彼の者の名

『あっ、そういえば……。マリア、あれはどうなったかな?』


『あれ?』


『ほら、この子の名前さ』


 ベッドの上で寝転んでいたマリアは、赤毛を跳ねさせて「あっ」という顔をする。

 わざわざ正座しなおしてたたずまいを直すと、おほんと咳払いをした。


『えっとね……グレムリンだから、リンちゃん!』


『なるほど、リンちゃんか。うん……いいかも』


『そう? よかった!』


 グレムリンだから「リン」。わかりやすいし、きれいな響きだ。

 まっ白でキラキラの瞳をしたネコチャンにはぴったりの名前に思える。


 さっそくリンに名前を教えてみよう。

 リンはベッドのはしっこで横になっているが、どうやって教えたらいいんだろう。

 うちではペットなんか、金魚ですら飼ったことがないからなぁ……。

 ペットのしつけなんてさっぱりだ。


『うーん……』


『ジロー様どーしたの?』


『えっと、リンにどうやって名前を教えたらいいかなって思ってさ』


『うんと……ゴハンをあげるときとか、なでるときに呼んでみたらどう、かな?』


『なるほど! その方法は良さそうだ』


 俺は創造魔法でディストピア飯を出すと、トレーから赤いゼリーを取り出した。

 このゼリーの味なら、リンにもなじみがあるはずだ。

 この子がまだフワフワの毛玉だったときに食べてるからな。


「リン、ほら~ゴハンだよ~。リ~ン!」


「…………!(くいっ、くいっ!)」


 俺とマリアはベッドに寝ているリンに向かってゼリーをふってアピールする。

 するとリンは、片耳だけをピクンと動かしてこちらに向けた。


『お、食いついたか?』


『まだ予断は許されないよ。ジロー様……見て!』


『な……ッ!?』


 リンは一度立てた耳をまた寝かせると、ぷいっとそっぽを向いた。

 くっ……らすじゃないか。


『もしかして、ゼリーだけじゃアピールが弱い、かも?』


『うーむ……?』


『ジロー様、リンちゃんは体の形が変わったでしょ? 好みも変わってないかな』


『あっ、そうか。リンがゼリーを食べたときは綿毛みたいな体だったね。ネコの体になった今は、食べ物の好みが変わってるかもしれない』


『うんうん!』


 よし、新しいカードを切ろう。

 ディストピア飯じゃなくて、三等娯楽食だ!!


「来い……クリエイト・フードッ!!」


 俺は創造魔法を使って、三等娯楽食をとり寄せた。


 この道具は、一見すると、スロットのついた箱だ。

 箱の上についた赤いボタンを押すと、料理の絵柄のついたスロットが回転する。

 絵柄を揃えると、それに応じた食事が出てくるという仕組みだ。

 俺はさっそくボタンを押して、スロットをスタートさせた。


『ネコチャンの好みそうな食事といえば……』


『やっぱりお魚、かな?』


『うーん、魚料理かぁ……』


 三等娯楽食は、ジャンクフード的なメニューが多い。

 俺ならガッツリ食べられるのは嬉しいけど、ネコチャンにはどうだろうか?


 そうだな、できるだけヘルシーそうなのを……。

 俺はスロットの絵柄の中から、できるだけ健康そうな物を探す。

 しかし、魚を使ったメニューはうな重とまぐろ丼くらいか。


 まぐろ丼は醤油とネギがかかってるから、止めたほうがいいかなぁ。

 となると……残る選択肢はうなぎか。

 魚は魚だけど、うなぎを食べさせても大丈夫かな?

 いやでも、ネコは肉食だって聞くし、リンはモンスターだ。多分いけるはず。

 俺はリールをキッとにらみつけ、いつものように目押しをキメた。


<チーン!>


 軽快なレンジのチン音がすると、箱の中にホカホカのうな重が現れる。

 うーむ、このうなぎのタレ……犯罪的な香りだ。


 俺は箱を片手にリンににじり寄る。

 リンは光の膜の上で横になり、無関心を決め込んでいるようだ。


 だが、俺の目は見逃さなかった。

 その小さな鼻がすぴすぴと動き、かぐわしいうなぎフレーバーをキメているのを!


 ククク……! うな重の香りに抵抗できる者はそう多くない。

 俺の背後でも、マリアがじゅるりとつばを飲み込む音がしている。

 こうかはばつぐんだ!


「ほーら、うな重だよ。リン、おいで~!」


 俺は片手にうな重を持って、ベッドの上をヒザを使って歩く。

 するとリンは、両耳をピンと立てたかと思うと、すっくと上体を起こした。

 フフフ、体は正直だねぇ!!


「おいでリンちゃ~ん!」


「みゃーん♪」


 箱に入ったうなぎを差し出して名前を呼ぶと、リンは甘えるような声をあげた。

 フッ……堕ちたな!!


 リンはぺろりと赤い舌をだして、箱の中のウナギを確かめる。

 よほど気に入ったのだろうか。飴色のかば焼きに勢いよく食いついた!


「よーしよしよし」


「みゃむみゃむ♪」


 かば焼きの端っこをかじったリンは、美味さのあまり身もだえしている。

 よしよし。これからはウナギを使ってリンに名前を覚えさせよう。


 そんなことをしていると、塔のドアが突然に開かれた。

 誰かと思って入口を見ると、ルネさんが呆れたような表情で立っていた。


「もどったわよ。――で、貴方たちはそこで何を?」


「えーっと……動物とのふれあい?」


「まぁ……仲良くなれるなら、それに越したことはないのかしらね?」


 ルネさんは呆れたように腕を組んで嘆息する。

 そして左右を見て、他に人がいないのを確かめると静かに口を開いた。


「その子が何故あの屋敷で生まれたのか、その原因がわかったかも知れないの」


「グレムリンが生まれた原因? いったい何だったんですか?」


 彼女は胸の谷間にそっと手をのばした。

 薄着すぎる踊り子の衣装にはポケットも何も無い。

 だからそこに入れるしか無かったんだろうが、非常に視線のやり場に困る。


 俺のそんな照れに気づいたのだろう。彼女はイタズラがうまくいったという風に、蠱惑こわく的にクスッと微笑ほほえんだ。

 魔性だ……。


「地下室に前の住人の日記が隠されてたわ。まもなく子供が生まれるところだったらしいけど……体調を崩して母子ともども無くなったらしいわ」


「それがグレムリンの原因?」


「そうね。名前をつけられずに死んだ子供の魂は、ときおり精霊やモンスターになることがあるの。今回の件もたぶんそれじゃないかしら」


「ルネさんの顔色を見るに、これにて問題解決ってワケじゃなさそうですね」


 全てが終わったにしては、彼女の表情は緊張がほどけておらず真剣だ。

 彼女は取り出した日記を開くと、あるページに手をやった。

 

「――これによると、殺人の可能性があるわ」



◆◇◆



※作者コメント※

読者の皆様においてはご存知だと思われますが、ネコにゴハンやパンといった大量の炭水化物を与えるのはネコの体によくないのでお気をつけください。

そもそも、リンはネコのようなモンスターなので!


あ、日常パートは終わり! 閉廷! です。

ここからすこしシリアス展開が続きます。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る