第109話 やんちゃな救世主たち

 猛暑が続き、僕たちは例年のごとく、暑さの中ずっと耐え続ける日々が続いていた。こんな暑い時期にも関わらず、今日は公園の中をたくさんの人が歩いていた。

 どうやら毎年恒例の夏祭りが行われているようだ。陽が暮れ始めると、人通りはさらに増えて行った。確かお祭りのクライマックスは、大きな花火である。僕は昔からこれが苦手で仕方が無かった。


 やがて空中に大きな赤い花が咲くと、地面から突き上げるような強烈な地響きが僕の中を駆け巡った。僕は体中に力を込めて、衝撃を乗り切ろうとするものの、その後も立て続けに地響きは続き、僕の我慢も限界に近づいてきた。

 一方で、公園に集う人間達からは、歓声とはしゃぐ声、「きれいだよね」と言って称賛する声を次々と発していた。


『いつまでやるんだよぉ。そして人間達は、どうしてこんなのが楽しいんだよぉ』


 苗木達が口々に不満を言いだした。辛い思いをしているのは僕だけじゃないようだ。

 しかし、僕たちの意思に反して花火は徐々に勢いを増し、最後には爆音とともに、夜空いっぱいに金色の光の雨が降り注いでいた。

 その後、公園に集っていた住民達は、蜘蛛の子を散らすかのように徐々に去り始めた。


『終わったみたいだね。はあ、長かったぁ。もう二度とやらないでほしいよね』


 公園のケヤキ達は、安堵した様子で公園を行き交う人間達の様子を見届けていた。僕も、一年で一番辛い時間を乗り切ったことで、大分気持ちがほぐれていた。

 人間達が立ち去った後、公園の中には沢山のゴミが散乱していた。花火の音や振動も嫌であるが、毎年祭りが終わった後にこの風景を見せられることも、僕はすごく嫌気を感じていた。

 そして、夜も深まると、若者たちが大声を張り上げながら、公園の中に徐々に入り込んで来た。どうやら酒でも飲んだようで、中には缶入りの酒を手に公園の中を歩く連中の姿もあった。


『やだなあ、やっと花火が終わったのに……今度は面倒くさい連中が来たな』


 苗木達の中の誰かが、舌打ちしながら若者達の姿を見届けていた。

 彼らはやがて、ケビンの真下にあるベンチに座ると、持ってきた酒を回し飲みし始めた。


『あれ?あいつら、どっかで見たことあるなあ』


『ルークさん、あいつら、成人式の時にここで暴れてた連中だよ。あの時も酒や食べ物を持ち込んで、ゴミを散らかして大騒ぎしていたよ。全く懲りない奴らだな』


 坊主頭の男、髪の毛を真っ赤に染めた不気味な雰囲気の男、髪を金色に染めた体格の良い男……そうだ、成人式でここに来た連中に違いない。


「花火大会、すっごく楽しかったよな!今夜はまだまだ飲むぞ!ここで二次会でも始めるか!」

「いいぞ!酒はまだ残ってるから、じゃんじゃん飲もうぜ!露店で買ったタコ焼きやお好み焼き、イカ焼きもあるぞ」

「お前ら、本当に気が利くなあ。酒がうまくなるつまみばかりじゃねえか!」


 若者達は携帯電話から大音量で音楽を流し、酒や食べ物を口にしながら大はしゃぎしていた。

 せっかく落ち着いてきたのに、これでは眠ることすらできない。

 昔だったら、近くに住む隆也が出てきて彼らを一喝しただろう。でも彼が亡き今はそれも叶わないし、息子のシュウはこういう時に自分から首を突っ込むようなことはしない。そうなると、僕らはただひたすら、彼らがこの場を去るのを待ち続けるしかなかった。

 そして、時間が経つにつれ、彼らの行動はエスカレートしていった。

 食べ物の入っていた箱や袋を、次々と僕たちの周りに投げ捨て始めた。中には食べかけのものがそのまま残されている箱もあり、食べ物が放つ強烈な臭いが僕たちを包み込み始めた。


