第51話 冬の夜のカーニバル

 寒い北風が容赦なく僕たちの身体を打ち付ける冬の朝、公園の周りの植込みを剪定し、ポリ袋を片手に枝などを拾い集める人達の姿があった。

 ここにいる面々は、隆也のほか、マンションに住む少年・黒パーカー、さらに、黒パーカーが連れてきたという、髪を金色や赤色に染めた不良っぽい出で立ちの少年二人。

 少年達は黒パーカーが誘い、最初は冷やかし同然に作業を見守っていたが、いつの間にやら一緒に作業に加わり始めていた。


「おい祥吾しょうご凛空りく、まだそれしかやってないのかよ?時間がいくらあっても足りねえぞ」

「何だよ拓馬たくま、傍で冷やかすくらいなら手伝えよ!」


 ちなみに拓馬とは、あの黒パーカーの本名のようである。

 やっと名前が分かったので、ここからは「黒パーカー」をちゃんと本名で呼ぶことにした。


「おじさ~ん、あっという間にポリ袋がいっぱいになっちゃったよ!」


 拓馬は笑顔で、剪定した植込みの枝を拾い集めてパンパンに膨れ上がったポリ袋を隆也の前で高々と空中に掲げた。


「すげえ、拓馬。俺たちじゃ全然追いつかないわ」


 祥吾と凛空は、驚いた表情で拓馬の持っているポリ袋を見つめていた。


「おじさん、こいつらにちゃんと剪定のやり方教えてやってよ。そんなことやってたら永久に終わらねえよ」


 鼻高々に自慢話をする拓馬を見て、隆也は大声を出して笑った。


「いやいやいや、お前だって、ついこないだまで剪定のセの字もしらなかった癖に!」

「わ、悪かったな!?」

「あの時俺が夜暗くなるまで、剪定挟みの使い方を徹底的に叩きこんだから、少しはまともになったってだけだろ?」

「だって、それまでこんな剪定挟なんて使ったことなかったもん」


 そういうと、拓馬はちょっと恥ずかしそうな表情で、剪定挟を上下に動かした。


「ところでさ、おじさん。俺、この場所でぜひやってみたいことがあるんだ」

「何をだい?」

「俺たちマンションの人間は、あちこちから寄せあつまってきて、隣に住む人が誰かも分からない。交流する機会もないし、廊下ですれ違っても挨拶すらしない。まあ、俺も人のことは言えねえけど、それってやっぱ寂しいって思うんだよね」


 拓馬に続けるかのように、祥吾が大きな体を揺すりながら、野太い声で語りだした。


「だから俺たちは、住んでる人間同士が交流できる機会があればいいなって思ってるんだ」


 その後、間を置かずに凛空が咳ばらいをしながら、話を続けた。


「そんな訳で、俺たちでこの公園で何かイベントを仕掛けようか、って話になったのさ。色々アイデアを出し合って、出た結論は……」


 すると拓馬はちょっと緊張した面持ちで、凛空の後に続けて話し出した。


「ここに立ってる2本の木を、電球でライトアップしようと思うんだ」


 僕らはその言葉を聞いて、仰天した。

 ライトアップ?一体、彼らは何を企んでいるのだろうか?

 その時、隆也が首を傾げながら、拓馬の提案に疑問を呈した。


「ライトアップは結構大変だぞ。駅前広場でやってるのを見かけたけど、お金も必要だし、電線で木を痛め、傷つける可能性もあるんだからな」

「おじさん、俺たちは別に、駅前みたいに1週間以上も点灯する気はないよ。1日だけ、ここの木に電飾で飾り付け、周りに露店を出したり、DJブース設けて音楽かけたりして、マンションの人達がこの公園で交流する場所を作りたいなって思うんだ」


 隆也は拓馬の話を聞きながら、顎に手をのせ、目を閉じて色々思索している様子だった。


「俺は構わないよ。お前らが自分達の責任で本気でやるなら、いくらでも協力はする。ただ、このケヤキの木を傷つけるようなことがあれば、俺は許さないぞ」

「そ、それは絶対に気をつけるから。俺たちの心の拠り所になってるケヤキの木を傷つけることは絶対にしたくないからさ」


 真剣な表情で諭す隆也の前で、拓馬達は驚き、自分たちがしようとしていることの重大さと、僕たちに犠牲を強いることを少しは認識したように見えた。


 □□□□


 それから一ヶ月位過ぎた頃だろうか?拓馬達はヘルメットを被った男たちと一緒に、僕の前を取り囲むかのように並んでいた。

 図面を見ながら色々話し込んだ後、男たちは大きな脚立を立て、僕の枝に電線のようなものを絡め始めた。

 電線には、沢山の豆電球が付いていた。

 男たちは、僕の枝の先までしっかり電線を這わせ、あっという間に僕の身体は丸々電線にグルグル巻きにされた。

 

