにそうだ。家を焼かれ、畑を焼かれ、目の前で両親を、その後は守ってくれていた兄を亡くし、その後死にかけたアランとベルはトーヤとシャンタルに助けられ、そのまま戦場暮らしを続けることになっている。
「俺らも大概じゃね?」
「いや、そりゃ大概と言やあそうだが、なんつーか、桁が違うだろうが」
「そう言われてもなあ」
またベルが目を閉じて
「人の痛いと自分の痛いはまた違うからなあ」
「おま……」
兄妹の会話を聞いてシャンタルがぷうっと吹き出した。
「あははは……やっぱりベルは楽しいなあ」
トーヤも笑うと、
「まあな、そういうことだ。だから俺とシャンタルはこの町から東へ、シャンタリオへ行く。夕べは寝てねえから今日もう一泊ここに泊って、明日の朝早くにここから立つ。おまえらもどうするかよく考えろ」
きっぱりとそう言った。
「どうするって……」
ベルが困ったようにアランを見るが、
「とにかく朝飯だ、早く行かねえと食いっぱぐれる。おい、行くぞ」
そう言ってトーヤはさっさと部屋を出て食堂へと向かう。
「私もお腹空いたなあ」
シャンタルもそう言って、何もなかったかのようにトーヤの後を追う。
「お、おい……」
アランは何か言いたいと思ったが、あまりにも2人が何もなかったかのようにいつものままなので何を言っていいのか困る。
「兄貴……」
「なんだベル」
「トーヤの言う通りだよ」
「何がだ」
「朝飯、食いっぱぐれるよ。あの親父、時間過ぎたら待たずにとっとと片付けそうだからな、行こうぜ」
ベルがそう言って、アランの背中をバシッと一つ叩き、同じように、自然に2人の後を追う。
「お、おい……」
取り残されたアランが、
「俺だけなのか? 俺だけがまともな神経なのか? え?」
誰にともなくそう言うと、混乱した頭を抱えたまま、仕方なく3人の後を追った。
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