第6話 助太刀

 僕の体は、隣のビルの2階に手が届きそうな所まで伸びた。

 枝も増え、初夏になると沢山の葉っぱが枝を覆いつくすように増えて行った。

 僕の近所に住む隆也も、ついこないだまで見下ろさないといけない位体が小さかったのに、最近はずいぶん身長が伸びてきたようである。

 入学したばかりの頃は、友達と一緒に楽しそうに学校に通っていたが、高学年に進級してからは、浮かない顔で帰ってくる様子であった。

 先日、顔や足に傷を負って泣きながら母親の君枝と帰ってくる姿を見て、僕も傍から見て心配になってしまった。


 そんなある日、遠くから小学生のグループが何やら喚き散らしながらこちらに近づいてきた。

 見ると、隆也が2人分、いや、3人分のランドセルを抱えながらよたよたと歩いているではないか。

 隆也の周りには、3人の男の子たちが隆也に向かって何やら汚い言葉を使ってののしっていた。


「お前、男のくせにだらしねえなあ。ランドセル3人分抱えて、まともに歩けねえのかよ」

「まったく、もたもた歩いてんじゃねえよ!気合入れてやるよ、ほら!」


 そう言うと、ひとりの男の子が、隆也の背中に廻し蹴りを入れた。

 隆也はその場に倒れ込んだ。

 半ズボンで露出した膝からは、擦りむいた傷で血がだらだらと流れていた。

 隆也は、顔をくしゃくしゃにして、泣きじゃくった。


「あらら隆也君、泣いちゃったの?お前、本当に男かよ。立てよ、バーカ!」

「そんなに傷が痛いならママでも呼んで来たら?こないだもママを呼んだだろ?」

「しょうがねえな。自分で立てないなら、俺たちが気合を入れてやるよ」


 そう言うと男の子たちは、ランドセルを持ったまま地面に手をついてふらつく隆也を、後ろから何度も蹴りつけた。


「ほら、どうした、立てよ?俺たちに蹴られて、気合い入るだろ?」


 すると、隆也はバランスを崩し、背負っていたランドセルのうち1つを地面に落としてしまい、中に入っていた教科書やノートが地面に散らばってしまった。


「あ~!これ、雅夫のランドセルだ!うわあ、教科書もノートも土だらけになっちゃった」

「全く、何考えてるんだよ、隆也!雅夫、どうする?お前のランドセルの中身、こんなになっちゃったぞ」


 すると、雅夫と言われた、三人の男の子の中でもとりわけ図体の大きな男の子が、指をならしながら、隆也に近づいてきた。


「このやろう……このまま家に帰ったら、かあちゃんに怒られちまうだろ?どうしてくれるんだよ、おい!」


 雅夫は、隆也の顔を片手で持ち上げると、グーの手で殴りつけた。


「やれやれ!雅夫!そのままやっちまえ!」


 雅夫は、殴られて気を失いそうな隆也の顔を、拳をかざして再び殴りつけようとした。

 何とか助けたい、けど、僕は根っこが地面の奥深くまで埋まっていて、動こうにも動けない。風があれば枝を散らすこともできるけど、生憎無風でそれも出来ない。ケヤキである自分の無力さに、情け無さを感じた。


 その時、誰かが後ろから僕に近づき、太い枝1本を思い切りボキッと折り曲げた。

 突然折られた衝撃で、僕の体中にしびれるような痛みが走った。

 髪が顔の半分を覆う位に長く、顔が十分見えないが、男の子のように見えた。


「あ、6年生の八木章介じゃん。結構手強いぞ!雅夫、負けんなよ!」


 いじめっ子達の1人が、髪の長い男の子の横顔を見て、大声で叫んだ。

 章介は、枝を片手にもって構えると、隆也に暴力をふるっていた雅夫の頭を真上から面打ちした。


「や、やったな、この野郎!」


 すると、男の子は、立ち向かう雅夫の背中に回り、枝で思い切りひっぱたいた。


「ぐわっ!い、痛い!ちくしょう!痛いよお」


 あまりの痛さにうずくまる雅夫を見て、他のいじめっ子2人は恐れおののいたのか、隆也の手からランドセルを奪うと、そのまま蜘蛛の子を散らすかのように逃げて行った。


「お、覚えてろ!章介!」

「ああ、いつでもどうぞ」


 雅夫はよろめきながらも、地面に落ちたランドセルと教科書、ノートを拾い上げる

 と、そそくさと立ち去っていった。


「大丈夫か?隆也」

「章介兄ちゃん……ありがとう」

「お前もいつまであんな奴らにやられてるんだ?もっと強くならないとだめだろ!」

「だって、章介兄ちゃんは剣道初段だもん。誰も敵わないよ」

「何も剣道をやる必要はねえよ。たとえば、この木の枝を使ってな、毎日素振りしてみろ。それから、この木をいじめっ子だと思って、ケンカに勝てるよう腕を磨け。頑張り屋の隆也ならできるさ」

「うん。僕、やってみるよ!あいつらに勝ちたいもん」


 隆也が力強く頷くと、章介はニコッと笑い、隆也の肩に手を回すと、そのまま隆也を自宅まで送り届けて行った。


 その翌日から、隆也は僕の枝を折っては、素振りを繰り返し、時には僕をサンドバッグ代わりにして、枝を使ってひたすら打ち続けた。

 強くなろうとする隆也の気持ちは分かるけど……枝を折られ、おまけに体中傷だらけにされる僕の辛い気持ちは分かってほしいと思った。

 章介も、あまり余計なこと言わなければいいのに……カッコいいのは分かるけど。

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