『く、臭い!ちくしょう、何で拾わないんだよ。何で持ち帰らないんだよ!』


 耐えかねたケビンは大声でわめき散らした。ただ、その声は彼らの耳に届いている様子は無かった。

 その後、彼らはベンチを立つとふらふらと歩きながら煙草を吸い、苗木達の周りに吸殻を投げ捨てた。


『アチチチチ!燃えかすが降りかかって危ないじゃないか?』


 ケンに煙草の灰が降りかかったようで、慌てふためき叫ぶ声が聞えてきた。

 しかし男達は大笑いしながら別な煙草に火を灯すと、今度はキングの幹に吸殻を押し当てた。


『キング!』


 隣に立つミルクが悲鳴をあげた。しかしキングは何も言わず、ひたすら耐え続けていた。さすがの僕も、その様子を黙って見ていられなかった。


『おい!いい加減にしろ!可哀想じゃないか!火が燃え移ったらどうするつもりなんだ!』


 しかし、男達には僕の声が届いていない様子で、相変わらず大声で笑いながら談笑していた。僕は悔しさのあまり、樹液が樹皮の隙間から染みだしてきた。


「うるせえぞ!ちょっとは静かに出来ねえのかよ?」


 その時、どこからともなく唸るような声が聞こえ、男達の笑い声が突如ピタリと止んだ。


「おう、何だよ、てめえら!?今、ここから出て行けって言ったよな?」


 坊主頭は、ズボンのポケットに手を入れて全身を左右に揺らしながら、現れた男達の方向へと歩き出した。


「ああ、言ったよ。もう一度言ってやろうか?」

「はあ?ふざけてんのかよ!ぶっ殺してやるわ!」


 坊主頭は握った拳を頭上にかざすと、思い切り振り下ろした。

 黒いパーカーを羽織ったリーダー格の男性は、ひらりと身を交わすと、坊主頭の後ろ側に回り、背中を思い切り蹴とばした。坊主頭は蹴られた勢いで地面に倒れ込んだ。


「おい、やりやがったな!この野郎!」


 髪の毛を真っ赤に染めた男が、ポケットからナイフを取り出すと、目を思い切り見開いて黒パーカーに襲い掛かった。

 すると、黒パーカーは背中を反らして目の前に振りかざされたナイフを避けると、隣に立っていた巨体の男性が後ろから羽交い絞めにし、ナイフを奪い取った。


「な、なんだよ。こいつら……!」


 残された金髪の男が全身を震わせながら拳を握りしめ、二人の男性に襲い掛かった。すると、別な男性が立ちはだかり、腕を振り下ろして金髪の男のみぞおちの辺りに強烈な一撃を食らわせた。


「ぐほっ!」


 金髪の男は腹を抱えたまま地面に倒れ込んだ。

 坊主頭の男と真っ赤な髪の男がその様子を見て慌てて近寄り、金髪の男の両腕を抱えると、地面の上を引きずりながら公園の外へと出て行った。


『すごい!誰なんだろう、あの三人は』


『あれ?あの黒パーカーの人……拓馬じゃない?』


『拓馬?』


 黒パーカーの男は、フードをたくし上げて顔を見せた。ちょっとだけ髭をたくわえ、以前よりも精悍さの増した拓馬の顔だった。


「ちくしょう。久しぶりに昔の仲間に再会して花火を見て、楽しい夜になるはずだったのに、こんなふざけた真似しやがって。余計な汗をかかせるんじゃねえよ、ガキどもが」


 そう言うと、拓馬は汗が光る額を何度も両腕で拭っていた。


「おい拓馬、額が汗まみれだぞ。こんなくそ暑いのにそんなパーカー着て来るなよ」

「だって、俺はこのパーカーが好きだからさ」


 他の二人は、拓馬の遊び仲間である祥吾と凛空のようだ。拓馬が昔と変わらぬ尖った雰囲気がある一方で、他の二人は体型は昔と変わらないものの、以前ほどの怖さは感じなかった。