「よし、発電機から電気を送り込むから、ちゃんと点灯するか確かめてくれ」


 男たちの合図で、僕を縛り付ける電線に沿って並べられた電球に一斉に明かりが灯った。

 電線を通りぬける電気の熱で熱さを感じると同時に、電球の余りのまばゆさに、目が眩んでしまいそうだ。


「わあ!すっげえ綺麗だぞ!早く暗くならないかな?普段は真っ暗なこの公園で、この電球が点灯しているところを見てみたいよ」

「俺たちがこの一か月、必死に集めたカンパで、ついに俺たちの夢が実現するんだな」

「さ、次はあっちにあるケヤキの木にも電球をつけるぞ。もうひと頑張りだ!」


 拓馬達は喜びを爆発させながら僕の傍を離れ、ケビンの周りに集まっていった。

 そして、僕と同じように、ケビンの枝や幹はすべて電線でグルグル巻きにされていた。


『ルークさん……この人達、一体何をしたいの?僕、すっごく苦しいんだけど。それにこの電球、あまりにもまぶしくって、眠れないんだけど……』


『とりあえず、今夜だけの我慢だと信じて、耐えるしかない。僕だって本当は凄く嫌だよ。声を出せるならあの人達に抵抗したいよ』


 その晩、僕たちの周りに取り付けられた電球は、まばゆい白い光を帯びて点灯した。

 僕たちの真下にはテントが設けられ、片方のテントでは、数人の若い女性たちが、温かく美味しそうな料理を作っていた。その隣のテントでは、お酒やジュースが沢山並べられていた。

 やがて、公園全体に賑やかな音楽が流れ出し、公園中を包み込んだ。

 すると、マンションから次々と住民たちが下りてきて、僕やケビンの周りを取り囲むように集まりだした。


「わあ!すごく綺麗だね」

「夜空に映えて、素敵だね」

「普段、仕事に行く前に何気なく見ていたけど、電球を付けるとこんな綺麗になるんだね」


 彼らは興奮しながら、口々に素直な感想を述べていた。

 僕たちを見つめるマンションの住民達の表情は、普段すれ違う時とは違い、穏やかでかつ優しさに満ちていた。

 公園内では、多くの人達が温かい飲み物やお酒を手に談笑していた。

 夜の公園がこんなに賑わうのは、夏祭りの時以来だろうか?

 この賑やかさに釣られたかのように、隆也が妻の怜奈とともに自宅の玄関から出てきて、公園の中をゆっくり歩きながら僕たちの方へ近寄ってきた。


「わあ、すご~い!普段見慣れてるケヤキの木が、こんなに綺麗になるなんて!」


 怜奈は隆也のジャンパーの袖を掴みながら、興奮気味に語りだした。


「ねえお父さん、このイベント、誰がやってるの?すごいわよね。手間もかかるだろうし、何よりお金だってかかるだろうし……」


 すると、隆也は、テントの下で温かい飲み物を振舞ったり、音響を操作している若者たちを指さした。


「え?あの子達が?見た目は何だか柄が悪そうだけど」

「いや、あいつらだよ。正直無理かなと思ってたんだけど、よくここまで出来たよな。まあ、俺も地元の自治会長に相談して、いくらかカンパしてあげたけどさ」


 そう言うと、隆也は遠い目で若者たちの姿に目を遣った。


「人間って、何かやりがいが生まれると変わるよな。俺も、ここに立ってたケヤキの木を相手に剣道の練習にのめり込み、ケヤキの木を守ろうと必死になって署名を集めた。あの時と同じようなきっかけをあいつらに与えてくれた、ケヤキ達には心から感謝しなくちゃな」


 隆也は怜奈の肩を抱き寄せると、白い息を吐きながら、表情を変えることも無く僕の身体に灯された白い電球をずっと見守っていた。

 そして、僕の気持ちをまるで分っているかのように、申し訳なさそうな表情で僕の前でそっと呟いた。


「ごめんよ。お前らに色々辛い思いをさせるから、俺、内心ではライトアップには反対してたんだけど、あいつらが今夜だけだって言うからさ。もうちょっとだけがまんしてくれよ」


 他の人間達が灯りの美しさに見とれている一方、隆也はちゃんと僕たちの気持ちを分かってくれているようであった。


 夜も深まった頃、ようやくイベントが終わり、テントが次々と撤去され始めた。

 そして、僕たちの全身を覆っていた電球の灯りが一斉に消えた。

 祥吾と凛空と一緒に片付けに奔走する拓馬に、行きかう人達が声を掛けていた。


「ライトアップ、すごく綺麗だったよ」

「マンションに越してきて、知らない人ばっかりだったけど、ここで友達ができたよ、ありがとう」

「スープ、温かいしすごく美味しかったよ」


 拓馬はそのたびに、あどけない笑顔を見せていた。


「拓馬…何だかこそばゆい感じがするな。俺たち、今まで人に感謝されたことなんて全然なかったからさ」

 と祥吾が言うと、拓馬は

「俺もそうだよ。何だか照れ臭いし、いまいち慣れないけどさ」

 と言い、照れ笑いを見せた。


 不気味な放火魔だった少年は、隆也や友達の支えを受けながら、わずかな間に立派に成長した。

 彼の笑顔を見ると、目が眩むほどのまばゆい電球に照らされ、電線で全身をきつく縛られた辛い思いも吹っ飛んでいった。


『ようやくイベント、終わったね。電球の灯りも消えたし、やっとこれで眠れるよね?ルークさん』


『ああ、そうだね。でもちょっと寂しいかな?』


『え?ど、どうして?』


『あの少年達の幸せそうな表情を、いつまでも見ていたかったかな~……なんてね』


『ふーん…変なの』


 人々が去り、再び真っ暗闇に包まれた公園に、ちらほらと白い雪が舞い始めた。

 これから本格的に始まる冬を前に、僕は拓馬達のあどけない笑顔で、身体の芯まで温められたような気がした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る