大きなケヤキの樹の下で

Youlife

第1章 公園に立つ1本のケヤキ

第1話 ひとりぼっちになった日

 僕は、ケヤキの木。

 小さな頃から、造園業のおじさんに、たくさんの仲間たちとともに、手間暇かけて育てられてきた。

 小さい頃は、ちょっとした風や雨で枝が取れそうになり、幹が折れてしまいそうになってしまい、僕の命もこれまでか?と思った。

 けど、おじさんはそのたびに、しっかり僕たちを固定し、受難から救ってくれた。

 やがて僕たちは、人間の背丈を超える位にまで大きく育った。

 そんなある日の事、僕は根元からまるごと掘り起こされ、トラックに積み込まれた。

 今まで一緒に育った仲間たちも、次々と掘り起こされ、別なトラックに積み込まれていった。突然の別れに僕たちは戸惑い、そしてとても悲しい気持ちになった。

 しかし、悲しみにくれる間もなく、トラックはどんどん速度を上げて坂道を下りていった。

 僕たちが育った山深い庭園から、田園風景が広がる農村を通り過ぎ、やがてビルや民家がたくさん建ち並ぶ街の中に入っていった。

 いったい、僕はどこに連れて行かれるんだろうか?

 このまま、どこかに捨てられてしまうんだろうか?

 とめどなく不安がおしよせ、今朝までしゃんと聳えていた枝が、次第にしなりかけてきた。

 その時、トラックは帯状に整備された公園の前で停まった。

 そして、僕を育てたおじさんが近寄り、根元から僕を持ち上げた。

 おじさんと、助手のお兄さんが一緒に僕を担ぎ、公園の真ん中に整備されたプランターの上に置いた。

 すると、おじさんとお兄さんは、スコップで一生懸命大きな穴を掘り始めた。

 どのくらい、時間が経っただろうか?

 夕方近くなった頃、二人が一生懸命掘って作った大きな穴に、僕は根元から入れられた。

 そして、土が掛けられ、こもを巻き、僕の根本が固定されると、お兄さんがロープで僕の枝や幹をしっかり固定してくれた。

 夕陽が沈み始める頃、おじさんとお兄さんが僕に近づいてきた。


「じゃあな。ここで元気にがんばって生きていくんだぞ。時々顔を見に来るからな!」


 おじさんはそう言うと、僕の幹を何度も手で撫でてくれた。

 僕は、これがおじさんとお別れになるということを、薄々と感じ取った。

 おじさんの眼には、うっすらだけど、涙が浮かんでいた。

 僕を小さい頃から、ずっと面倒を見てくれたおじさん。

 だから別れはきっと、僕が思っている以上に辛いんだろうと思う。

 僕もすごく悲しくて、枝がしなりそうになった。


 やがておじさんとお兄さんは、トラックに乗って行ってしまった。

 僕は、見知らぬ街の、見知らぬ公園の中に一人、置いてけぼりにされた。

 仲間たちは、どこに行ったんだろう?

 冷たい夜風に吹かれながら、僕は初めて、ひとりぼっちの夜を過ごした。

 風は時折強く吹きつけ、僕の枝は折れてしまいそうになった。

 けど、おじさん達がしっかりロープを結んでくれたおかげで、折れることもなくま一晩を過ごすことができた。


 初めて過ごした独りぼっちの寂しい夜が過ぎ、朝を迎えた。

 まぶしい陽光が真正面から僕を照らした。

 やがて、仕事や学校に向かう自転車の群れが、次々と僕の傍を追い越していった。

 皆、スピードを上げて僕の傍を通るので、衝突されるんじゃないかと思って、終始ビクビクしてしまう。

 通り過ぎる人達は皆、僕が今まで過ごしてきた庭園の人達みたいに、あくびしながらのんびりと仕事を始めるような感じではない。

 どこか不安を抱えたような表情や、時間に追われ、慌てているようにも感じた。

 公園は、まだまだ整備が始まったばかりで、自転車が通り過ぎるたびに砂煙があがり、砂が僕にかかってあっという間に体が汚れてしまった。

 近くには鋳物工場や鉄工所があり、昼間から煙がたちこめ、工場からの騒音が響き渡った。

 庭園に居た頃のおだやかな日々を僕はとても懐かしく思い、出来ることならまた戻りたいと思った。

 ひとりぼっちになって始まったこの街での生活は、こうして辛い気持ちが渦巻く中で始まった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る