第53話 僕たちに迫る危機

 夏の強い日差しが照り付け、僕やケビンの幹には蝉たちが集まりだし、耳をつんざくような強烈な鳴き声をあげていた。


『わあ~!こんな朝早くからやめてよぉ。うるさくて、何も聞こえないじゃないか』


 ケビンの方が蝉には止まりやすいようで、ケビンは嫌そうな顔をしながらひたすら耐え続けていた。


 一方、僕の真下には、早朝から数人の男たちが集まってきた。

 集団の中心に立つのは隆也で、その周りを取り巻くように、マンションに住む拓馬と祥吾、凛空の三人の若者が立っていた。

 彼らはそれぞれ、剪定用の鋏や草刈り鎌を持つと、一斉に公園内に分散していった。


「隆也さん!この植込みは剪定していいの?」

「隆也さん、植込みの辺りに草が結構生えてるから、刈り取っていいのかな?」


 若者達は、隆也に作業の手順をひとつずつ確認していた。


「ああ。だいぶ伸びてきてるから、バッサリ刈り取ってくれよ」


 隆也はタオルで額の汗を拭いながら、若者達に指示を送っていた。

 作業が始まって一時間が経過し、雑草が生い茂っていた公園の中はあっという間に綺麗になっていた。

 若者達は、笑いながらポリ袋に刈り取った草や木の枝を集め、公園の片隅にある集積所にどんどん投げ込んでいた。


「すごい量だな。ついこないだ刈り取ったばかりなのに、あっという間に伸びちゃうんだな」

「俺も毎年頭が痛いんだよな。親が生きてた頃は毎年親が近所の人達と一緒に作業していたけど、俺が代わりにやり始めてからは、その大変さがよく分かったよ」


 そう言うと、隆也は公園を見渡し、大きく背伸びをした。


「ん?誰だ、あいつら……」


 隆也の視線の向こうに居たのは、作業衣を着た市の職員の一団だった。

 彼らは巻き尺やカメラ、図面を持って、公園の中を一通り確認して回っていた。


「あいつら一体、何やるんすかね?」


 凛空は訝し気な表情で、職員達の動きを凝視していた。


「俺、聞いてこようかな?」


 拓馬は立ち上がり、職員達に駆け寄っていった。

 しばらくの間、拓馬は職員と話し合い、その後、首を左右に傾け、いまいち納得が行かない様子で戻ってきた。


「どうしたんだ?何だか浮かない顔してるな、拓馬」

「ああ、あいつらの話を聞くと、どうやらこの公園を改良する計画があるんだってさ」

「改良?」

「うん、公園の地面を覆うアスファルトが老朽化して剥がれたり、デコボコになっているから、張り替えなくちゃならないんだって。それから、遊具も設置する計画があるんだって」

「何で遊具を置くんだ?この公園で子どもが遊んでるのなんて、ほとんど見かけないぞ」


 隆也は、拓馬の話に納得のいかない様子だった。

 この公園で遊んでいる子どもは、マンションが出来てからちらほらとは見かけるが、僕がここに来た当時に比べると、ずっと少ないと感じていた。

 もちろん、ここで遊んでいる子どもたちとその親達の要望は無視してはいけないとは思うが……。

 隆也は若者達と一緒に、職員達の一団の元へと駆け寄っていった。

 職員は図面や計画書を隆也に見せていたが、隆也はいまいち納得していないようで、職員達に対し、計画の見直しができないのか詰め寄っていた。

 それに対し、職員達は頭を下げながら、少しずつ説得している様子だった。

 しばらくすると、隆也達は職員達の元を離れ、僕の方へ戻ってきた。


「隆也さん、あの計画、認めるんですか?俺、何かこの公園を好き勝手に変えられてしまうようで、正直納得していないんですよ」


 祥吾は、ポケットに手を突っ込み、苛つきながら隆也に話しかけた。


「まあ、ここにあるケヤキの木は出来るだけ伐採しないで、根っこだけ一部削り取るくらいで済ませたいっていうからな」


 その時、拓馬が額にかかった髪の毛をかき上げながら、鋭い目で隆也をキッと睨んだ。


「本当にそれで済むと思ってるの?隆也さん」

「はあ?」

「この計画、一体誰のためのものなんだろうって。遊具だって、どれだけ使う人がいるの?ケヤキは切らなくても、植込みとかは伐採するんだよ?みんなが安心して使いやすい公園にするって言ってたけど、ただ安全なだけで、緑なんてほんの少ししか残されないじゃないか。おまけに計画は変更の可能性があるって言ってたから、ひょっとしたら、このケヤキの木も……」