「今日は久しぶりに会ったけれど、お前だけが昔と変わらないよな。やんちゃしてる所も、そして、ずっとこの木たちの世話を続けてるのもな」

「やんちゃなのは性格だからしょうがねえよ。ただ、この木だけは、何が何でも守りたいんだ。俺の恩人が大事に守ってきた木だからな」

「恩人って、隆也さんのこと?だいぶ前に死んだって聞いたけど」

「ああ。だからこそ隆也さんのこの木への想いを俺が守らなくちゃいけないって思ってるんだよ」


 そう言うと、拓馬は白い歯を見せながら笑い出した。


「まあ、この木を守らなくちゃって気持ちは分かるよ。さっきのガキどもみたいな奴らに汚されたり傷つけられるからな。でもな拓馬、お前も身を固めろって。お前ももう若くは無いんだからさ」

「……俺のことはほっといてくれよ。さ、これからゴミ拾いするぞ。こんな汚いままにしておいたらこの木たちが可哀想だ。その後にまた飲み直そうぜ」

「ええ?こんな真っ暗なのに?」

「このままゴミを放置してたら、便乗して捨てる奴らが出て来るし、何よりもここにいる木たちが放置されるのをきっと嫌がってるだろうから、早めにやりたいんだ」


 そう言うと、拓馬は薄明るい月の光だけが照らす公園の中をくまなく歩き、ゴミを次々と拾い集めた。


「おい拓馬!こんな暗い中やるのは無理だって!大きくて目立つ奴しか集められねえぞ」

「それでもいいんだ。ほら、こんなに集まったじゃないか」


 集められたゴミは、公園の中央にうず高く積み上げられた。


「さっきのガキども、本当にマナーが悪いな。今度見かけたら、本気でぶっ殺してやりてえよな」

「いや、あいつらばかりじゃない。最近はマナーってやつを知らないのが多いんだ。

 だからこそ俺たちががんばるしかねえんだよ。あ、ちょっと待っててくれよ。ゴミを入れるポリ袋持ってくるからさ」


 そういうと、拓馬は小走りで実家のあるマンションへと向かっていった。

 祥吾と凛空は、走り去る拓馬の背中をひたすら見届けていた。


「拓馬、本当に彼女いないのかな?結構モテそうなのにさ。俺たちの方が先に結婚したのが申し訳ないよな」

「いや、あいつ、いるはずだよ。こないだ駅前で肩並べて歩いてるのを見たことあるからさ」

「え、マジ?やっぱりそうだったのか……」

「でも、彼女と同じ位、ここの木たちのことが気になってしょうがないんだろうな」


 二人で色々噂話をしていたその時、息せき切って拓馬が戻ってきた。


「さ、この袋にゴミをいれようぜ」


 拓馬は一つずつ丁寧にゴミを詰め込んでいるその脇から、祥吾は尋ねた。


「なあ、拓馬、お前さ……」

「何だい?」

「いや、何でもねえよ……」


 拓馬はあっという間にゴミを袋に全て詰め込み、ホッとした表情で大きく背伸びしていた。


「ゴミ袋はそこの片隅に集めとけよ。俺が明日マンションの集積所に持っていくからさ。さ、ひと汗かいたし、また飲み直そうか?まだまだお前らと話したいことがあるからさ」

「ああ、そうだな。いい汗かいたからな」


 ゴミを集めると、三人はケンカやゴミ集めの疲れも何のその、大声で笑いながら再び駅前の方向へと歩き去っていった。


『ルークさん、あいつら……いや、あの人達、カッコイイよね』


 ナナが羨望の眼差しで三人の背中を見ながら僕に問いかけてきた。


『ああ、昔は色々とやんちゃだったけど、カッコイイ大人になったのは、間違いないな』








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