第179話 僕の彼女は十六歳?
容赦なく太陽が照り続ける夏の午後。
赤色灯を照らしながら、警察の車が何度も公園を周回していた。
動画撮影のため悪戯を繰り返していた兄弟は、再び姿をくらませた。
おそらく先日の花火でのひと騒動を芽衣が撮影し、警察に提供していたのだろう。
ここしばらく警察が姿を見せず、悪戯を繰り返していた兄弟が再び暗躍していたが、芽衣のお陰で、彼らの暴走に早期に歯止めをかけられたようだ。
今日も気温が高いせいか、人間たちは一向に公園に姿を見せず、僕たちの幹に集うセミの声だけがずっと園内に響き渡っていた。
太陽が少し西へ傾き始めた頃、近くの民家の玄関が開き、髪の毛をポニーテールに結んだ樹里が姿を見せた。樹里は肩ひもを首の後ろで結んで背中を大胆に露出したキャミソールに、丈が極端に短いショートパンツ姿で、惜しげもなく肌を見せていた。
樹里は僕の目の前に置かれたベンチに座ると、露出した肌を気にすることなく、携帯電話を一心不乱にいじり続けていた。僕はその姿を、真上からずっと見つめ続けていた。
すると、苗木達が僕の方を見てクスクスと小さな声を上げて笑い出した。
『おい、ケビンさん。どうしてさっきから樹里ちゃんのことをジロジロ見てるんだよ。ひょっとして、樹里ちゃんのセクシーな洋服が気になって仕方がないの?』
『ち、違う! 樹里がひたすら携帯電話を見ているから、一体何を見てるんだろうなって気になったんだよ』
『おやおや、そんな必死に否定しなくてもいいのに。本当は樹里ちゃんのことが気になって仕方がないんですって、正直に言えばいいのに』
『だから、それは……!』
僕の真下では、大きく露出した背中を見せつけるかのように樹里が背中を丸めて携帯電話に見入っていた。さらに、ショートパンツから露出した白くて肉感のある脚を僕の目の前で組んだり、時折見せつけるかのように大きく伸ばしたりしていた。まるで僕を誘うかのような彼女のしぐさを見ているうちに、僕は思わず赤面してしまった。
『ほらほら、ケビンさん。お顔、真っ赤だよ? 樹里ちゃんの背中と太ももにクギヅケだね。すっかり本性が出ちゃってるよ』
『ち、違うよ! ここに立っていたら、目を逸らしたくても逸らすことが出来ないんだよ。君らもここに立ってみればわかるって』
『というかさ。ひょっとしてケビンさん、樹里ちゃんのこと好きだったりするの? 年相応のおばさんじゃなく、十六歳の女の子が好きなんだね』
『あ、あのなあ……いい加減に……』
すると僕の真下から、耳をつんざくほどの笑い声が聞こえ始めた。
目線を下げると、樹里が携帯電話を手にしながら白い歯を剥き出しにして笑い転げていた。
「何度も見ても笑えるな、これ。花火でやけどして他人に救助されて、おまけに子どもの線香花火の相手までさせられて。バカ丸出しだわ。ギャハハハハ」
樹里が見ていたのは、先日、公園で悪戯兄弟が起こした花火騒ぎの顛末を撮影した動画だった。芽衣は警察だけでなく、インターネットにも動画を投稿していたようだ。
「すごい反響だなあ、あっという間に一万アクセスを突破しちゃったよ。『マッドブラザーズを見る目が変わりました。完全無欠だと思っていましたが、案外ドジなんですね』『見た目は怖そうだけど、子どもにすごく優しい人達なんだなと思いました』だって。ウケるなあ。こんなすごい場面を撮影していたなんて、母さんもなかなかやるじゃん」
樹里は携帯電話を閉じると、大きく背伸びした。ポニーテールを揺らし、だるそうな表情を見せていたが、時々見せる横顔は若い頃の芽衣にそっくりであった。性格も芽衣と同じだったら、もっとおしとやかだと思うが、どうもこの部分だけはシュウの悪い部分が遺伝してしまったようである。
その時、公園の向こうから、腕に包帯を巻いた男がジロジロと周囲を見ながら、公園の中に入ってきた。目を凝らして見つめると、その正体は先日花火でやけどを負った髪の長い男だった。
今日は男の父親の姿があった。二人は僕に近づくと、お互いにカメラを手にしながら僕の全身を何度も撮っていた。
「そうか……この木の枝に花火がぶつかって、お前の腕に燃え移ったんだな」
「そうなんだよ。この枝が邪魔なんだ。ろくに手入れもせずこんなに伸ばしてさ。これが無ければ、こんなひどいやけどを負うこともなかったんだよ」
髪の長い男は、相変わらず弁解じみた言葉を並べていた。そもそも男が火のついた花火を空中に投げつけるようなことをしなければ、僕の枝にぶつかることもなかったはずなのに。
「父さん、頼むよ。市の奴らに言ってやってよ。今すぐこの木の枝をごっそり伐採するように」
「確かにこんなに伸びてたら邪魔だよなあ。下手したら木の下を通る人たちに枝が落ちて命中する可能性もあるもんな」
父親は僕の枝をくまなく見渡すと、カメラで撮影し、怪訝そうな顔でカメラの中を覗き込んでいた。
「おいお前ら、一体何やってんだよ」
樹里は立ち上がると、腰に手を当てて二人の前に立ちはだかった。髪の長い男はカメラをポケットに仕舞うと、目を吊り上げて樹里と真っ向から対峙した。
「あれ? お前、確か以前ここで剣道の練習していた女か?」
「そうだよ。さっきからカメラでこの木の写真を撮ってるようだけど、何をするつもりなのか気になってさ」
