黒い水の中へ

『知りたいことは知れた……と思う。マリア、要塞に戻ろう』


『うん!』


 俺とマリアはマギーさんと別れ、宿を出て探索の準備をすることにした。

 いつもはギルドの依頼を受けての冒険だが、今回は俺たちの個人的な冒険となる。

 つまり、今回の冒険者ギルドの支援は受けられない。

 攻略に必要な準備や調査は、全部自分たちでやることになるだろう。


 俺の中にはどうなるのかという不安感と同時に、ようやく冒険らしくなってきたじゃないかという、妙な期待感も生まれていた。


 来た道を足早に戻り、半壊した要塞の門をくぐった俺たちはルネさんの姿を探す。

 すると彼女は要塞の広場を見下ろす塔の下で瓦礫がれきり分けていた。


 俺と視線を合わせると、ルネさんはその黒い瞳を細めて不思議そうに眉を上げた。


「あら? ギルドの依頼に行ったかと思えば……ずいぶん早いお戻りね」


「いえ、今回は依頼じゃなかったんです。それよりも、ルネさんは何を」


 俺が尋ねると、彼女はうんざりしたような表情を石材と割れた木材の山に向ける。


 山の高さは俺の胸くらい、マリアからすると頭の上まである瓦礫は、埃のような細かい砂が表面についたボロボロの石材と、雨風と日にさらされてすっかり黒くなった古い木材とがごちゃまぜになっている。


「この要塞の壁やら土台から剥がれ落ちた瓦礫のうち、建材に再利用できる物がないかと回収作業を始めてみたの。でも……ほとんどゴミね。石は芯までヒビが入ってるし、木は虫食いだらけ。10のうち、1あれば上々ってところ」


 そう言って彼女が地面にあった石材のひとつをヒールで踏みつける。するとティッシュ箱くらいの大きさの石材がパカッっと真っ二つになってしまった。


 音もなく割れた石の断面は、まるでカミソリでも使ったみたいに鮮やかだ。

 なるほど。これじゃとても使い物にならない。


「これで家を立てたら、そのまま墓になりそうですね」

「…………(こくこく)」


「言えてるわね。あまり期待はしてなかったけど、それを下回ったわ」


 ルネさんは瓦礫の山を前にため息をついた。冒険の同行を頼むには、なんとも微妙な空気だ。でも、頼まないことにはどうしようも無いしなぁ……。


「ルネさん、実はちょっとお願いしたいことが――」

「あら、何かしら?」


 彼女は瓦礫に積もった砂や埃を払い、腰掛けられる場所を作った。

 俺の話が長いものだろうと察したのだろうか。

 ……実際長くなるけど。


 俺はシルニアと魔国の国境に広がる死の花畑のこと、そして、死の花畑の突破に役立つ可能性のある「花」についても語った。


 もちろん、セイレーンの問題についても。

 岬のセイレーンと対峙するには、ゴーレムであるルネさんの力が必要だ。


 だが、俺がとくとくと語っていると、次第に彼女の表情にかげりが見え、くもっていった。


 何かやらかしたか?

 そう思っていると、彼女は今日一番の大きさのため息を吐いた。


「キミ、そんな大事なことをだーれにも言わず、黙って進めてたの? 魔国や禁書庫に関係する話なら、私にとって無関係な話じゃないわ」


「いや、それはその……」

「…………!(アワアワ)」


 ルネさんが腰に両手を当て、腰を曲げてこちらをのぞき込む。当然というかなんというか、彼女の踊り子衣装はその双丘を釣鐘つりがね状にしてこちらに迫る。

 おおう! ご褒美だけど、圧が! 圧がすごいよ!


「す、すみません。別にのけ者にするとかじゃ……」 


「……まぁ、いいわ。キミの秘密主義は今にはじまったことじゃないし」


「それじゃぁ――」


「もちろん、手を貸すに決まってるじゃない」


「よかったぁ……怒ってるのかと」


「もちろん不愉快だけど?」


「うっ」

「…………!(ワタワタ)」


「まったく、言葉ひとつでそんなに右往左往しないの。次からちゃんと相談するように。いいわね?」


「……はい。」

「…………!!(こくこく)」


「実際、今回の件は渡りに船だものね」


「というと?」


「そのセイレーンが住み着いてるっていう岬、密輸人スマグラーの隠れ家だったんでしょ? なら、金目のモノが残っていても不思議じゃない」


「あ、なるほど。それを要塞の改築に使えば……」


「そういうこと。もっとも、大っぴらに換金できるものかどうかは怪しいけど」


「あー……密輸するくらいだし、麻薬とか武器だったら困りますね」


「あり得るわね。ただ……武器はともかく、麻薬ならやりようがあるわ」


「え、まさか売り払うおつもりで?」

「…………!!!(ぶんぶん)」


「そんなワケないでしょ。私が錬金術の専門家ってこと忘れてない? 麻薬もモノによっては安全な薬に作り変えることもできるのよ」


「あ、そういうことですか」

「…………(ふー)」


「それで、岬には何時行くの?」


「うーん、とくには決めてないですね。ただ、放っておけば別の面倒事が迷い込んでこないとも限りません。準備ができたらすぐにでも行きたいですね」


「面倒事?」


「実は、シルニアの艦隊が近くにいるんです。もしかしたら連中も……」


「なるほど、彼らがその〝花〟を探してるなら、急いだほうがよさそうね」


「えぇ。」



ーーーーーー

 船乗りというのは実に不愉快だ。とくににおい。ただでさえ、潮騒しおさいただれた皮膚から魚の腐ったような悪臭を放っているのに、陸に上がった連中は安酒で脳を浸し、淀んだ腐敗臭にアルコールの刺激臭を混ぜてくる。


 街をそぞろ歩き、吠え、棍棒を振り回す。

 そんな船乗りどもを好む人間はそういない。

 ゆえに奴ばらは「特定の役目」において雇い甲斐がある。


 麻薬、盗品、そして、魔法のかかった遺物。そうした表に出せない物品を運ぶには、同じく日の当たる場所に出れない、いやしいクズどもを使う必要がある。


 しばらくの間、ヤツらは私の命令に従っていたが、それも長くは続かなかった。

 予想通り不愉快なヤツらは私を強請ゆすってきた。

 私の事業の秘密を守ることを盾にして、より多くの支払いを求めてきたのだ。


 だが、犬どもに節制の美徳などあるはずもない。

 ビスケットを一枚でも与えたら、二枚目を欲しがるのは目に見えている。

 そこで私は金貨の代わりとなる『支払い』を用意することにした。


 貪欲な犬どもが馬鹿騒ぎの余韻に浸っている間、「商品」を試すことにしたのだ。

 私は神々が天からこぼした肉の一部を握りしめると、冒涜的な願いを口にした。


 すると、甲板のいかりが見えない力によって海の中に引きずられた。

 激しく流れる鎖が船体を締め上げ、雷にも似たきしみ声をあげ始める。


 ほどなくクズどもを満載した船は乗り手もろとも深みに引きずり込まれていった。

 奴らは叫んだに違いないが、渦巻く黒い水の中からは何も聞こえてこなかった。


ーーーーーー



★☆★


※作者コメント※

気づいたら、なんかすっごい久しぶりの更新に……!

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