鐘鳴りの岬

 俺とマリアが宿に入ると、マギーさんはちょうど入ってすぐの食堂にいた。

 席についた彼女は、何かの帳面ノートをめくっている。


 しかし彼女の両手はだらん下がり、ローブの袖は床に向かって伸びていた。

 古ぼけたノートのページをめくっているのは彼女の「クチバシ」だ。


 彼女がページをめくる速度はとても遅い。

 ページをつまんで、持ち上げて、めくっておろす。

 それぞれの動作が水の中にいるように緩慢で、退屈しているのは明らかだった。


「えーっと……マギーさん?」

「…………!」(ぶんぶん!)


 俺が声をかけ、マリアが手をふる。

 するとマギーさんは、首を一回転させてこちらに向き直った。

 体が前を向いているのに、顔だけ向いてるのはちょっと怖い。


 ……確か、フクロウが同じような動きをするのを見たことある。

 鳥類の亜人だけあって、鳥と同じように首の関節が柔らかいのだろうか?


「おや、おやおやおや? 誰かと思えば賢き冒険者君ではないか!」


「ど、どうも」


「ふむふむ、昨日の今日で訪ねてくるとは、何か支払いに問題でもあったかな?」


「いえ、依頼の件ではないです。ちょっとマギーさんに聞きたいことがありまして」


「聞きたいこと? 私に、となると……呪いか、魔法に関係することかね?」


「は、はい。魔法に関係することなので、きっとマギーさんなら何かご存知かと」

「…………!」(こくこく)


 さすがはマギーさんだ。こっちが考えてることを先読みされた。

 俺はさっそく、衛星画像を通して見た魔国の防衛機構について聞いてみた。


 魔国とシルニアの国境の間には、ヒナゲシの花畑が広がっており、そこに立ち入るものが不可解な死をげていること。そして、それは魔法的な何かで、膨大な量のエーテルが現実を捻じ曲げているということも。


「――といった現象が、魔国の国境で起きているみたいなんです。マギーさんならこれが何かわかるんじゃないかと思って」


「ふむ、ふむ、実に興味深い」


「……何かわかりますか?」


「まぁ落ち着きたまえよ、賢き冒険者君。まず、私が興味深いと思っている点が何かわかるかね?」


「え? あ……」


「気づいたようだね。――さて、君が以前からこの現象を知り得ていたのなら、手間をかけて私の元を訪ね直すだろうか。それも手土産も持たずに」


「そ、それは……」

「…………!?」(ハッ!?)


「君はどちらかといえば礼節のあるタイプだ。普段の君なら手ぶらで来たりはしないだろう。では、今の君は普段の精神状態ではなかったと考えるのが妥当だ」


「そうなの?」

「…………!」(こくこく)


「賢き冒険者君は大事を前にすると、近視眼的になる傾向がある。ゆえに、手土産を持ってこなかったのは、半ばパニックになって急ぎやってきたのだと推測できる」


「…………!」


「さて、君と別れてからの時間は数刻もない。だが、君が現象を説明しているときの口ぶりは今さっき見てきたような仕方で、伝聞や推測の修辞がほとんどなかった。であるなら、実際に君が調査したのだろう。しかし、シルニアにいながらどうやってこの現象のことを知り得たのだろう?」


「えーっと……それはですね……」


 しどろもどろになった俺を見た彼女は、だらんと下げていた手の先をクチバシの根本に持っていくと妖しげに微笑んだ。


 やっぱりマギーさんは普通じゃない。

 いや、うん……。

 変人かといえば、とびきりの変人なんだけど、そういう意味じゃない。


 マギーさんは頭の回転が早いのもそうだが、何よりも思考が柔軟だ。常識では理解しがたいことでも、頭ごなしに否定しないでどうしてそうなったかを考える。


 その結果、まったく現場を見ずに、彼女は俺の異常さに気づいた。

 毎度のことだが、うかつだった……。


「やや、そんな顔をするものではないよ。賢き冒険者君の調査方法に興味が無いわけではないが、ひとまず捨て置こう」


「そうしてくれます?」


「承知した。さて、肝心の現象についてだが……心当たりがある。」


「本当ですか!?」


「左様、ブリタニアの騎士道物語にこんな話がある。ある騎士が聖杯を求めて旅をしていた。彼は森の中で滾々こんこんと湧き出る泉にたどりつくが、その泉の貴婦人が騎士に一目惚れし、彼を魔法の花畑に誘い込んで、まどろみのなかに閉じ込めようとした」


「心当たりって……おとぎ話ですか?」


「いいや、まぎれもなく実際にあった話だよ。誓約騎士のガウェイン卿は聖杯を求める旅路で花畑の魔法に遭遇した。花畑に立ち入り、花を目にした彼のまぶたは鉛のように重くなり、耐え難い眠気に襲われたという。動作の条件と効果も君の言う通りだ。魔国が国境に配置した魔法と同一のものと考えるのが妥当だろう」


「その話が現実だというなら、その騎士はどうやって魔法に対抗したんです?」


「続けよう。彼は魔法の力に抗えず、泉の貴婦人が見る夢の中に落ちた」


「えぇ?」


「夢の世界に囚われたガウェイン卿は、霧深い森の中をさまよい歩く。迷いながらもその強い意志で足を進めた卿は洞窟を見つける。そこでは貴婦人が黒檀こくたんのベッドの上に横たわり、ヒナゲシの花に囲まれて眠っていたという。ここにきて、ようやくガウェイン卿は自分が罠に落ちたことに気づいた」


「それで……次に何が?」


「ガウェイン卿は彼女の手に口づけすると、自身の誓約を果たすまで、貴婦人の求愛に応えることが出来ないと告げた。そこで貴婦人は彼に証を授けた。夢の中を自由に行き来できる、決して枯れることのない一輪の花を」


「花……ですか?」


「左様。その花を手にすると、自由に夢の中を行き来できるようになるそうだ。しかし、貴婦人との誓いは果たされなかった。不幸にもガウェイン卿の船は難破し、誓いの花と共に彼は海中に没した」


「言わんとするところがわかってきました。眠りに落ちたとしても、その花があれば現実の世界に戻れると?」


「伝説を信じるならば、な」


「信じるならば……ですか。ガウェイン卿の船はどこで沈んだんです?」


「鐘鳴りの岬と言われる海難の名所だ。セイレーンの伝説が言い伝えられていてな、卿はそのセイレーンを討滅しようとしたようだが……」


「上手くいかなかったと?」


「左様。さて、鐘鳴りの岬は…………そう、ここだ」


 マギーさんは手製の地図を取り出して、シルニアの南に印をつけた。

 シルニアのある大陸の南にちょこんと飛び出た角のような場所。

 うん、ここには見覚えがある。


 俺の記憶が確かなら、シルニアの空母が浮かんでた場所だ。

 どうやら、連中は俺と同じものを狙っているらしい。


 この場所には空母だけじゃなく、護衛の船もいたはずだ。

 最悪の場合、俺とマリアだけで艦隊と戦うことになるってこと?

 それは冗談キツイんじゃない……?



★★★



※作者コメント※

おでんにカラシ使いすぎてぽんぽんペインな作者です。

RPGといえば、やっぱお使いクエストがないとね! ヒャッハー

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