「この木が邪魔でしょうがないから、切ってもらおうと思ってね」
父親はいきり立つ髪の長い男を片手で制すると、にこやかな表情で樹里に話しかけた。
「見てごらん。こんなに木の枝が伸びてるだろ? これはあまり手入れしていない証拠なんだ。だから僕らは市に話をして、切ってもらおうと思うんだよ。枝も葉も、バッサリとね」
父親は僕に向かって両手を上から下へ振り下ろし、切り落とす素振りを見せた。
「切ってどうするんだ? 大体、木が枝や葉を伸ばすのは当たり前のことだろ? それをお前らの失敗が元で切り取るってわけだろ? あまりにも自分勝手すぎねえか?」
「失敗? 俺が何か失敗をしたというのか?」
「だってこれ、お前だろ?」
樹里はポケットから携帯電話を取り出すと、指を動かし、さっき樹里が見ていた動画を髪の長い男に見せつけた。
「お前、知ってたのか……この公園で起きたことを」
「まあな。というか、カウンター見てみろよ。すごいアクセス数だぞ? お前らのチャンネルよりも稼いでるかもよ。おまけにさ、なかなか面白いコメントが多いんだよ。『ドジですね』とか、『子供に優しいんですね』とかさ」
樹里はニヤニヤと笑いながら、指を動かしていた。
その隣で、髪の長い男は全身を震わせ、顔色が次第に真っ赤に染まっていった。
「この木にさんざん悪戯して、挙句の果てに自分のケガの原因になったから切り取ってやろうだなんて……どこまでやり方がゲスなんだよ。悔しかったら、もっと山深く人が入れないような秘境でアクロバットだのサバイバルだのやってみろよ? 完全無欠なんだろ? お前らは」
樹里は髪の長い男にひるむことなく、唸るかのような声を上げながら睨みつけていた。
すると髪の長い男は片手を振り上げ、樹里を思い切り突き飛ばした。樹里は地面に横倒しになり、露出した背中や脚に土が付着した。
「ヘヘヘ、なかなかいい身体してるじゃん。なあ親父、一緒にこの女をいたぶろうぜ。見てみたら、男を誘うようなエロい服着てんじゃん。彼氏がいないなら、俺たちが相手してやるよ」
「お、俺は遠慮しておくよ、カミさんに怒られちまうよ」
髪の長い男はよだれを垂らし、鼻息を荒くしながら、胸や背中、そして太ももを何度も撫で回した。
いつもは威勢のいい樹里だが、野獣と化した髪の長い男の前では、恐怖のあまりほとんど身動きが取れていなかった。
やがて男は、樹里の服に手を掛け、少しずつ脱がし始めた。樹里は顔を引きつらせ、聞き取れないほどの小さな声で何かを訴えようとしていた。
『ケビンさん、何ボケっと見てるのよ? 大好きな樹里ちゃんが服を脱がされてるわよ! このまま放っておいていいの?』
ミルクが大声で僕に向かって叫んでいた。しかし、ケヤキである僕には、この場で何も出来ることが無かった。
『思い切り全身を揺すって、枝や葉を落とせ! そして全身を振り絞って大声を張り上げろ! そのうち近くの人間が助けに来てくれるから』
ケンの叫び声が聞こえてきた。果たしてどこまで効果があるかはわからないけれど、僕は意を決し、全身を思い切り揺すった。
すると、枝に付いた沢山の葉が音を立てて次々と地面に向かって落ち始めた。枝葉は髪の長い男の頭上に落ちていった。
「く、くそっ。風が無いのに、何でこんなに枝や葉が落ちてくるんだ?」
髪の長い男は樹里から手を離し、頭を抱えてその場から逃げ出した。
樹里は全身土埃にまみれながら立ち上がり、息を荒げながら公園の端へと這いつくばっていった。
『おーい! 誰か助けてくれ! かわいい女の子がいかつい男にいたぶられてるんだ!』
僕の声を聞いて、苗木たちからは笑い声が上がり始めた。僕は今、何かそんな面白いことを言ったのだろうか?
その時突然、公園の近くの民家の戸が開き、樹里の父親のシュウが姿を見せた。
「な、何やってるんだ、樹里!」
シュウは慌てた様子で樹里の元へ駆け寄った。
ぐったりした樹里を抱き上げると、シュウは髪の長い男とその父親を睨みつけた。
「お前らか? 樹里に手を出したのは……」
「な、何だよ。俺たちは何もしてねえよ」
髪の長い男はそれだけ言い残すと、父親とともにそそくさと公園から立ち去っていった。
「樹里……大丈夫か? ごめんな、すぐ来られなくて」
「な、何でもねえよ。別に来なくても良かったのにさ」
「大体こんな露出の激しい服を着てるから変な男が寄ってくるんだよ」
「うるっさいな、普段は私のこと放任してるくせに、こんな時だけ父親面するんじゃねえよ」
「ほら、つべこべ言わず家に帰るぞ! 母さんも婆ちゃんも心配してるぞ」
樹里は、シュウに背中を支えられながら家に戻っていった。
『ケビンさんのお陰で、樹里ちゃん無事だったよ。声もちゃんとシュウさんに届いていたみたいだね。大好きな樹里ちゃんを助けるために、いつも以上に声に力が入っていたね』
『ケビンさんと樹里ちゃん、きっといいカップルになるわよ』
苗木たちは賞賛の言葉とともに、勝手に僕と樹里を恋仲に仕立てていた。
え? 僕は樹里のことを何とも思っていないのかって? そうだなあ……とりあえず、この件についてはここではノーコメントということにしておこう。
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