第2話 日曜日の苦悩
この街に来て1ヶ月が過ぎようとしていた。
多くの人が行き交い、空気が悪く騒音が響き渡る街中での暮らしも、1ヶ月が経つと次第に馴染んできた。
定期的に、市の公園管理の人達がやってきて、水や肥料を与えてくれた。
仲間たちと過ごした山中の庭園での暮らしに戻りたいという気持ちはまだ残っているが、街の中でこうして至れり尽くせりの生活をするのも、悪くないと思うようになった。
工場からの騒音や煤煙に悩まされず、のんびり過ごせる唯一のひと時があった。
世間で言う「日曜日」という1日である。
この日は、小鳥たちのさえずりが響き、おだやかでのんびりとした空気感に包まれ、僕が唯一「ホッと」できる1日であった。
この日も、朝から春の穏やかな陽光の下、僕は枝葉を延ばし、ゆっくりと過ごしていた。
その時、一組の男女が腕を組みながら、僕の所に近づいてきた。
丸っこい眼鏡をかけ、七三分けの髪型をしたお兄さん風の男性と、膝上まで見えるミニの花柄のワンピースを着込んだ、パーマのかかった長い髪が可愛らしい女性。
二人はやがて、僕の近くにあるベンチに腰を下ろした。
二人は、お互いの名前を呼び合い、時折女性が男性に寄り添い、露わになった腿を男性の膝の上に載せていた。
僕は正直、この場にいるのがいたたまれない気持ちになった。
けど、逃げ出したくても、根元までしっかり植えられているので、ここでじっとこの二人の前に立っていることしかできなかった。
やがて、男性はカバンから何やら包みを取り出し、女性に手渡した。
「
「わあ、
「君枝さん、ビジターズ好きだったよね?仕事帰りにレコード店で探して、やっと見つけたんだ」
「ありがとう、嬉しい、敬三さん、大好き!」
「君枝」という女性は、長髪の男性5人組が楽器を片手に写っているレコードジャケットを手に、「敬三」という男性を微笑みながら見つめ、肩に手をかけて頬にキスした。
敬三の頬には、君枝の大きく赤い唇の跡がうっすらとついていた。
やがて、二人は寄り添い、深く口づけあった。
僕はその間、ずっと目を背けたかったが、先述の通り、ここから動くことができず、ひたすら二人の愛し合う姿を見続けているしかなかった。
やがて二人はベンチから立ち上がり、肩を組んでゆっくりと歩き出した。
君枝は、敬三の肩にもたれかかり、幸せいっぱいの表情を浮かべていた。
そして、公園の近くにある、瓦屋根が立派な一軒家へと入っていった。
ここは、敬三の自宅のようである。
僕は毎朝、敬三がここからスーツ姿で会社へと出勤していく姿を見ていた。
今日はどうやら、朝から君枝とデートしていたようである。
見かけからすると、敬三はそれほど女性にもてそうな雰囲気ではないが、おそらく親の紹介でお見合いでもして、君枝と知り合ったのだろう。
その後も、日曜日になると敬三が君枝と仲睦まじくデートする姿を何度か目撃した。僕はそのたびに、二人がいちゃつく姿を見せられ、何ともいたたまれない気分になった。
夏が過ぎ、やがて秋のひんやりとした空気が街中を覆い始めた頃、近くの家から、羽織袴に身を包んだ敬三が、タキシードや着物に身を包んだ両親とともに現れた。
三人はやがて、家の前に到着したタクシーに乗り込んだ。
おそらく、君枝との結婚式に向かうのであろう。
敬三は、少し頼りない雰囲気があるが、果たして君枝を幸せに出来るのだろうか?
他人事ながら、不安に感じることもあるが、今はただこの場所から、「おめでとう」と声をかけてあげたいと思った。
気が付けば、公園は徐々に整備され、近くにデパートが開店し、日曜日になると沢山の若者や家族連れが僕の前を通り過ぎるようになった。
時には、敬三や君枝のような若いカップルが腕を組んでベンチに座り込み、愛を語り合い、口づけを交わすようになった。
そのたびに、僕は目を覆い隠すか、どこかに逃げ込みたい気分になった。
だけど、どこにも逃げられない立場である以上、いちゃつく姿を目の前に、ひたすら耐え続けるしかなかった。
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