第55話 存在意義

 秋を迎え、今年も僕たちの枝についた葉は次々と紅葉し、やがて強い風に煽られて地面へと舞い落ち始めた。

 落ち葉はあっという間に、公園の地面を覆いつくしていった。


『はあ、今年もいっぱい落ちちゃったね』


『しょうがないよ、僕たちだって好き好んで落ち葉を落としているわけじゃないんだから』


 一面落ち葉に覆われた地面を見て、僕とケビンはため息をついた。

 今年も、近くに住む隆也が自主的に落ち葉拾いをしてくれていた。

 彼の両親が始めたことであったが、両親が居なくなってからは隆也自身がその後を継ぐかのように落ち葉拾いをするようになった。

 今日も、隆也と妻の怜奈がポリ袋を片手に、次々と落ち葉をかき集めては、詰め込んでいった。

 太陽が次第に傾き始める時間帯になっても、二人は一生懸命作業を続けていた。

 やがて、隆也が腰の辺りをさすりながらポリ袋を地面に置くと、全身を投げ出すかのようにベンチに腰かけた。


「だ、大丈夫?お父さん」

「くそっ、腰が痛くて、これ以上は続かないよ……」

「もういい歳なんだから、昔みたいに無理はできないわよ」

「わかってるよ!でもな、俺たちがやらなければ、いつまでも野ざらしのままだからな」

「まあ、そうだけど。私たちばっかりやるんじゃなくて、公園を管理してる市に言った方がいいんじゃない?」

「市なんか信用できるかよ!ただでさえ、最近は不穏な動きを見せてるのに」

「不穏?」

「ああ、ここの公園が老朽化したから、改修する計画があるんだってさ。以前ここに来た市職員に聞いた限りじゃ、単純に地面の張り替えだけかと思ってたら、違うみたいなんだよ。張り替えて、その上に遊具を作るんだってさ。それも、この町じゃ前例のないくらい立派なやつを作るらしい」

「へえ、いい話じゃない。近くのマンションの子達が遊べる場所ができてさ」

「いや、手放しで喜べない話だよ。遊具を作るために、この公園のケヤキを伐採するみたいだからな」

「はあ?」

「こないだ、自治会の会議に市の担当者が来て説明していったんだ。ハッキリ言って寝耳に水でね。自治会の役員からも異議が出たんだけど、市の奴らは『決定事項ですから』の一点張りでね。早くても来年から工事に入るってさ」

「な、何よそれ!以前、震災で壊れた時だって、お父さんにちゃんと説明に来たのに、今回は随分横暴なやり方ね」

「市の奴ら、以前ここにあったケヤキを伐採した時に俺に反対運動されたことがよっぽど嫌だったんだろうな。だから、あらかた準備して反論できないように進めようとしてるんだろうな」

「悔しい……それじゃ、ここのケヤキ、切られちゃうの?」

「だろうな」


 怜奈は両手で顔を押さえ、しばらくの間無言になった。


 その時、二人の後ろから、スーツを着込んだあの弁護士が、助手の女性、そして作業衣を着込んだ業者らしき男性を伴って現れた。


「この辺りに、大型のジャングルジムを設置してみてはどうでしょう?あ、ループスライダー型の滑り台は、あそこに立ってる木のあたりに置くと導線的にもいいかもしれませんね」

 業者は設計図を広げると、弁護士は上機嫌で頷き、


「そうだね。あとはこの辺にスケートボードが出来るスペースを作って。それから、大きな砂場も忘れずにね」

「わかりました」


 図面を見ながら、弁護士は業者に指示を出した。


「この公園に立っている木は、伐採していいんですか?」

「伐採するしかないだろう?子ども達が十分に満足できる設備を作るには、木や植え込みは邪魔でしかない。市にもその方向で計画を進めるよう話してあるはずだけど?」

「そうですか?まだ樹齢も若いし、木の本体に致命的な病気や傷も無いし、伐採するのは正直どうかと思いますが」

「ここの公園のコンセプトは、スポーツや遊びを通して地域の子ども達の運動の機会と交流の場を提供することなんだ。いくら木の樹齢が若くても、公園のコンセプトに会わなければ存在意義が無いんだ」

「は、はあ……」


 僕たちが助かるよう業者が弁護してくれたのは嬉しかったけど、弁護士の前では全く歯が立たなかった。


「もしもし、すみません……今の話、本当なんですかね?」


 その時、落ち込んだ怜奈を慰めていたはずの隆也がベンチから身を乗り出し、弁護士の前にゆっくりと歩み出た。


「誰ですか?あなたは」

「この近くに住む者ですよ。勝手ながら、あんた達の話、全て聞かせてもらいましたよ。今の話だと、ここにある木は全て伐採し、遊具施設をずらりとこの公園に入れるってことですかね?」

