第127話 計画変更?

 雪が多かった今年の冬。徐々に太陽の光に温もりを感じ、暖かさが日に日に増していたが、今日は北風が音を立てて公園の中を吹き荒れていた。僕たちは枝が折れないように全身に力を込めて耐え忍び、風が止むのをひたすら待ち続けていた。

 こんな寒い日にも関わらず、今日は朝早くから分厚いジャンパーを羽織った作業員が続々と現れた。

 彼らは大きな図面を見ながら話し込んだ後、キングの方に向かって一斉に視線を向けた。強面の作業員たちから投げかけられた視線にキングは恐れおののいたようで、枝をだらりと下げてしまった。

 次の瞬間、作業員たちはキングの元へ向かって一斉に駆けだした。


『まずい……ついにキングを移植するつもりなんだろうな』


『キングがかわいそう!やめてよ!これ以上近づいたら私たちが許さないわよ!』


 苗木達がにわかに騒ぎ出した。いよいよ、別れの時が来たのか……事前に分っていたとはいえ、いざ掘り出されるのを見届けるのはやはり心が辛くなる。

 ごめんよキング、何もできなくて本当にごめんな。

 苗木達の中から、叫び声と共にむせび泣く声も聞こえてきた。作業員たちは道具を持って一斉にキングを取り囲んだ。


「ちょっと待ってくれないか!」


 その時、作業衣を着込んだ白髪交じりの男性が、大声を張り上げながら作業員たちの前に駆け足で近づいてきた。


「あれ?市の公園整備課の高田課長じゃないですか?どうしたんですか?そんなに息を切らして」

「今日の作業は中止だ!計画が変更になったんだ!」

「はあ?今頃何言ってるんスか?工期はあと二か月しかないんですよ?」


 男性は手にしていたかばんから図面を取り出すと、作業員たちの目の前に広げた。


「この案は小林こばやし部長も了承済みだ。申し訳ないが、この通りに進めてくれないか?ある程度工期が伸びるのはしかたない。変更契約はこれからちゃんとやるから、頼む!」


 男性は白髪だらけの頭を深々と下げると、作業員は動揺していた。


「どうする?正直今頃言われても困っちまうんだけどさ」

「もうすぐ工期が終わりそうなのに、今更何で計画変更なんだよ」

「全くだよ、金も時間もかかるだけなのにさ」


 作業員は不満げな様子で口々にそう言うと、キングの周りに立てられた赤い三角の置物を次々と取り払い始めた。


『あれ?あの赤いやつを取り払ってどうするんだろ?』


『本当だ!あの赤い三角形って、ここに入ってはいけませんっていう意味なんでしょ?』


 作業員たちは三角形の置物を手にすると、今度は僕の方に向かって一斉に歩き始めた。


『おい、あいつら今度はルークさんの所に行くぞ!』


『ええ?なんでルークさんが?』


 赤い三角形の置物は、僕をぐるりと取り囲むように円形に並べられた。そして、作業員たちはさらに黄色いロープを持ち出し、赤い三角系を繋ぐようにロープを張り付けた。


「この木は手こずりそうだな。もう樹齢もだいぶありそうだもんな」

「ああ、よりによって何でこの木なのかね?さっきの小さな木の方がすぐ作業も終わるのに」

「高田課長、どうしてこんな無茶苦茶な変更をやるんですか?私らにはさっぱり理解できないですよ」


 作業員たちは、頭をかしげながらロープを張り付けていた。


「この木が欲しいという人がいるんだよ」

「は?この木を?」


 作業員たちは驚きながら僕の方を一斉に見つめた。


「その人は何度も何度も市役所に通い詰めてこの木が欲しいと言ってきてね。ついには市長にも面談して請願書を手渡したんだ。まあ、我々としては、せっかくの申し出を断ることはできないからなあ……。これからもう一度日程を組みなおして、この木を移植する日が決まったらまた連絡するから。今日はごめんな」


 男性は僕を見つめながら、計画を変更して僕を伐採することになるまでの経緯を語ってくれた。作業員はいまいち理解できない様子でいたが、やがて道具を片付け、続々と公園の外へと出て行った。


『ルークさんが欲しい?ルークさんが、キングの身代わりってことなの?』


『とりあえずキングは命拾いしたようだけど……ルークさんを欲しいだなんて、一体どこの誰なんだろう?』


 苗木達は声を震わせながら、僕の方を凝視していた。僕も突然のことで、どう反応して良いのか分からなかった。僕も苗木達も突然の出来事に戸惑っていた

 高田課長と言われていた白髪交じりの男性は、僕の周りに張り巡らされたロープを手にすると、突然公園の後方を振り返った。


「これでいいんですよね?野崎のざきさん」


 男性がそう言うと、公園の外から、柊真のいる児童養護施設の園長先生が腰の後ろで手を組みながらゆっくりとした足取りで現れた。


「お疲れさまでした。大変でしたね」


 園長先生はそう言うと、満面の笑みを浮かべながら、まるで労うかのように男性の肩を軽く叩いた。

 園長先生は僕の前に立つと、幹をゆっくりと撫で、やがて額をそっと押し当てた。


「柊真はきっと大喜びしますよ。この木を私どもの施設に譲っていただけるなんてね」


 感慨深そうに額を当てて物思いに耽っている様子の園長先生を見て、白髪交じりの男性は首を左右にひねっていた。


「ハア……まったく、野崎先生には敵いませんね。何度も何度も頭を下げに来て、さらには市長の所にまで押しかけて」

「この件では高田課長には本当にご迷惑をかけました。だって、これは他ならぬ私のワガママですから。それに、役所が一度決めた計画を変えることの難しさは私も良く分かっていますし」

