7 取次役

「どういうこった、あんたがマユリアに会えねえなんて。何があった? そりゃ、ないっちゃない、なんてもんじゃねえだろ。どうした?」

「特に大したことではありません。役職ができました、侍女頭とマユリアの間に」

「役職?」

「ええ、『取次役とりつぎやく』という役職が。その者を通してお話になられるので、直接お会いできる機会が減ったということです」

「なんだそりゃ……」

「単に私が年を取ったということです」


 キリエは感情のない顔と声で淡々と言う。


「あの後で侍女頭の交代という声が出ました。当然ですが」


 だが、シャンタルの問題がある。


「先代がお帰りになられるまで交代するわけにはいきませんでした。それでマユリアがそうお決めになったのです」

「それにしても、あんたが直接会えないってのは妙じゃないか?」

「その気になればお会いできますから、特に問題とは考えておりません」

「嘘だな」


 トーヤの言葉にキリエが眉尻を上げる。


「それで今回のことも上には上げないって言ったんだな」

「それもあります。取次役のセルマは事情を知りませんから、話すわけにはいきませんでした」

「やっぱり最初から分かってそうしてくれたんだな」

「そうですね」

「助かったよ」

「宮のため、この国のためですから」


 そっけなくそう言う。


「そんで、その取次役、たらいうのはいつできたんだ?」

「三年になりますね」

「そんな前か」


 キリエはそう言うが、トーヤにはどうしてもキリエを邪魔にしての出来事としか思えない。


 確かにキリエは高齢である。今はおそらく60代の半ばあたりの年齢ではあるだろう。本来ならば勇退して後進に道を譲り、高齢の侍女たちがいる、奥宮から少しはなれた「北の離宮」ででも余生を送る立場なのかも知れない。


「俺の見たところを言うぞ? 前の宮はあんた、そんで奥宮がその取次役ってのの勢力範囲ってところだな」

「まあ、そのような感じですか」

「新旧交代の途中といやあ、聞こえはいいが、あんたが奥宮からはじき出された形に俺には見える」

「なんとでも」


 キリエはあくまで本心を見せぬ表情で答える。


「相変わらずだな」


 トーヤが称賛しょうさんするように言う。


「何があっても変わんねえ。まあ、それはマユリアもだったけどな」


 キリエは答えない。


「そんじゃまあ、それはちょっと置いとくか、とりあえず。そんで、明日の謁見にはマユリアは付いてくるのか?」

「分かりませんが、最近ではいらっしゃることは少なくなりました」

「来ないだろう、ってことか。そんじゃ誰が付いてくるんだ、当代様に」

「ラーラ様か、タリアかネイでしょう」

「ラーラ様に来てもらえねえか? そのぐらいナシつけられんじゃねえの?」

「なし?」

「あー話、のことだ、ご要望出すことできんじゃねえの、って言ってんだよ」

「悪い言葉になりましたね」

「まあしゃあねえよ」


 なんとなく2人で少しだけ笑い合った。


「そのぐらいのことならできるでしょう。一応とはいえ、まだ侍女頭ですからね」

「そんじゃ頼む」


 そう言い終えるとトーヤは部屋から出ようとする。


「お待ちなさい」

「ん?」

「どこを通ってきました」

「隠し扉だ」

「やはり。少しお待ちなさい、一緒に行きましょう」


 そう言うと立ち上がり、キリエはトーヤに手を貸してきた。


「歩く練習をしているところに出会った、そう言えば怪しまれることなく帰れるでしょう」

「助かるよ」


 そうして、トーヤは少し手を借りる振りをしてキリエと一緒に、堂々と客殿へと戻ってきた。


「キリエ様!」


 今日の担当である薄い青い色の衣装の侍女が、ケガ人に手を貸す侍女頭の姿を認め、慌てて走り寄ってきた。


「廊下は走るものではありませんよ」

「申し訳ございません、ですが」

「歩く練習をなさっていて迷われたようです。お疲れのようなのでお部屋までお連れしました」

「ありがとうございます。私の役目でありますのに」


 顔色を変えて侍女が急いでキリエから「ルーク」の手を受け取る。


「ルーク殿」


 キリエが声をかけた。


「早く回復をと願う気持ちは理解できます。ですが、あなたの行動でこの侍女は責任を感じております。これからは一言声をかけてからになさいませ。お分かりですね?」


 包帯に巻かれた「ルーク」はゆっくりと頷いた。


「急いだからとて治る以上の速度で回復するものではありません。無理はなさいませんように。ではアーダ、頼みましたよ」

「はい、申し訳ありません!」


 薄い青色の侍女の名はアーダというらしい。


 「ルーク」はキリエに頭を下げると、今度はアーダの手を借りて、廊下から扉を2つ通って客室へと戻ってきた。


「あの、迷われたご様子です。大丈夫でしょうか? お医者様をお呼びいたしましょうか」

「ああ、いや、大丈夫だ。迷惑かけました。おい、ルーク、こっちだ」


 「アラヌス」はアーダから「ルーク」の手を受け取ると、気をつけてソファに座らせた。


「後はこちらで大丈夫です」

「ですが……」

「もしも手を借りる必要があったらまた声かけますので、すみませんでした」

「はい、では……」


 アーダは心配そうな顔で下がっていった。


「いやあ、やっぱりかわいいお姉ちゃんの手はやーらかくていいねえ」

「おふざけになりませんことよ!」


 トーヤの言葉を侍女が上品に罵倒した。

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