第102話 想いは受け継がれて~遠く離れた海辺の町で~

 遠く彼方に水平線を見渡せるこの町に僕がやってきて、はや数十年の年月が経とうとしていた。

 災害が起き、元々海辺にあったこの町がこの場所に移転し、新しく作られたばかりのこの公園にやってきた僕は、地元の人達に「ご神木」として馴染まれて、いつの間にか町のシンボル的な存在として定着していた。

 海からの冷たい風が吹き付ける冬の日、僕の目の前に突然白いトラックが停まった。

 そのトラックは、おぼろげではあるが、はるか昔に見た記憶があった。

 トラックから初老の男性が降りると、ポケットに手を突っ込んだまま僕の方へと歩み寄ってきた。


「よう、ひさしぶりだな。元気か?」


 目の前に居るのは、僕が生まれた『山里造園』の社長の息子さんだった。

 僕が山里造園がいた頃から時間は流れ、おそらく今は息子さんが社長をしていると思う。


「今日はお前に報告したいことがあってここに来たんだ」


 え、報告?息子さんのかしこまった言葉に驚きつつ、僕は内心緊張しながら息子さんの言葉を待っていた。


「隆也さんって人、知ってるか?お前が以前いた公園でお前の世話をしていた人だけど」


 隆也……久しぶりに聞く名前に、僕は懐かしさがこみ上げた。


「その人、病気で亡くなったんだってさ。まだ若いのに、残念だよな。隆也さんが幼い頃は、お前も良く知ってるだろう?だからいの一番にお前に話さなくちゃって思ってここに来たのさ」


 隆也が、亡くなった?……僕は息子さんから告げられた衝撃の言葉に憔悴した。


「お前のこと、兄妹みたいに思ってたもんな、隆也さん。しばらくは悲しいだろうけど、お前は隆也さんの分もしっかり生き続けるんだぞ。今日はそれだけ言いに来たんだ。じゃあ、元気でな」


 そう言うと、息子さんは手を振って再びトラックに乗り込んでいった。

 あの隆也が……僕はにわかに信じがたかったけど、あっけらかんとした性格の息子さんが嘘をつくとは思えないから、きっと本当のことなんだろう。


 まだ赤ちゃんだった頃の隆也、いじめられっ子だった小学生の隆也、反抗期だった中学生の隆也、遊んでばかりで生意気盛りだった高校生の隆也、成長し、結婚相手を連れてきた時の隆也、息子のシュウを連れて再びこの町に戻ってきた時の隆也、隆也の剣道の練習相手で毎晩痛い思いをしたこと、そして別れの前日に隆也とともに泣いたあの夜……。


 数えきれないくらいの思い出が、僕の頭の中を通り過ぎて行った。

 隆也がいたからこそ、今の僕はこうしてここに居られるのかもしれない。

 僕が地震で致命的な損傷を負い、伐採されそうになった時、彼は僕の命を身を挺して守ってくれた。

 僕はその恩を忘れず、そして彼との沢山の思い出を胸に、これからもこの町で暮らす人達のシンボルツリーとして生きて行こう……それが何よりも、天国に行った彼への供養になると信じて。

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