第101話 想いは受け継がれて~僕たちの暮らす公園で~

 隆也が死んでから早くも一ヶ月近くが経とうとしていた。

 僕は隆也の遺骨を見てから、しばらくの間は悲しさのあまり樹液が止まらない日々が続いていた。今も時々思い出すことがあるが、以前のように樹液が流れず、自分の中の大切な思い出として、心の中に留めることができるようになった。


 凍えるような寒さの中、僕たちの真下では朝から何人かの人間達が集まり、白い息を吐きながら大きなポリ袋を手に公園の中に散らばった落葉をかき集めていた。

 僕は、こんなに葉を落としてしまって申し訳ないと思いつつ、その光景をじっと見届けていた。

 今日は、いつもここで落葉を集めている怜奈のほか、シュウ、そして黒いパーカーの拓馬の姿があった。集まった人達の珍しさもあり、苗木達は噂話で盛り上がっていた。


『今日は珍しいね。いつもなら怜奈さんと芽衣さんが公園の掃除をしているのに』


『芽衣さん、樹里ちゃんのお世話があるから今年は思うように出来ないみたいだよ。だから、いつもならやりたがらないシュウが出て来たんじゃない?』


『シュウも珍しいけど、拓馬がここに来たのも久しぶりじゃない?いつ以来なのかな?拓馬も立派になったよね』


 パーカーの中から見え隠れする拓馬の表情は、以前より大人びて風格が感じられるようになった。


「拓馬君、今は何の仕事をしてるの?」


 怜奈は拾った落葉を集めながら、拓馬に問いかけた。


「知り合いの建設会社で働いてます。そこは公園の整備や改修とかもやってるから、いつかこの公園も手掛けるかもしれないし」

「ホント?じゃあ、その時はよろしくね。もちろん、ケヤキたちのことはしっかり守るんだよ」

「そ、それは大丈夫です。伐採するなんて話になったら、身体を張って止めるつもりですから」

「へえ、本当にできるの?」


 シュウは拓馬の言葉を遮るように、疑問の言葉を投げかけた。


「だって、俺……この公園や、木たちに迷惑をかけた過去があるから。もうあんな思いはしたくないから」

「でもさあ、上司の命令で『この木を切れ。切らないならお前の首を切る』って言われても、自分の意思を貫けるかい?」

「そ、それは……」

「シュウ!変なことを拓馬君に言わないでよ」


 怜奈はシュウを睨みつけたが、言葉に詰まる拓馬を、シュウは斜め上から見下ろすように語り掛けた。


「ま、俺の親父なら、仕事をフイにしても止めるだろうな。この木たちを守るのは、それだけの覚悟が必要だってことだよ」


 そう言うと、シュウは再び黙々と落葉を拾い集め出した。


「そうですね、隆也さんなら止めるかもしれないですよね。俺も隆也さんみたいに強くなりたいっスよ」


 拓馬はシュウの背中で、小さな声でつぶやいた。


「無理しなくていいのよ、拓馬君。自分の生活があるんだから、それを優先しないと。私の旦那は自分の意思を貫けるのは尊敬するけど、自分の家族とか自分の後先のことを全然考えてない所があったからね」


 怜奈は冷静な口調で、拓馬をかばった。


「でも、それだけ自分や周りを犠牲にしても守れるものがあるってのは、羨ましいっスよ。俺、まだそう思えるものに出会えていないし」

「これから出会うんじゃない?奥さんとか、子どもとか」


 するとシュウは、にやけながら拓馬の肩を軽く突いた。


「拓馬君はイケメンだから、なかなかもてるんじゃないか?大丈夫だよ、合コンとかどんどん参加しろよ。俺も学生時代、講義以外の時間は剣道の練習か合コンのどっちかだったから」

「はあ?何言ってんのよ?そのためにあんたを大学に行かせたわけじゃないんだからね!」


 怜奈はシュウを諫めると、拓馬は笑い声を上げてその様子を見ていた。次から次へと落ちる葉を拾い集めるのは大変な作業のはずだけど、三人には苦労しているような素振りを全く感じなかった。