「まあ……部長に今回の計画変更を納得してもらうのは、本当に大変でしたよ。そんな理由で変更するのか!って何度突っぱねられたことか」

「ごめんなさいね。一生懸命上の人を説得してくれて。だから私、市長にお会いした時に言っておきましたよ。『公園整備課の高田さんは、私のために一肌脱いで、一生懸命周りを説得していた』ってね。きっと次の異動では良い結果が出ると思いますよ」


 園長先生がそう言うと、男性は極まりの悪そうな顔で髪をかきむしった。


「じゃあ私は次の予定があるのでこれで。移植の日程が決まったらお知らせしますね」

「ありがとう」


 園長先生は笑顔で手を振ると、男性は頭をかきながら公園の外へと歩き出した。独りぼっちになった園長先生は僕の方を振り向くと、笑顔で語り掛けた。


「そうそう、君にちゃんと報告しなくちゃな。君はもうすぐ、うちの園に来ることになる。きっと柊真はよろこぶだろうね。君のことを見ると、昔住んでいた家のことや、家族と一緒にかくれんぼしていた頃を思い出すんだってさ。君ならば、きっと柊真の閉ざした心の扉を開けてくれると信じているよ」


 そう言うと、園長先生は後ろで手を組みながら、ゆっくりとした足取りで公園を後にした。


『何だか唐突だけど……キングの代わりに、ルークさんがここからいなくなっちゃうんだね』


 ケンはくぐもった声で、僕に語り掛けた。


『キングが移植されるのは反対だけど、ルークさんがいなくなるのもやっぱり寂しいよね』


 ヤットもケンに追随するかのように、ため息交じりに話した。

 他の苗木達も、僕が移植されることへの悲しみや寂しい気持ちを次々に口にし始めた。


『でも……これでキングを守れるし、あの園長って人の話を聞くと、ルークさんが行くことで柊真君が幸せになれるならば、それに越したことは無いし、何より園長が優しそうな人だから、ルークさんもきっと大切にしてもらえるんじゃないかな?』


 ミルクだけは、僕の移植を前向きにとらえていた。


『何言ってんだよ、ルークさんに対する気休めかよ?ルークさんだって本心は嫌だろ?せっかくここでみんなと楽しく過ごしていたのに、園長先生のわがままで無理やり移植されるなんて』


 ケンはミルクを叱り飛ばした。


『いや、僕はこれで良いと思ってるんだ』


 僕がそう言うと、苗木達は驚いた表情で僕に目を向けた。


『柊真君は幼い頃に親も家も失って、見知らぬ場所で見知らぬ人達に囲まれて、寂しい思いをしながら生きている。でも、ここでかくれんぼしてる時は、本当に生き生きとして楽しそうだったろ?そんな柊真君の寂しい思いを僕が包み込み、心を開かせてあげられるのならば、僕は園長先生の提案を喜んで受け入れようと思うんだ。それに何よりも、これでキングを移植から守ることもできるし』


 苗木達はしばらく沈黙していたが、それを突き破るかのようにヤットが口を開いた。


『ああ、なるほど、そういうことか!ルークさんはずっとキングの身代わりになろうと必死に訴えていたもんね。その訴えが神様に届いたのかもよ?』


『アハハハ、そうだね。きっと神様が「そんなに身代わりになりたいなら、そうさせてやる!」って言ったのかもね』


 僕は健気にふるまいながら、苗木達を心配させないようにしたが、ついさっきまで感じることもなかった寂しい気持ちが心の奥からこみあげてきていた。


『ルークさん……やっぱり寂しいよ。だって、仮にも俺たちの生みの親にあたるわけだろ?親子が引き離されるなんて、考えるとやっぱり寂しいもんなあ』


 ケンは寂しそうにつぶやいた。


『僕は正直、ルークさんの移植に反対しているよ。だって、僕にとってはずっとここで一緒に暮らしてきた大切な仲間だもん。小心者の僕を包み込み、苦しい時も支えてくれたのはルークさんだもん。そのルークさんがいなくなったら、僕は一体どうしたらいいんだ?』


 ケビンは悲しそうな声で、僕の移植に反対する意思を示していた。ケビンはおじさんが居なくなって苗木達が生まれるまでの数年間、僕とだけでこの公園に立っていた。今一緒に暮らすケヤキ達の中で、僕がここを去ることを一番寂しいと感じているのは、ケビンかもしれない。


『ねえルークさん、本当に園長先生のわがままを受け入れるつもりなの?もう一度考え直してくれよ!僕は、僕は……グフッ……』


 ケビンの幹からはじわじわと樹液が湧き出し始めた。


『ありがとうケビン。もちろん僕だって、長く一緒に暮らしたケビンと別れるのは寂しいよ。でも、僕はもう心に決めたんだ。だから……ごめんな。許しておくれよ』


 僕がそう言うと、ケビンの幹から大量の樹液がしたたり落ちた。その様子を見ると、僕はケビンに対する申し訳ない気分で胸が苦しくなった。

 計画変更が決まったことで、僕はこの公園から移植されることになったけど、それまでの残り僅かな日々、一緒に暮らしてきたケヤキ達とともに一日一日大切に過ごしていきたいと思った。

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