閑話3 アーダと青い小鳥

「まあ、そういうことだったのですか」

 

 アーダがミーヤの手のひらの上にちんと座っている青い小鳥を見てそう言う。


「ええ」

「私はフェイ様という方は直接には存じ上げないのですが、まだ宮に入ってすぐにあのようなことがあったので、なんとなくお名前は覚えておりました」

「そうですね、アーダ様はフェイの次の応募の時に入られたのですものね」

「はい」


 先代シャンタル、「黒のシャンタル」の時代には侍女の募集が3回あった。その1回目の時に宮に入ったのがミーヤで、少し間を置いた六年後にはフェイが、そしてその二年後の最後の募集の時にアーダが選ばれている。


「私がトーヤの世話役に選ばれた時、そこに一緒について勉強するようにと付けられたのがフェイでした」

「そうそう、それで私もね、一日だけミーヤがお休みの時に代わりに世話役になったのだけれど、とてもお世話できなくて途中でキリエ様に言ってやめさせていただいたの」

「え!」


 アーダが聞いて驚く。

 

 驚くのも無理はない。侍女の仕事というものは好き嫌いで選べるものではない。それを途中で侍女頭にやめたいと言うなど、想像もできない。


 それはどういうことなのだろうとアーダは少し考え込んだ。


 リルがわがままな侍女であったのか、それともそのトーヤ様という方がよほど困るような方だったのだろうか。そう考える。


「私は元々行儀見習いの侍女だったの」


 と、リルがアーダの心の内を図るようにそう言い、


「でもね、トーヤも大概だと思うの。本当に色々とやってくれる人だったもの、ねえ」


 アーダに気づかれないようにちらりと「ルーク」に視線をやり、それからミーヤにそう振った。


「ええ、まあね」


 ミーヤがクスリと笑い、ダルも、


「本当にミーヤさん苦労してたよね。って、俺もまあ色々あったけどさ」


 と、誰に言うともなく言う。


 「ルーク」ことトーヤは、


(くそお、俺がここにいるの分かってて言ってるんだから始末に終えねえ)


 と、仮面の下からリルとダルに視線を送るが、二人とも知らん顔だ。


「でも」


 そんな見えない攻防があると知らないアーダがそっと口を開く。


「フェイ様にこの子を買って差し上げたのですよね。それも、何も言わないのに気がついて」

「ええ、そうなのです」

「だとしたら、そのトーヤ様という方は、本当にお優しい方なのでしょうね」


 アーダがミーヤに確認するようにそう言う。


「ええ、本当に優しい人なのです。でもまあ、リルやダルの言うことも間違いではないですけれどね」


 と、こちらもわざと一言付け加える。


 アーダ以外の全員が笑いを噛み殺すのに必死だ。


「それで、フェイはずっと身につけてお友達と呼んでそれは大事にかわいがっていたんですが、今はそのような理由で私が預かっています」

「いいお話を伺いました」

  

 アーダが優しい目で青い小鳥を見、


「あの、私も触れさせていただいてもよろしいでしょうか」

「ええ、もちろん。どうぞ」


 そうしてミーヤから受け取った、その時、


「あ!」


 まるで鈴が鳴るように、青い光がキラキラと部屋中に広がった。


 ミーヤの手からアーダの手に移されたその時、たまたま窓の外からの光が青い小鳥に当たった、それだけのことだったのだが、部屋にいたみんなが思わず息を飲んだ。


「フェイ……」


 ミーヤが思わずそう呼ぶ。


 アーダの手の上で今は光も収まり、普通に青いガラス、黒い目の小鳥がちょこんとみんなを見ている。


「フェイ様……」


 アーダがそう言うとそっと手を握り、その上から額を当てて、


「初めまして、アーダと申します。フェイ様の後に侍女となりました。そして今はこうして皆様と仲良くしていただいています。どうぞ私ともお友達になってくださいね」


 そうつぶやいた。


 そうしてまたそっとミーヤに返す。


「よかったですね、フェイ。たくさんのお友達ができて」

「ええ、私もお会いできてうれしかったです」


 ベルもそう言う。


「俺も、フェイちゃんがそんな小鳥連れてるなんて全然知らなかったから、教えてもらってよかったよ」

「私も。もうミーヤ、どうして今まで教えてくれなかったの?」


 ダルとリルがそう言う。


「どうして……」


 言われてミーヤがきょとんとした顔になった。


「ええ、本当に。どうしてかしら」

 

 フェイのことはダルやリルとも何度も話しているのに、なぜかこの青い小鳥、フェイの大事なお友達のことは話したことがなかったのだ。


「あれじゃないですか」


 ずっと黙っていたアランが言う。


「きっと『時が満ちた』んですよ」


 マユリアがよく口にする言葉だ。


「そうかも知れません」


 ミーヤも何度も経験している。

 物事にはその時が来た時に初めて出会う人、起こる物事、知るべきことがあるのだ。


 もしも、もっと早くにダルとリルに話していたら、ベルとシャンタルにそっと見せて終わっていたかも知れない。


「きっと、ここにいるみなさんとお友達になりたくて、みなさんと会えるその時を待っていたのでしょうね」


 ミーヤがそう言い、皆が納得したように頷くと、仮面の男がふいっと照れくさそうに横を向いた。


「きっと、これからも皆を導いてくれます、あの時のように」


 そう言ったミーヤの手に戻った青い小鳥が、またキラキラと笑っていた。

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