第19話 週末の再会

 僕のいる公園の近くにあったデパート「両国屋」は、閉店してまもなく、解体作業が始まった。

 デパートの周りには黒い幕が張られ、朝早くから日が暮れるまで、重機とダンプカーが次々と公園の近くを行き交った。

 そして2か月余り過ぎたある日、デパートの周囲を覆っていた幕が外れると、デパートの合った場所には建物が無くなり、これまではデパートに隠れて見えなかった山々の姿が僕からも見えるようになった。

 思い返すと、僕がこの公園に来たばかりの頃、周りには何も建物が無く、遠くの山々が普通に見渡せていた。

 寂しいと同時に、幼かった遠い昔に戻されたような、そんな気分になった。


 デパート閉店後、公園を行き交う人の姿が大きく減ってしまった。

 平日はサラリーマンや学生の姿があるものの、週末は近所の人達が散歩やジョギングする姿を見かける位である。

 そして、デパートの閉店の影響か、近くにあった店やレストランなどが、続々と閉店し始めた。


『おじさん、何だか寂しいよね。今日もほとんど人通りが無かったよ』


 ルークが、気落ちした声で公園の現状を嘆いた。


『そりゃすごく寂しいよ。でも、いつかきっと、この公園に以前のような賑わいが戻ってくる…僕は心の中でそう祈ってるんだ』


『え?どうやって戻るの?デパートもなければ、近くの店もほとんど潰れちゃったし。僕たちじゃどうしようもできないよ。ただここで、ずっと町が衰退していくのを見てろって言うのかよ?』


『残念だけど、僕たちはそうすることしかできない。またこの公園に人が戻ってくるのを祈るだけだ』


『もう!そんな悠長なことを言ってる場合かよ。ああ、僕の友達は今頃、都会の公園で沢山の人に囲まれて、楽しく暮らしてるんだろうなあ。本当にここにいる自分がバカみたいだよ』


 ルークは、寂しさのあまり、そして自分ではどうすることもできないもどかしさから、心を取り乱していた。

 しかし、今僕たちがここで出来ることは、この公園の行く末を見守ることだけである。正直とても悔しいけど、それが全てである。


 そんな週末のある日、誰も行き交うことのない公園で、黒いギターケースを手にした肩までかかる長い髪の男性が1人とぼとぼと歩いてきた。

 男性は僕に近づき、真下にあるベンチに腰かけた。

 長い髪の隙間から見える顔には、僕も見覚えがあった。

 彼は園田啓一という、近所に住むミュージシャン志望の若者である。

 デパートがあった当時、週末になるとここで曲を演奏していた。

 しかし、デパートが無くなった頃から、しばらくの間姿を見せなくなってしまった。

 見ない間に髪は長く伸び、黒っぽい服に身を包んで、以前より怪しげな雰囲気が漂っていた。


 やがて、啓一の前に1人の女性が近づいてきた。

 その手には、黒く長いケースを抱えていた。


「久しぶりね。園田さん。今日は急にここに呼び出してごめんね」

「あ、お久しぶりです、飯田さん」


 女性は、この町出身の音大生、飯田万里子であった。

 かつてこの公園で啓一の演奏に足を止めて聴き入り、デモテープを送るよう話をしていた。


「あなたの送ってくれたデモテープに、私のピアノを被せてみたの。やっと、納得のいく作品ができたんだ」


 そういうと、万里子は電子ピアノをケースから取り出し、その場で組み立て始めた。


「ねえ、早速だけど、演奏してくれる?」

「え、良いんですか?」

「うん。ただし送ってもらったデモテープのとおりに、ね。アドリブは厳禁よ」


 啓一はちょっとだけ苦笑いすると、ギターを構え、ゆっくりとしたリズムを刻みながら演奏を始めた。

 そこに、同じようにゆったりとした旋律を作りながら、万里子のピアノが音を合わせて行った。

 ピアノとギターの美しいハーモニーは、まるで僕のことを包み込む、ふんわりと優しいこものような感じがした。


「うん、いい感じかな?これが初めての音合わせなのに、ぴったり合ったね」

「すごい……僕が思いつきで作った曲に、こんな綺麗な伴奏が付くなんて」


 啓一は演奏を終えると、ピアノが加わったことで曲の完成度が上がったことに、驚きと喜びを表していた。

 しかし、万里子はいまいち満足したような様子を見せなかった。


「あとは、この曲に付ける歌詞なんだよなあ。今日は思いついた分だけ、メモに書いて持ってきたんだけど、どれもいまいちしっくりこないんだよね。園田さん、ミュージシャン志望なら、歌詞とか考えるのは得意じゃない?」

「歌詞ですか?僕はミュージシャン志望といえど、作曲と演奏が中心で、歌詞の方はからっきしダメなんですよね」

「う~ん、じゃあ私が考えるしかないのか。でも、いまいちこの曲としっくりこないんだよね。本当は早く歌詞を考えて、この曲を世に出したいと思ってるんだ。でも……」


 万里子は腕組みし、少し考え込んだ様子を見せた。


「私ね、留学することになったの。ピアノと声楽の勉強で、フランスに行くんだ。しばらくは帰ってこれなくてね。本当は、行く前にこの歌を完成させたかったんだけどね…」


 万里子は、小さな声で自分の悩みを吐露した。

 啓一は、万里子の言葉に驚いたが、少し間をおいてから頷き、笑みを浮かべながら万里子に話しかけた。


「じゃあ、僕ががんばって歌詞を考えます!飯田さん、作詞のメモをもらっていいですか?この曲にしっくりくる歌詞を考えますから、安心して留学に行って来てください」

「え?い、いいの?だって、歌詞考えるのは苦手なんでしょ?」

「いえ、やってみます。僕は僕なりに、この木に色んな思い出が詰まっていますし、そのことを1つ1つ歌詞にしたためてみようと思います」

「そう……ありがとう。でも、無理はしないでね」


 すると、啓一は鼻の辺りをこすりながら小さく笑った。


「実は僕、週末は東京へ音楽を勉強に行ってるんです。この曲を演奏していても、飯田さん以外誰も振り向いてくれなかった。だから、もっともっと上手くなるしかないって思って。この曲は、初めて人に褒められて、もう一度音楽をがんばってみようと思わせてくれた曲だから、すごく思い入れがあるんです」


 万里子は啓一の言葉を聞くと、感極まった表情で啓一の手を軽く握った。


「がんばって。良い曲が出来るのを期待してるからね!」


 そういうと、万里子は電子ピアノをケースに仕舞い、片手を振って去っていった。

 啓一は、突然手を握られてしばらく呆然とした表情をしていたが、しばらくすると気を取り直し、


「さあ、帰っていい曲作らないとな!」


 と大声で叫び、ギターを背負うと駆け足で去っていった。


 しばらく二人はこの公園から姿を見せなくなるが、二人がまたこの公園で再会し、どんな曲に仕上げてくるのか、僕にとっては1つだけ、大きな楽しみができた。

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