第15話 試練の日

 僕が新入りのルークとこの公園で暮らし始めてから3か月が過ぎた。

 暑い夏を越え、ここからが僕たちケヤキにとって試練の毎日となる。

 秋の台風、そして冬の強烈な北風が吹きつけるシーズンの到来である。

 ルークは、この試練を乗り越えることができるだろうか?

 

 ルークは相変わらず、国内でも有名な造園出身であることを鼻にかけ、僕の話はまともに聞いてくれない。

 そして、時々思い立ったかのように、自慢話をしてくる。


「僕と一緒に育ったチャールズは、皇居外苑に植えられることになったんだ。あと、エリオットは浜離宮、トッドは六本木のけやき坂、ポールは仙台の定禅寺通り。みんな元気にやってるかなあ」


 ルークは、物思いに耽りながら、独り言のように自慢話をしてくる。

 僕はそのたびに、またか……と思いつつ、同じ公園に聳え立つ同志として、彼の言葉にはとりあえず耳を傾けている。


『うらやましいね、お友達、みんな今頃元気にやってるのかな?』


『ああ、こんな田舎の公園にいる僕と違って、きっと毎日楽しくてしかたがないだろうな』


『でも、ここに来る人たちはぶっきらぼうだけど、みんな優しい人が多いよ。慣れたらきっといい場所だと思う』


『はあ?おじさん、何寝言を言ってんの?おじさんは都会の庭園とか見たことないから、そんなのんきなことを言えるんだよ。僕の友達を買い付けていった都会の業者の人達、みんな小奇麗な恰好をしていて、運び方も扱い方も丁寧だったよ。友達を羨ましく思ったよ』


 聞けば聞く程、腹が立ってくるけど、これからずっと、末永いお付き合いをしなければならない相手だけに、出来るだけ言いたいことをグッとこらえて、相手の言葉を遮らずに聞いていた。

 夕方近くなり、Yシャツの襟をだらしなく開けて、だぶだぶのズボンを腰まで下げて履いている高校生らしき少年たちが僕たちの所に近づいてきた。

 彼らはいつも僕の真下にあるベンチでタバコを吸い、吸い殻を僕の根っこの辺りに投げ捨てて帰ってしまう。

 正直来られるのが迷惑な相手だが、今日も彼らはフラフラと公園のど真ん中を歩き、やがて、ルークの足元に置かれたベンチに腰を掛けた。

 ルークの所のベンチの方が、真新しくゆったりとしたデザインなので、最近は僕の所より、ルークの所に行く人が多い。


「あ~今日も授業終わったあ、正直かったりいよなあ。テスト終わるまでの辛抱だから我慢するけどさ」

 そう言うと、少年たちはいつものようにポケットからたばこを取り出し、1人がライターで火を付けると、ライターを隣へと回した。

 白い煙が、モクモクとルークの周りに立ち込め始めた。

 たばこを吸い始めると、彼らの話も徐々に砕けてきて、最近見たエッチなビデオの話や、駅前で女の子をナンパした話と、その後の展開の話で大盛り上がりとなった。

 最後に、たばこの吸い殻をルークの根っこの辺りに投げ捨て、少年の1人は噛んでいたガムを吸い殻の上に吐き捨てて行った。


 僕は、相変わらずマナーの悪い連中だなあ、と思いつつ眺めていたが、ルークにとっては初めての経験だと思い、そっと声をかけた。


『ルーク、大丈夫かい?ゴミは、公園の掃除しているおじさんがそのうち来るから大丈夫だよ。それより、気にすんなよ。僕はあの子達に何度も同じ目に逢っているから』


『……これだから、田舎の公園は嫌なんだよ。ああいうマナーの成ってない連中がうようよ歩いてるし。おじさんはよく我慢できるよな?僕はもう我慢できない!今度、造園会社のおじさんが様子を見に来た時、こんな所から早く帰りたいって訴えてやる!』


 ルークは怒りに満ちた口調で、僕に訴えてきた。

 気持ちは分かる。僕も初めの頃は同じような気持ちになった。

 でも、それを耐え忍んでいかないと、どこの公園にいっても一端のケヤキの木として生きていくことはできないんだ。

 しかしルークは、僕に対してそれ以上何も言わず、ひたすらブツブツ文句を言い続けていた。


 翌日、朝から南からどす黒い雲がモクモクと町の上に押し寄せてきた。

 やがて、強烈な湿り気のある風が轟音を立てて、僕たちの体に体当たりするかのような勢いで吹き付けてきた。

 これは……間違いなく、台風から吹き付ける風である!

 間もなく、叩きつけるような雨が降り出し、やがて風に乗って雨が僕らの体中を濡らし始めた。

 僕の枝という枝はユサユサと揺れ、葉を散らし始めた。

 こうなると、まる1日はひたすら耐えるしかない。それが僕たちケヤキの宿命である。

 心配なのは、まだ体の小さいルークである。

 案の定、ルークの少ない枝は風に翻弄され、引きちぎられそうな勢いで揺れている。


『いやだ!飛ばされちゃう!助けて!もう、こんなところは嫌だ!』


 ルークは、強い風に煽られるたびに、悲痛な声で泣き叫んだ。

 何とかして、まだ幼い彼を助けてあげたい。けど、ご存じの通り、僕の体は土の中にしっかり埋められている。

 ルークには申し訳ないが、この試練にはひたすら耐え抜くしかないのである。


『耐えろ!体中にグッと力を入れて耐えろ!そのうちきっとこの嵐は収まるから、今は何も考えず耐えろ!それが僕らケヤキの宿命なんだ!』


 夜の闇が辺りを支配し始めた頃、ようやく雨と風は収まり、空には無数の星が瞬き始めた。

 僕の周りには、吹き飛ばされた枝や葉がたくさん散らばっていた。

 僕は特に気にしていないが、問題はルークである。


『ルーク!ルーク!大丈夫か?』


『ああ……雨、止んだんだ……はあ、死ぬかと思った』


 どうやら、あまりの衝撃に、気を失ってしまったようである。


『おじさん、ずっとこんな嵐に耐えてきたの?』


『ああ。もうこんなの慣れっこだ。君もそのうち、慣れてくるよ』


『どうやったら、慣れっこになるの?どうすれば耐えられるの?』


『それは、時間が経つのを待つしかないんだ。君の体が、しっかり太くなるまで、グッと耐えて行くしかない。僕も若い頃、こんな嵐の日が本当に嫌だったよ。でも、今は何とか耐えられるようになったよ』


『時間が経てば?もっと簡単な方法はないの?』


『残念ながら、無いよ。僕らケヤキを成長させてくれるのは、時間だけなんだ』


『……そうなんだ。じゃあ、早く大人になるしかないのか、つまんない答えだな』


 ルークはちょっとむくれたが、彼なりに納得したようである。

 プライドが高く、生意気盛りゆえに、分かってもらうまでに時間はかかるけど……

 きっと、僕以上に立派なケヤキになりそうな予感がする。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る