 その時、白いトラックが轟音を立てて猛スピードで公園脇の道路を通り抜けると、入り口の辺りで急ブレーキをかけて停まり、作業衣をまとった髭面の初老の男性が降りてきた。


『あ、造園のおじさんだ!久し振りだなあ』


 ケビンが男性を見て、感嘆の声を上げた。男性はケビンが生まれ育った造園会社『山里造園』の社長、山里公一だった。


「ここに来たのは久しぶりだな。お前、本当に大きくなったなあ。昔はこんなちっちゃくて頼りなさそうだったのに」


 そう言うと、山里はケビンの幹を何度も軽く叩いた。


「うん、丈夫な幹だな。お前なら十分長生きできるよ」


 山里は大きくうなずくと、一心不乱に落葉拾いをしていたシュウたちの姿に目を向けた。山里はポケットに手を入れたまま、後ろからゆっくりと近づいた。


「この木たちの落ち葉拾いをしてるのかな?」

「はい、そうですけど……」


 すると山里は自分の左右を見渡し、さらに僕の立つ辺りまで近寄ってさらに辺りを見渡した。


「あれ?いつもここで落ち葉拾いや草刈りしていた男の人は?」


 どうやら山里は、隆也の姿が無くシュウたちが落葉拾いをしていることに違和感を感じていたようだった。


「それは、隆也のことですか?」

 怜奈は山里に近づいて尋ねると、山里は大きくうなずいた。


「そうそう、名前は知らないけど、俺がここに来るといつも一人で黙々と草刈りやっていたよ。以前ここに立ってたケヤキが居た頃から、ずーっとね」


 すると怜奈は表情を曇らせ、うつむきながら答えた。


「実は先月、亡くなったんです。重い病気にかかってずっと療養していたんですが……」

「そうなんだ。残念だな、それは」


 そう言うと、山里はポケットから煙草を取り出し、火を灯して白い煙を冬空に向かって吹き付けた。


「以前ここに立ってたケヤキのことを、兄妹みたいに慕っていたんだよな。昔、この公園に来た時、その人がケヤキに色々話しかけていたのを俺、今でも覚えてるよ。ケヤキがこの話知ったら、悲しむだろうなあ」

「え?昔ここに立っていたケヤキのことを知ってるんですか?」

「ああ。俺の親父がここに植えたんだよね。今はよその町に移植されたけど、まだ元気に生きてるよ」


 山里は煙草を手に、しばらく目を閉じていた。


「ここにいるケヤキ達は幸せだよな。どんな時も守ってくれる人達がいてさ。今まであちこちの公園や道路にうちの会社で育てた木を送り出したけど、人間の勝手な都合で無残に切られたり、中途半端な手入れで枯らしたり……そういう悲しい話ばかり聞いてきたからね」


 しみじみと語る山里を見て、シュウは落ち葉の詰まった袋を手に山里の隣に立ち、誇らしげな表情で語り掛けた。


「親父もおふくろも、じいちゃんもばあちゃんも、この公園のことを自分の家の庭のように、そして木たちのことをまるで同じ家族のように接していたからね。だから、俺もそれが当然だと思っていたよ」

「ふうん、そうなんだ?シュウ、そんなことを言う割には公園の掃除、手伝ってくれないじゃん?お父さんがいなくなって、ようやく手伝い始めたけど、それまでは……ねえ」


 怜奈が意地悪く言うと、シュウはきまりが悪くなったのか、不機嫌そうな顔で咳ばらいをして、そっぽを向いた。子どもっぽいしぐさを見せるシュウを見て怜奈や拓馬から笑い声が起こる中、山里は煙草をふかしつつ、軽トラックに乗り込んだ。


「また来るよ。大変だろうけど、みんなでこの木たちことを大事に見守ってくれよ」


 山里は車窓を開けて軽く手を振った。怜奈とシュウ、そして拓馬はポリ袋を地面に置くと、笑顔で手を振り返していた。

 隆也がこの世を去り、まだ寂しさは尽きないけれど、僕たちを守ってくれる人達はこれからもずっとそばにいる。僕たちには今後も予想できない様々な危機が訪れるかもしれない。でも、何が起きても僕たちはここでずっと生き続けていける。そのことは強い確信を持って言える気がした。



 

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