 拓馬は、どこか腑に落ちない様子であった。

 すると、凛空も拓馬に同調するかのように、まくし立てた。


「そうだよ拓馬!あいつら、俺たちがもうこれ以上草刈りとか剪定とかする必要もなくなって、楽になりますよ~って言うけどさ、その結果、失うものだって多いと思うんだよね」


 祥吾も二人の間に入り、そうだそうだと相槌を打っていた。


「お前たちの気持ちはよく分かる。言いたいこともよく分かる。だけど、もう少し様子を見ないか?この公園だって、俺が小さい頃からずっとこのままだったから、あっちこっちが痛み始めてるのは事実だからさ。どこかのタイミングで直しておかないとな」


 隆也はいきり立つ若者たちの言葉に理解を示しつつも、彼らをなだめるかのように言葉をかけた。


「けどさ、隆也さん。計画次第ではここのケヤキだって、下手したら……」


 拓馬は、まだ少し腑に落ちていない様子だった。


「その時は、体を張ってでも止めるさ。あの時のようにね」


 隆也には、災害で傷ついたおじさんが伐採されそうになった時、必死になって署名を集め、反対運動を起こしたことを僕もよく覚えていた。

 結果的には隆也が折れて反対運動は頓挫し、おじさんは伐採された。

 隆也は最終的に納得して折れたのかもしれないが、あの時のことは、隆也の心のどこかでまだ引っかかっているのかもしれない。


 □□□□


 数日後、市の職員達が僕の真下に続々と集まってきた。

 彼らの表情は一様に硬く、数名の職員は資料をめくりながら何度も電話をかけ、内容の確認を行っていた。

 その時、先日僕の根っこにつまづいて顔を怪我したあいなの父親という弁護士の男性が颯爽と現れた。

 弁護士の隣には、助手と思しき女性が立ち、何冊もの資料を持ち込んでいた。


「今日はお忙しい所すみません。先日お約束した資料が出来ました。早速ご覧になっていただきたいのです」

「分かりました」


 弁護士は、市職員から渡されたファイルを一枚ずつめくり、目を通した。

 最初の頃は頷きながら読み続けていたが、図面を見た時、弁護士の表情は一変した。


「あの、すみません。整備する遊具って、これだけですか?」

「そうです。ここは公園であると同時に、地元の方が通勤通学する際の通り道となっているので、遊具にスペースを取り過ぎないよう設計しました。それに、この公園を利用する周辺人口を考えると、将来的に遊具を使う子どもの数は減少が見込まれており、費用対効果的にどうかな?ということもありまして……」

「そんなことはどうでもいい。あなた方は、私がお願いしたことをちゃんと理解していたのですか?」


 弁護士は声を荒げて叫ぶと、読んでいたファイルを職員に付き返した。


「早苗さん。こないだコンサルタント会社にお願いしていた設計図を貸して」

「はい、先生」


 助手の女性は手持ちのファイルをめくり、図面のぺージを開くと、弁護士に手渡した。


「これが僕たちの構想しているこの公園の設計図です。全体的に遊具を増やし、特に子ども達の体力増進に役立ちそうなアスレチック的なものを設置してあります。それと、砂場を設置して砂遊びも楽しめるようにしてあります」

「は、はあ……」

「将来的に子どもの数が減るのは僕も分かってます。だからと言って、今この地域に居る子ども達をないがしろにしていいんでしょうか?今の子ども達は家に籠ってゲームばかりやっている。僕は、この公園が、子ども達が表で遊ぶきっかけになってほしいと思います。折角計画を作ってもらったのに申し訳ないけど、こちらの計画で再度検討して頂けませんか?」


 弁護士の堂々とした口調に、市職員達は終始たじろいでいた。

 やがて、職員のうち一人が、弁護士の持ってきた設計図を見て驚いた。


「あの、すみません。ここにあるケヤキの木は、どうするのでしょう?どこにも記載がないのですが」

「伐採するしかないのでは?と思います。これだけ根が張って、地面が盛り上がり、通行の妨げになっているのですから。この木が無ければ、うちの娘も怪我せずに済んだんですからね」


 弁護士の言葉に、僕も、そしてケビンも絶句した。

 もしこのまま弁護士の計画が採用されたら、僕たちは問答無用で伐採されることになる。弁護士の勢いに押されっぱなしの現状を考えると、僕たちは行く末が心配になった。


『ルークさん、このままじゃ、僕たちは伐採されちゃうよ』


『ああ。けど心配するな、ケビン。隆也達が、必死になって食い止めてくれるはず。あの時のようにね』


 僕は自分自身に言い聞かせるように、ケビンに慰めの言葉をかけた。

 しかし、今回の相手は一筋縄でないこと、そしてこれまで以上に自分達の命に危機が迫っていることを僕はひしひしと感じていた。


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