「そうですね」


 弁護士は隆也からの問いかけに戸惑うこともなく、あっさりと答えた。


「あなた達はお子さんは?」

「もういませんよ。すっかり大きくなって都会の大学に進学してるんで」

「ちなみに、お子さんが小さい時はこの公園で遊ばせたのですか?」

「そうですよ、ここでキャッチボールしたり、鬼ごっこしたり。あとは、剣道を習わせていたんで、素振りや、木を相手に面打ちの練習もさせましたよ」

「木を相手に?」


 弁護士は隆也の話を聞いて、口を押えて笑い始めた。


「今はもう時代は変わったんですよ。この公園が完成したのは、高度成長期の頃だと聞きました。その頃であれば、あなたがおっしゃった鬼ごっこやキャッチボールとかが遊びの主流でしたから、遊具なんてなくても、広さが十分にあれば良かったのです。でもね、今の子達は、だだっ広くて何もない広場に放り出されても、遊び方が分からないんですよ。そして子どもたちは公園から遠ざかり、やがては家の中にこもり、ゲームやインターネットばかりするようになってしまうんです。僕には幼い娘が一人いるんですが、そういう現状に危機感を覚え、少しでも変えたいと思いました」


 そう言うと、弁護士は図面を隆也に手渡した。


「どうですか?遊具メーカーのカタログをもとにマンションに住む子ども達にアンケートを取り、リクエストが高かった遊具をずらりと整備する予定です。この地域の子ども達だけじゃなく、近隣、いや、市内全域からこの公園に子ども達が集まってくると思いますよ。そのことは、空洞化する街中の活性化にもつながるし、一石二鳥だと思いませんか?」


 隆也は一通り図面を見た後、呆れたような表情で弁護士に突き返した。


「こんなに作って、誰が管理するんですか?市はこの公園のために、そんなにお金をかけてくれるんですかね?」

「そのことは心配ご無用です。こないだ市長にお会いしましてね。この図面と、私なりのビジョンと公園にかける想いをしっかり伝えてきました。市長は僕の話に大いに賛同してくれまして、早急に計画を進めると約束してくれましたよ」

「……そうですか」


 隆也の顔に、憔悴した様子が漂い始めた。

 すると、助手の女性が隆也達が拾い集めた落ち葉の入ったポリ袋に目を付けたようで、ポリ袋を持ち上げると


「わあ、こんなに集めたんですね。大変だったでしょう?」

「そうですね。でも、親の時代からずっとやってきたことだから、気にならなくってね」

「大変そうですよね。でも、この計画が始まれば公園の木も伐採されるでしょうから、来年からはそんな辛い思いをすることもなくなりますよ」

 と言って、にっこりとほほ笑んだ。


「……俺がいつ辛いって言った?来年からこの木が無くなるから、楽になれる?さっきから黙って聞いてれば好き勝手な事言いやがって。いい加減にしろよ」


 隆也は唸り声をあげるように低く太い声を上げた。


「だいたい、この木に『存在意義』がないだと!?そんな言葉、昔からここに住んでこの木を見て育ってきた俺たちが聞いて許せるわけがないだろう?」


 隆也は立ち上がり、ポケットに手を突っ込んで助手の女性の近くへと歩み寄った。


「お父さん、やめてよ!ここで喧嘩しちゃだめだよ!」

「だって怜奈、お前だって本当は腹が立つだろう?」

「それは私だって腹が立つわよ!でも、ここであの人達に当たっても計画が撤回されるわけじゃないんだから!」


 弁護士は隆也と怜奈が言い合っている様子を見て、鼻で軽く笑うと、助手と業者を手招きし、公園から出て行った。


「おい!待ちやがれ!」


 隆也は弁護士を追いかけようとしたが、途中腰の辺りを押さえて倒れ込んだ。


「ど、どうしたの、お父さん!?」

「腰が……ちくしょう。こんな時に限って、何でこんなに腰が痛いんだ?」

「あのさ、お父さん、もうすぐ還暦になるんだよ?もう昔のように無理はできないわよ」


 隆也は地面に落ちていた石を拾うと、弁護士の背中に向かって思い切り投げつけた。


「ちくしょう!絶対、絶対に……計画をつぶしてやる!」


 悔しがる隆也の隣で、怜奈はそっと寄り添い、痛がっていた腰の辺りをさすっていた。


 それにしても、弁護士や隆也の言う僕たちケヤキの「存在意義」って何なのだろう?

 僕自身が考える自分の「存在意義」は、雨風に耐えつつもこの公園に立ち、何も言わず通り過ぎる人達の背中を見守ることだと思っているけれど……彼らはどういう意味合いでこの言葉を使ったのか、傍で聞いて、思わず考え込んでしまった。


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