第23話 彼の気持ちを信じて

 翌朝、僕の目の前に広がっていたのは、今まで見慣れた公園の姿ではなかった。

 植えられたばかりの幼い木々は軒並み倒され、地面は大きく波打っていた。

 周囲の家屋は、屋根がずれ落ち、塀が崩れて、公園の傍を通る道路には、瓦礫が散乱していた。

 たった1日で、こんなに急変してしまうなんて……僕は、自然の脅威の前に、成すすべもなかった。


 時間が経つにつれ、避難していた近所の人達が、次々と自宅に戻ってきた。

 中には荷物を大きなリュックサックやキャリアケースに入れ、この町を離れていくと思われる人達の姿もあった。

 彼らは、公園を通り過ぎながら、口々に災害の恐ろしさを言い合っていた。


「昨日から余震が続いて、全然寝れないよ」

「停電も、断水も復旧しないし、家にいても今にも壊れそうだし。しばらくは避難所暮らしかなあ」

「この町、どうなっちゃうんだろうね。ほとんどの家が被害を受けたみたいだよ」


『ああ、これでまたこの町から人が減っていくだろうな。最近、町中に少しずつ人が戻ってきたと思ってたのに……また寂しくなっちゃうな』

 ルークは通りすがりの人達の声を聞き、寂しそうにつぶやいた。


『家が潰れたんじゃ、とても住めないだろうね。寂しいけど、しょうがないよね』

 僕は、寂しさをこらえながら、荷物を運び出す人たちの姿を見続けた。


『ところでおじさん、根っこの辺り、えぐれてるんだけど……大丈夫なの?』

 ルークは心配そうに、僕の根元のことを心配していた。


『この程度なら大丈夫さ。気遣ってくれてありがとう』


 僕は心配するルークを前に、何事も無かったかのように気丈に振舞った。

 しかし、昨日の衝動により、僕の根っこにひびが入っていたのは事実である。

 根っこのひびの部分から、時々痺れるような痛みが全身に伝わってくる。

 表面的には隠せても、樹木医の先生が見たら、一発で分かってしまうと思う。

 これが、致命的なものでなければ良いのだが……。


 午後、1台の車が公園脇の道路に停まると、深々と帽子を被り、マスクをかけ、作業衣に身を包んだ男性が車中から降りてきて、僕の方へと近づいてきた。

 男性は、ため息を付くと、僕の真下にあるベンチで腰を下ろした。

 その男性は、よく見ると隆也だった。

 おそらく、実家の片づけのため、東京からやって来たのだろうか。


「すごい地震だったよな。ケヤキよ、お前も大変だったろ?根っこの辺り、えぐれてるもんな」


 ま、まずい!隆也は僕の異変に気付いているようである。


「今、病院に行ってきてさ。親父とおふくろの容体を見てきたんだよ。おふくろは無事だけど、親父がなあ……。医者は命に別状はないから、っていうけど、面会させてくれないし。何より、俺が住んでいた町がこんな滅茶苦茶になっちまって。悔しくて仕方がないよ」


