第20話 紹介します

最近、廃業したデパート「両国屋」の跡地に、結婚式場が出来上がった。

 周辺の建物にそぐわないようなどこかの国のお城のような建物は、どことなく異様な光景であるが、式場ができたことで、ほんの少しであるが、公園を歩く人たちの姿が戻ってきたような気がする。

週末になると、おしゃれなスーツやドレスで着飾った式への参列者が公園を行き来するようになり、デパートがあった頃とは違った客層で賑やかになり始めた。

 何より、これまで郊外に流れていた若いカップルが式場見学に来ながら、街中に戻ってきたような気がした。


 今日も、若い男女の二人がしっかりと手を繋いで、暑さにも負けない熱愛ぶりをアピールしながら、僕の方に歩み寄ってきた。

 男性が、ペットボトルを女性に渡すと、女性は嬉しそうな表情を浮かべながら、キャップを開けて少しずつ飲み干した。

 あれ?男性の顔は、どこかで見覚えがあるような……

 やがて、男性は僕の姿を見上げ、幹の辺りを指さしながら話した。


「俺、ここで毎晩、剣道の練習したんだよ。竹刀でこの木を相手に面打ちや胴打ちを何度も何度も……」

「へえ。ここで?人を相手にするんじゃなくて、木を相手に?」

「まあ、ホントは人を相手に練習するのが良いんだけど、この木を人間だと思って、どう打ち込めばいいのかなって考えながら、毎日練習してたんだ。あ、今でも少し、あの時に付けた傷が残ってるね」

「へえ、あ、これか。すごい、まだ残ってるんだね。相当練習したんだね、隆也君」


 カップルのうち、男性の方は隆也だった。

 学生時代はたまに実家に帰省していたが、就職してからは忙しい毎日を過ごしているようで、ほとんどその姿を見かけることがなかった。

 細い縁の眼鏡をかけ、顔つきは少し老けたかな?という感じはするが、高校生だった頃に比べると精悍でシャープな雰囲気があった。

 そして、隣にいる女性は、おそらく……うん、おそらくだと思うが、付き合っている彼女なのだろう。


「あ、そうだ、怜奈れいな、この木にお前のこと、紹介しなくちゃな」

「え?この木に?」

「そうだよ。この木は俺がここで生まれてからずっとここにあるんだ。俺のことを、ずっと見守ってくれてさ。この町を出て行った後も、この木のことが頭から離れなかったんだ」

「じゃあ、兄弟みたいな感じ?隆也君、兄弟いないもんね」

「ああ、そう言われたらそうかな。でも、木だしなあ……」


 そうですよ、僕はケヤキの木ですよ。悪かったですね。

 ……なんて、口が付いていたら言ってみたかったが、隆也の僕に対する気持ちが分かって、ちょっと嬉しかった。


 隆也は立ち上がると、怜奈の背中を押しながら、僕の方へ向き直った。


「紹介するね。この子と今度、結婚することになったんだ。ほら、怜奈、自己紹介しろよ」

「……石原怜奈いしはられいなといいます。隆也君と、結婚します。よろしくお願いしますね」


 そういうと、怜奈は軽く頭を下げた。

 黒く長い髪を後ろで結んだ、丸顔で穏やかな雰囲気がする女性であった。

 ショートパンツで、長くすらりとした脚を綺麗に露出していた。

 隆也とどこで知り合い、どうやって口説いたのかがすごく興味深いが、余計な詮索はせず、今は二人の結婚を心から祝福したいと思った。


「あ、そうだ、怜奈。今日は渡したいものがあるんだ」


 隆也は、何を思いったのか、突然バッグの中を何やらゴソゴソと探ると、小さな箱を取り出した。


「怜奈、これ」

「あ!これ……ミキモトのネックレス!以前、銀座に買い物に行った時、私、欲しかったって言ってたやつ?」

「ああ。あの時、怜奈が欲しいっていってたのを覚えててさ。いつか渡そうと思ってたけど、この場所で渡すのが良いかな?って思ってね」


 そういうと、隆也は箱を怜奈に手渡した。


「嬉しい……開けていいかな?」


 怜奈が箱を開けると、ハート型のペンダントに、丸い真珠玉がついた可愛らしいネックレスが姿を現した。

 早速怜奈は、ペンダントを首につけると、満面の笑みを浮かべ、隆也の肩に手を回した。


「隆也君、すごく嬉しい!大好き!」


 そういうと、隆也の頬に唇を押し当てた。

 隆也の頬には、怜奈の口紅がうっすらと付いた。


「おふくろがさ、親父がおふくろにプロポーズした時に、ここで告白されたって言っててさ。だから、俺もここで怜奈に自分の気持ちを伝えようって思って」

「え、そうなんだ。ここで?」

「うん。今も親父とおふくろ、たまに喧嘩はするけど仲良くやってるみたいだし、俺も、怜奈とそんな感じで上手くやっていければいいなって思ってて」

「そうね。さっき二人で挨拶してきたけど、隆也君のご両親、すごく仲良さそうだもんね。おしどり夫婦って感じだし」


 今から30数年前、隆也の両親がここでデートし、プロポーズしていたのは、僕もよく覚えていた。

 それから時を越えて、今度は息子の隆也が怜奈に……

 隆也の仕組んだサプライズだといえ、人間の家族の縁、家族の絆は時代を超えて存在するものだと驚かされた。

 僕らケヤキの世界では、一度親元を離れてしまうと、もうそれっきり音信不通のまま、どうすることもできなくなる。


「あ、そろそろ結婚式場の打合せの時間だ、行かないとな」

「あ、あと5分後じゃん。急がないと!何でここでノンビリ休もうとしたのよ?」

「だ、だって俺……」


 怜奈は隆也の手を引いてベンチから立ち上がると、そのまま急ぎ足で公園を出て行った。

 どうやら隆也は、現在住んでいる東京ではなく、デパートの跡地に出来た結婚式場で、結婚式を挙げるようである。

 幼い頃から慣れ親しんだ場所だからこそ、隆也には強い思い入れがあり、ここを選んだに違いない。

 あの幼かった隆也が、ひ弱でいじめられっ子だった隆也が、そして高校時代には初めて付き合った子に手痛いフラれ方をした隆也が、あんなに綺麗な彼女を連れて結婚するなんて、時代の流れは本当に早いものだ。


『おじさん、あの人……ほっぺに彼女の口紅付けたまま式場に行ったけど、大丈夫なの?』


 その時、ルークのささやき声が、僕の耳に入った。


『え?そ、そういえば。でも、どうしたらいいんだろう?』


『いいんじゃない。あの人、すごく幸せそうだし。口紅付けたまま、幸せアピールさせてあげればいいんじゃない?』


 ルークがそう言うと、僕は心の中で大笑いした。

 そういえば、思い返すと隆也は、なかなか思い通りにいかず、結構踏んだり蹴ったりの人生を歩んできた。

 だからこそ、隆也には人生の伴侶を得た今の幸せな気持ちを噛みしめてもらいたい、いや、とことんまで味わってもらいたい、と思う。

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