旧きものたち(1)
俺たちは、シュラウトの森にドラウグルの一族を送り届けた後、いったん湖に立ち寄ることにした。
王都を囲む市壁の門は、夜の間は完全に閉ざされる。これは夜の間に泥棒やモンスターが入りこまないようにするためだ。
もっともな措置なのだが、そのせいで俺たちとマギーさんは王都に帰れない。
そこで湖のコテージというわけだ。
まあアイザックさんに聞きたいこともあるし、ちょうどいい。
俺は夜の帳の中、温かい光がもれるコテージのドアを開けた。すると丁度食事の用意をしていたのか、
「…………!(すんすん!)」
「おやおや、これはまた空きっ腹に効くな」
「アイザックさん、いますかー?」
呼びかけると、エプロンをした眼帯の男がコテージの奥から出てきた。
アイザックさんだ。
彼は以前と変わりない様子で、ボウルに入った赤色のスープを手にしている。
あごをしゃくって「座れ」と示すと、テーブルの上にボウルを置いた。
どうやら俺たちが来ることはお見通しだったようだ。
「さすがですね」
「何かそんな気がしてな。あまり上等なもんじゃないが、これで勘弁してくれ」
「いえ、おかまいなく」
「…………(くんくん)」
「腹減ってるだろう。食って寝て、明日帰ればいい」
「ありがとうございます」
スープはトマトをベースにしてベーコンと豆を似たスープのようだ。
うっすらと透明になって浮いているのは……タマネギか。
タマネギとハーブで風味を整えたミネストローネってところかな?
失礼を承知でスキャンするが、レコンヘルメットに反応はない。
うーむ、毒だらけだった沼地の食材とはまるでちがうな。
木のスプーンで口に運ぶと、おぉ、これは強烈だ。
強すぎない酸味の刺激が舌を通り抜け、脳の奥にまで届く。
タマネギの甘味と豚のラードのこってり感がホロホロ崩れる豆に染み込んでいる。
このスープなら何杯でも行けそうだ。
マリアを見ると、彼女は無心になってスプーンを口に運んでいる。
どうやら彼女の口にも合っているようだ。
「アイザックさん、このスープの材料は森の近くで?」
「そうだ。ウチに食材を
「……その人たちが乗る動物、デッカイ角が生えてたりしません?」
仕入先を聞くと、アイザックさんは口笛を吹いてごまかした。
人工衛星が送ってくる地図によると、このあたりに農地は見当たらない。
まぁつまり、そういうことだろう。
「新顔もいるようだな。鳥人さんか?」
「はい。ブリタニアから来た、解剖学者のマギーさんです。彼女から研究の手伝いの依頼を受けまして……」
「うむ。今回の遠征の成果は私が企図した結果とは異なったが、満足のいくものであった。やはり何事も実際に動いてみなければわからぬものだ」
「へぇ? どんな研究だい?」
「それは――」
俺が説明しようとすると、マギーさんが食って入った。
「うむ、実に専門的な内容のため、ことの詳細は省くが……ドラゴンの呪いの伝承とその実際の差と言った感じだな。」
「ドラゴンの呪いねぇ……」
一瞬焦ったが、マギーさんはそれとなく今回の詳細を伝えた。
でもマギーさん、貴方の目の前にいる人もドラゴンなんですよ……。
「店主、沼地にいるドラウグルの伝説を知っているか?」
「聞いたことくらいなら。古代に作られた墓に眠るという不死身の塚人だろ?」
「うむ。彼らが不死身になった理由がドラゴンにあるという伝説があってな。今回はそれの調査に出かけたのだが……どうやら彼らはドラゴンに
「アンデッドがドラゴンにだまされたって? そいつはどういうことだ」
「うむ。我々が調査したドラウグルは、もともと定命の巨人種だったようでな……。ある時ドラゴンに捧げ物をして、一族の永遠の繁栄を祈ったようだ」
「なるほど、それでドラウグル……アンデッドにされたってわけか」
「さよう。ドラゴンは彼らの願いを曲解し、ねじ曲がった形で実現したのだ。彼らは肉体を流れるエーテルの流れを操作され、それによって時を止められていた」
「素人質問で恐縮だが、とても良くないものに思えるな」
しれっと言うなぁ……。
ドラゴン関係なら、アイザックさんのほうがずっと詳しいだろうに。
俺とマリアの眉が自然と曲がってしまう。
「そのとおり。エーテルの循環を止めた副作用により、彼らの肉体は代謝と成長が止まり、自然毒が蓄積するようになった。しかしそれでも死ねないというわけだ」
「永遠の代償は大きいな。しかしそれはドラゴンのやり方じゃないな」
「何だって?」
「そういえば聞いたことがあります。ドラゴンはウソをつけないって」
俺がそう言うと、アイザックさんはウインクを返した。
我が意を得た、といったところか。
