ジローと銀の舌

『ぐ……ぬぅ』


 俺たちの侵入に気がつき、目覚めたドラウグルたち。

 だが、ほとんどの巨人は冷たい石の床でうずくまっていた。


『まだだ、戦わずして膝を折るなど……!』


 そういって、牛の角がついた兜のドラウグルが大剣を持ち上げようとする。

 だが、彼の震える指先は柄をつかむこともままならない。

 手から岩塊のような蛮剣がこぼれ落ち、石の床を打って鈍い音をたてた。


 ドラウグルの体には、普通の人間なら死んでもおかしくない量の毒が流れている。

 しかし、それでも彼らは動いている。

 何らかの力によって、毒は彼らの命を奪うにいたっていない。

 といっても、ひどい痛みや虚脱感、体のしびれをもたらしているようだが。


『ジロー様……』


『……うん。』


 ドラウグルは戦う前からボロボロだ。縄を投げれば簡単に捕らえられるだろう。

 だが、俺は彼らを捕らえようという気になれなかった。


 それは、彼らの背後をみたからだ。


 床をはうドラウグルたちの後ろには、石棺の中で体を起こし、不安げにこちらをみる巨人たちの姿があった。彼らの体は小さく、鎧や武器の類は身に着けていない。


 ……おそらく、巨人の子供たち。察するに、家族なのだろう。


 いくら依頼でも、病に苦しむ家族をさらうなんて夢見が悪すぎる。

 できることなら彼らの助けになりたい。

 場違いにも、そんな気持ちが俺の心に芽生えだしていた。


『マリア、いったん最初のプランは白紙にもどす。そして、マギーさんに彼らを助けられないか聞いてみよう』


『うん!』


『お前たち、いったい何を――』


『すみません、ちょっとだけ待っていただけますか? 僕らの依頼主の錬金術師に話を聞いてきます。こんなことになっているとは思ってもみなかったので』


『殺すならはや――何……なんだと?』


 牛角兜の巨人は、目を丸くしてあっけにとられたようにしていた。

 驚きのあまり、毒の痛みも吹き飛んでしまったようだ。


『えっと……皆さんを助ける方法がないかな、と。お困りのようですし』


『意味がわからん。お前たちは我らを討滅に来たのではないのか?』


『いえ、目的はあくまでも貴方たちがドラゴンから借り受けたという力の研究です。あなたたちドラウグルの伝説に興味を持った錬金術師がいて、貴方たちドラウグルを捕らえるよう僕らに依頼したんです。ですけど――』


『それどころじゃない、かな……?』


『……フン、なにがドラゴンの力だ。これは呪いだ。我らの浅ましさに対する、な』


『浅ましさ? どういうことです』


『大昔、我らの一族はこの地を訪れた銀の舌を持つドラゴンと取引をした。貢物を捧げ、その対価として一族が永遠に繁栄することを望んだ。そしてドラゴンは……。

 一族をドラウグルとし、我らののだ。』


『時間を? あ、だから……』


 俺は牛角兜の巨人の肩越しに少女を見た。石棺からおそるおそるこちらを見ている少女は、当時から長い年月を経ているはずなのに子供の姿のままだ。


 いや、子どもといっても俺よりずっと背が高いんだけどね……。


『なるほど。不老不死の正体はそういうことですか』


『ドラウグルとなった我らは決して老いることもないが、成長することもない。

 しかし、そこには落とし穴があった。』


『毒――』


『そうだ。時間が止まった我らの間を過ぎ去るものはない。喜びと同じくして苦しみも永遠なのだ。できるかぎり手を尽くしたが、何もできなかった』


『……むしろ、よりひどくなったまでありそうですね』


 部屋の奥には作業場があり、表にある錬金術の道具に似た道具が置かれている。

 そのうちのひとつ、すりこぎと乳鉢を見るとえらい反応が返ってきた。


 水銀、鉛、硫黄、ヒ素、etc…


 薬は薬でも劇薬だ。

 彼らの技術では、事態を悪化させる他の選択肢はなかったのか。


『貴方たちにかけられた呪いか、毒を取り除く方法を探しましょう。依頼主に事情を説明するために、代表でどなたか来てくれますか?』


 ドラウグルたちに声を掛けるが、彼らは動かない。


 まあ……当然か。見ず知らずの人間がいきなり来て、助けますなんて言っても信じるはずが無い。第一、こっちは不法侵入してるし。


 しかし、俺とマリアが諦めかけたそのとき、牛角兜の巨人がかぶりをふった。


『……ならば私が行こう』


『バカな! 嵐腕ストームハンド、この不埒ふらち者は我らを捕らえようとしたのだぞ。きゃつらの言葉を信じる気か?』


 牛角兜の巨人の名前はストームハンドというらしい。

 彼が落とした岩塊のような剣から、その異名の理由が何となく察せる。

 毒に侵される前はきっと、とてつもなく強い剣士だったんだろうな。


『今の我らは歩くこともままならぬ。彼らがその気なら、我らを捕らえることなど造作もなかったはずだ。私は……彼らの言葉は信じるに足ると思う』


『むぅ……』


『ストームハンドさん、ありがとうございます。』


 俺とマリアはストームハンドを連れて古墳の入口に戻ることにした。


 マギーさんからの依頼は、ドラウグルを捕獲することだ。

 しかしそれは、ドラゴンの秘密を解き明かすための手段にすぎない。

 ドラウグルを助けることは、彼女の目的に矛盾しないはず。

 ……そう思いたい。


『ところでジロー様、大丈夫?』


『自信はないけど、マギーさんに説明すればきっと――』


『ううん、そうじゃなくって……』


『うん?』


『ストームハンドさん……扉の穴、通れないんじゃない、かな?』


『あっ、忘れてた!!』


 すっかり頭から抜け落ちていた。

 古墳の入口にある、巨石の落とし戸は閉ざされたままだ。


 俺たちが侵入するのに使った穴は小さく、巨人が通れるサイズじゃない。

 不味いな。これじゃストームハンドとマギーさんを合わせることなんて……。


『む、お前たち……落とし戸に穴を開けたのか』


『す、すみません』


『気にするな。取っ手にちょうどいい』


『へ?』


 ストームハンドは落とし戸に空いた穴に手をかけると、ふんと一息で巨石を持ち上げ、古墳の入口を開いてしまったのだ。


 ブチブチと音を立ててツタがちぎれ、石がこすれ轟音を立てる。


 俺はストームハンドの股の間から、落とし戸の向こうにいたマギーさんが腰を抜かしているのが見えた。まぁ、驚くよね。俺も驚いた。


 これで弱ってるなら、全盛期はどんななのよ……。


『すごい力……』

『だね』


「な、なんだ!? ド、ドラウグルっ?! ドラウグルナンデ?!!」


 腰を抜かしたマギーさんは、床の上にしりもちをついてアワアワしている。

 あっちゃー……これは説明に苦労しそうだなぁ。



◆◇◆



※作者コメント※

ジローくん、またもや人外と友誼を結ぶ。

ゲームだったらそろそろ「外交官」とか「銀の舌」とかの実績解除してそう。


※銀の舌:英語の慣用句で雄弁な人という意味。

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