 そういうと、隆也はハンカチをズボンのポケットから取り出し、涙をそっと拭った。

 ベンチの上でしばらく嗚咽すると、隆也はそっと腰を上げた。


「いつまでも泣いててもしょうがねえや。さあ、ここから一仕事しなくちゃな!」


 隆也は自分に言い聞かせるかのように声を上げ、天井が崩れ落ちた実家に向かって歩き出していった。

 隆也は、瓦礫の中から見つけ出した家財道具を、公園の中に並べて置いた。そして、近所に住む男性と一緒に、隆也の車の中に1つ1つ積み込んでいった。


「隆也、これ、どこに持ってくつもりだい?」

「当面はおふくろの実家で預かってくれるって。ただ、使えなくなった道具は、捨てるしかないだろうな」

「隆也も大変だよなあ。でも、敬三さんの家で今一番頼りになるのは隆也だからさ。近所に住んでるだけの俺が言うのもなんだけど、もう少し協力してくれないかい?」

「ああ、良いですよ。というか、今の両親に任せっきりには出来ないからね」


 そういうと、隆也は男性に手をふり、車のエンジンをかけて颯爽と走り去っていった。


 その夜遅く、出掛けたはずの隆也の車が、公園の傍に停まっていた。

 隆也は車から降りると、ポケットに手を突っ込んで僕の方に歩み寄ってきた。


「親父、何とか助かるかもしれないってさ。でも、天井の下敷きになった時に脳内出血があったみたいで、その影響で半身不随になるかもしれないって言われた。多分、このままじゃ、まともに立ったり歩いたりできないって」


 最初、隆也の言うことが理解できなかったが、おそらく敬三の命は助かったけど、体が動かない……ってことだろうか?

 やはり、天井落下の衝撃は相当なものだったのかもしれない。


「俺、今日は車の中で寝るわ。明日はまた、家の片付けやって、親父の見舞い行ってくるよ。しかし、自分の家に入れないって言うのは、本当に辛いな……」


 そういうと、隆也はあくびをしながら髪を掻きむしり、自分の車に戻っていった。


『あの男の人、どうしてあんなところで寝るんだろう?ホテルとか、親戚の家に行けば暖かい部屋とベッドがあるんじゃないの?』


 ルークは、隆也の行動に疑問を呈していた。

 僕は、隆也の言葉から色々と推測してみたが、たどりついた答えは1つだった。


『隆也は、自分の家への愛着があるから、近くに居たいんだと思うよ』


『はあ?こんな寒いのに?しかも、狭い車の中でだよ?あの人、日中は実家の片付けとか親の見舞い行ってるんだろ?あまり無理をすると、今度は自分の身が持たなくなるんじゃないか?』


 ルークは、まくし立てるように僕に疑問をぶつけてきた。

 彼も、想像を超えた災害でストレスが溜まって、相当イライラしているんだろう。


『いや、ルーク。隆也はああ見えて、相当タフだよ。僕は彼が幼い頃から見てきてるから、これは自信を持って言えるよ』


『そうなの?そんな風には見えないけど』

 

『大丈夫だって!もっと隆也を信じてあげてよ!ルーク』


 僕は思わず熱く語ってしまった。

 何度も壁に当たり、そのたびに強さを身に付けていった隆也の姿をずっと見届けてきたからこそ、懐疑的な見方をするルークがどこか許せなかった。


 翌朝、隆也は一人で実家の片付けを再開した。

 昼前まで黙々と作業を続けると、車にありったけの荷物を載せ、どこかへ出かけていった。

 そして、夜遅くになると戻ってきて、再び公園沿いの道路に車を停め、眠りについた。

 普通の人間ならばおそらく耐えられないようなストイックな生活を、隆也は毎日続けていた。

 さすがの僕も、彼はちゃんと栄養のあるものを食べているのか?彼自身の仕事は大丈夫か?家族は心配していないのか?色々と気がかりになった。

 しかし、1週間近く経過したある日、隆也は突如姿を消してしまった。

 僕には何も言わず帰ってしまったのだろうか?と心配していたその時、君枝と、車いすに乗った敬三が、公園に姿を見せた。

 災害のあった日以来、久しぶりに夫妻の姿を目にしたが、頭に包帯を巻いた敬三からは、ほとんど生気が感じられなかった。


「ねえお父さん、隆也が1人で全て家財道具を片付けていったよ。あたし達の世話をしながら、帰ってから1人で片づけてたんだって。馬鹿なことするんじゃないよって怒ったけど、結局やり遂げて、昨日東京に帰って行ったみたいだよ」


 君枝が語り掛けても、敬三は何も話さず、車いすの上で目を閉じたまま微動だにしなかった。

 二人の姿を見て、僕はいたたまれない気持ちでいっぱいになった。

 小春日和の午後、まだ瓦礫が残り、地面がえぐれたままの公園の中を、君枝は心なしか穏やかな表情で、静かに、ゆっくりと車いすを動かしていった。

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