「ドラウグルは一族の繁栄を願ったんだろう? 繁栄とはつまり成長のことだ。
永遠と共に成長が停まってしまったら、それはウソをついたことになるだろう」
アイザックさんの指摘を受け、マギーはマスクのクチバシに手をやった。
何かを真剣に考え込んでいるようだ。
「なるほど、なるほど。確かにその通りだ……。む、そういえば――」
「どうした?」
「私たちが接触したドラウグルは、ドラゴンが銀の舌を持っていると言っていたのだ。ドラゴンがウソをついた事と何か関係があるのだろうかと思ってね……」
「なるほど――そいつは輝きの舌〝リル・タング〟だな」
「リル・タング?」
「…………?(かしげっ)」
俺とマリアがそろって首を傾げる。
すると、それがおかしかったのかアイザックさんは頬を上げながら話を続けた。
「〝リル〟はエルフ語で輝きを意味し、〝タング〟は舌を意味する。昔々、ドラゴンの中にとんでもないヘソ曲がりがいたんだ。だが、ドラゴンというのは生来ウソがつけない。そこでそいつは自分の舌をひっこぬいて、エルフから奪った銀を代わりに飲み込んで舌にした。そいつがリル・タングだよ」
「へー……」
「年を取って尖った性格が丸くなるやつもいれば、かえって曲がっていくやつもいる。リル・タングもそういう手合だった――んだろうな、うん??」
どこか自慢気に語るアイザックさんに向かって、マギーの熱い視線が注がれる。
……何かヤバそう。
「ほうほうほう!! 店主殿は実に古代の伝承に詳しいな。その話、論文にまとめてもよろしいか!? イヤと言ってもまとめるが!!」
「ま、まぁ、そりゃ別にかまいやしないが……」
うーむ、奇妙な格好のせいも合って、圧がすごい。
それからもしばらく、マギーさんの質問攻撃は続いた。
満足した彼女が「よし、まとめるぞ!」と言って部屋に行ったころには、時計の針はすっかり文字盤の天頂に来ていた。
「まったく……お前さんが連れてくるヤツはどれも問題児ばかりだな」
「す、すいません……」
空になったボウルをアイザックさんに返した俺は、ふと気になっていたことを聞いてみることにした。ドラゴンの彼なら、きっとその糸口をつかめると思ったからだ。
「アイザックさん、ちょっと聞きたいことがあるんですが」
「何だお前もかぁ? ま、いいさ。ひとつだけなら聞いてやろう」
「ありがとうございます。実はこれなんですが……白炎化ってご存じないですか?」
俺は〝白炎化治療薬〟をテーブルの上に置き、アイザックに見せた。
創造魔法で作り出し、ドラウグルのエーテルの異常を治療した薬だ。
俺の疑問は膨らみ続けている。
なぜ俺が創造魔法で取り出す未来の物品が、エーテルを取り扱うのか。
最初はこれらのものが異世界の未来にあるものかとも思った。
だがそうだとするとおかしいのだ。ヘルメットのUIも、人工衛星も、レコンスーツも、そのアイデア、源流は、俺たちの世界の延長線にある。
これはつまり……俺たちの世界に〝エーテル〟が現れることを示している。
それが何時か、何がきっかけで起きるのかはわからない。
だが、何が最初に起きるかはだいたい想像がつく。
エーテルを自身でコントロールできないことによる病気。
ドラウグルの身におきたそれと同じことが起きるのではないか、と。
薬を前にしたアイザックは喉の奥でうなる。
しかしそれは明らかに人間のそれとは違った。
広い洞窟の中を風が駆け抜けていくような、そんな
◆◇◆
※作者コメ※
40万字越えてなお、やりたいことが多すぎてプロットが渋滞中。
さて、ここからの展開をどうするか…
クエストその1:残響(仲間種族の追加サブクエ)
ヘリは南の港にあった空母に着陸する。銃士隊はヘリ空母を所有していた。彼らは岬にいる部隊と合流して、セイレーンの伝説が残る岬の沈没船を調査するが……
クエストその2:暁の光(メインクエスト)
暁の教団が行動を起こし始めた。ルネという手がかりを失った今、彼らはもっとも禁書庫に近い存在がジローであることに気がついた。赤ローブの男たちがオールドフォートの周囲に現れ始める…。
クエストその3:鉄仮面(装備追加サブクエ)
帝国人の奴隷の間で、銃士隊が弱体化しているというウワサが広まり、反乱の機運が高まり始める。ジローが銃士隊の機動部隊をコテンパンにしたせいだ。
各地のスラムで再び帝国人の反乱を取りまとめる動きが出てくる。
その中心にいるのは、鉄の仮面を被った謎の男、通称「鉄仮面」だという…。
優先度順だと、こんな感じです。
さーて、どれから消化していこうかな…
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