第18話 寂しい結末

 週末になると、僕のいる公園には、たくさんの家族連れや若者たちが行き交っている。

 彼らの行先は、公園のすぐ近くにあるデパートである。

 このデパートは、僕がこの公園に来てから間もない頃にオープンした。

 帰り道、デパートの紙袋を片手に嬉しそうな顔を浮かべながら、時にはデパートに入っているレストランの感想を言い合いながら、僕のそばを通り過ぎていく。


 しかし、ここ数年は、買い物袋を提げて公園を行き交う人の数が、昔に比べて減ったような気がした。

 しかも、買い物に来るのは若者というより、この近所に住んでいるお年寄りという感じの人が多いように感じた。この町の若者たちは一体どこで買い物をしているのだろうか、疑問に感じた。


 そんなある日、公園のそばを、早朝から沢山のトラックが行き交い始めた。

 トラックは、デパートの辺りから次々とこちらに向かってきていた。

 その荷台には、段ボール箱がはみ出しそうな位に山積みにされていた。


 その後、隆也の両親が急ぎ足で僕のそばを通り過ぎて行った。

 サンダルを履いたまま、駆け足で走り去っていく二人の行先は、デパートの方向であった。

 急ぎ足でデパートの方向に向かっていくのは、隆也の両親だけではなかった。

 大きなカメラを抱えた人、マイクをもった女性、手帳を片手に色々書き記しながら歩く人。


 ……一体、何が起きたのだろうか?


 その後、隆也の両親が戻ってきた。

 その表情は意気消沈し、母親の君枝はハンカチで目の辺りを拭っていた。


「まさか……あの両国屋が。私たちの思い出がいっぱい詰まっていたのに、どうしてこんなことに」

「まあ、最近は郊外のショッピングモールにお客さんを奪われていたからなあ。こうなるのは仕方なかったけど、やっぱ悲しいよな」

「隆也がこの次帰ってきたら、またみんなでレストランで食事しようって約束していたのに。隆也が聞いたら悲しがるわよ」


 君枝は、夫である敬三の胸に顔を当て、シクシクと泣き出した。

 敬三は君枝の肩を抱き、ゆっくりと背中を撫でながらそっとなだめた。


 どうやら、近くにあるデパート「両国屋」が閉店したようであった。

 朝方、公園の傍を行き交ったトラックは、デパートから商品を運び出したのだろう。

 そして、隆也の両親にとっては、若い頃はデートに行ったり、隆也が誕生後は家族そろって買い物したり、レストランで食事したり……と、誰よりも思い出が詰まっている場所であったに違いなかった。


 衝撃のニュースで慌ただしかった一日が終わり、辺りは暗闇に包まれた。

 いつもなら僕の所からデパートの明かりが見られるが、今日は全く明かりが見えなかった。

 その時、ようやく僕自身もデパートが閉店したという事実を目の当たりにした気がした。

 夜も更けた頃、闇の中からスーツを着込み、大きなカバンを提げた1人の男性が、フラフラと僕の元へとやってきた。

 男性はベンチに腰かけると、カバンから1通の手紙を取り出した。

 やがて男性は手紙をベンチの上に置くと、嗚咽しながら、スーツの裾で涙を拭った。


「ごめんよ。許しておくれ」


 男性は一言そういうと、カバンの中から白いロープを取り出した。

 ロープで小さな輪を作ると、手を伸ばしてその端の部分を僕の枝に結び付けた。

 その時突然、ルークが僕にささやいた。


『おじさん、まずいよ!その人、おじさんの所で首を吊るつもりだよ』


『え?そ、そうなのか?』


 ルークの言う通り、男性はベンチの上に足を乗せると、首をロープの輪の部分に突っ込もうとした。

 やめろ!理由は分からないけど、自分の人生を無駄にするな!


『おじさん!何ボケっとしてんだよ!体中揺すって、ロープを地面に振り落とさなくちゃ!』


『そ、そんなこと言ったって』


 ルークの言葉の通り、僕はありったけの力を振り絞って自分の体をゆすろうとした。

 しかし、ロープは相当頑丈に括り付けられたようで、多少揺すった位ではびくともしなかった。

 それに、ケヤキである僕が出せる力なんて、微々たるものであった。

 そして、こんな時に限って、頼みになるはずの風がまったく吹いていなかった。

 男性は、首をロープの中に入れると、強くベンチを蹴って、空中へと飛び立った。


『あああ~!おじさん、やばいよ!もうそれ以上、力を出せないの?』


『む、無理だよ!これが限界だよ』


 僕はもう一度力を込めて体を震わせようとした。

 その時、ロープが掛かっていた僕の枝が突然真っ二つに折れた。

 僕の枝では男性の体重を支えきれず、重みがかかった部分がそのまま裂けてしまったようである。

 男性の体は、そのまま真下にある植え込みに落とされた。


「グフッツ……ち、ちくしょう」


 男性は腰をさすりながら立ち上がると、ロープを首に付けたまま、端を再び枝に括り付けようとした。


 その時、突然1人の若い男性が僕に近づき、慌てて男性の体を押さえつけると、そのまま地面に押し倒した。


「やめろ!離せ!何するんだ!」

「社長!こんなバカな真似は止めて下さい!」

「その声は、本間君か?」

「そうです、秘書室長の本間です」


 本間と言われた若い男性は、そのまま体を押さえつけていた。


「本間君、止めてくれるな!私はもうおしまいなんだ。赤字を解消できなくて、歴史のあるデパートを閉店して、社員を路頭に迷わせることになってしまった。私は、この世に生きていく資格がない!」

「そんなことはないですよ!我々社員は、社長の下で、両国屋で働けたことを誇りに思っています。閉店の理由だって、みんな納得してくれていますよ。決して社長だけのせいじゃありません」

「……私に、生きていく資格はあるのか?」

「ありますとも。社長ががんばったからこそ、このデパートがここまでやって来れたんですから」

「本間君、私は……これからどうすれば」

「これからのことは、社員みんなで知恵を出して乗り切りましょう。こうなった以上、色々深く考えても仕方ありませんよ。今日は遅いし、もう帰りましょう。お家までタクシーで送っていきますよ」


 そういうと、本間はポケットから黒く小さな機械を取り出し、耳に押し当てると、そのまま通話を始めた。

 え、あの機械で、一体誰と話しているんだ?

 すると、一台のタクシーが、公園の前に横付けされた。

 社長と呼ばれた男性は、本間に付き添われつつ、タクシーに乗った。

 あっという間の出来事に、僕はあっけに取られてしまった。

 社長が持ってきたロープや手紙は、本間が回収していったようである。


『おじさん、あの人死ななくてよかったな。とんだ災難だったよね』


『ああ。しかし、あんなに大きなデパートが突然閉店になったなんて、未だ信じられないよ』


『だって、今の若い子は皆、1人1台は車を持ってるからね。郊外のお店の方が駐車場があるし、建物の面積も広いから、そっちに行っちゃうのかもね』


 ルークは、時代の流れだから仕方がない、と言いたげな表情であった。

 このまま、街の中で買い物をする人も、そしてこの公園を行き交う人達も居なくなってしまうんだろうか?

 僕はこのままポツンとこの公園に取り残されていくようで、何とも言えない寂しさを感じた。


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