旧きものたち(2)

 アイザックは俺とマリアが並んでいるテーブルにイスを持ってくると、背もたれを前にして、体をよりかけるようにして座った。


 とても行儀が悪いが、このコテージの主は彼だ。

 とがめる者はいない。


「さて、白炎化についてだが――

 お前さんはエーテルの〝色〟について考えたことがあるか?」


「スキルの色?」


「例えばそこの嬢ちゃんは金色だろう? スキルによって放出されるエーテルは、スキルによって色がつく。冷気なら青、炎なら赤、聖属性なら金、って具合にな」


「あー、確かに……!」


 なるほど、アレのことか。


 俺はゴースト退治の時を思い出した。

 この世界に来て、最初に受けた依頼のことだ。


 あの時戦ったヴァイキングは、マリアの攻撃をスキルで生み出した雪崩なだれで防いだ。そのときバイキングの亡霊は体から青い波紋を出していたはずだ。


「あれ、でも白って……」

「…………(じー)」


『ジロー様の創造魔法の色、かな?』

『だよねぇ……』


 白色のエーテルといえば、僕が使うスキルのそれだ。

 俺が創造魔法を使って未来の道具を出すときは、必ず白色の光が出てくる。

 じゃあ、白炎化って……?


「白炎化って、白色のエーテルが引き起こすものなんですか?」


 俺が聞くと、アイザックはあいまいに頷いた。


「そうであり、そうでないともいえるな」


「……というと?」


「例えるなら、にわとりが先か、卵が先かという問題だな」


「もっとわからなくなりました……」

「…………(こくこく)」


「なら、順を追って説明していこう。白のエーテルは原初のエーテルであり、もっとも〝歪み〟に近い存在だ。何でもない。ゆえに何にでもなれる」


「歪み……それ、以前にも言ってましたね。あのときはリリーさんの姿でしたが」


「気づいてたか」


 アイザックは苦笑して眼帯に手をやった。


「いま思えばバレバレでしたよ」

「…………?(かしげっ)」


「そういえばマリアは見てないんだっけ。ジャークシャークをトドメを刺したのはアイザックさんなんだ」


「…………!!(ぎょぎょっ!!)」


 俺はリリーさんの姿をとったアイザックさんが、ジャークシャークを解体したときのことを思い返してみる。あの時、彼は何と言っていたか――


「あの時のアイザックさんの言葉は……たしかこうでしたね。エーテルとはすなわち原初の混沌。命が命になる前の存在だと。別の場所では『歪み』ともいう、と」


「良く覚えてるな。」


「それから〝エーテルとは何でもない。ゆえに何にでもなれる〟と続けていましたね。合ってるといいんですが」


「いや、大した記憶力だ。どこで身につけた?」


「元の世界でレストランでバイトしてたんで。長い注文を覚えるのはお手の物です。ブラックマーボーコーヒーウインナーフラペチーノチャーハンマシマシとか」


「お前の世界では飯を頼むのにも呪文の詠唱が必要なのか?」


「えぇ。ちなみに他所のお店では、もっとメニューが長いところもありますよ」


「お前ン所の世界はどうなっとるんだ……。まぁいい話を戻すぞ。お察しの通り、白炎化は原初のエーテル、白のエーテルと関係が深い現象だ。さて問題だ――」


「?」


「死んだ生物のエーテルはどうなると思う?」


「……えっと、そうか。散り散りになって――色を失う?」


「そうだ。白炎化は命が何にでもなれる状態、定まっていない状態だ。死んだ生物のエーテルは次第に色を失い、原初の混沌にもどる。それが白炎化という状態だ」


「エーテルが色を失い、何でもない、何にでもない状態になる……そうして生物にとりこまれて、ふたたび色を得る?」


「いいぞ、そんなところだ。白炎化とは、エーテルの白化だ。

 生物が生きながらにして、死んだのと同じ状態になること。それが白炎化だ」


「生きながらにして死ぬ……アンデッドみたいな?」


「いや、アンデッドは正反対のものだ。アンデッド化はエーテルの固定化だからな。ドラウグルのそれは正しくアンデッド化だ。」


「あ、そっか。それもそうですね」

「…………(お目々ぐるぐる)」


 難しい話が続きすぎたせいか、マリアは目を回してしまっている。

 俺もアイザックさんの話をすべて理解できるか怪しいけど……。


「白炎化が起きる条件はいくつかある。代表的なものは、エーテルの操作がまだおぼつかない幼い生物が、多量のエーテルを得てしまった時だ」


「……あれ? 僕を含め、この世界にやってきた転移者はエーテルがない世界から来ました。そんな僕らが白炎化しなかったのは何故です?」


「当然だ。人間に白炎化が起きることは、まず無いと言い切れる。」


「そうなんですか?」


「あぁ。人間のエーテルは白炎化を起こすのには小さすぎるからな」


 そういってアイザックさんはお手上げのポーズをとった。

 ふーむ?


「幼い生物とは、ようするに生まれて間もない赤子だ。もっぱら強力な生物が死産をすると、赤子の身に白炎化が起きる。さて、生きながらにしてエーテルが白の状態、すなわち白炎化してしまうと少々困ったことが起きる。わかるか?」


「白のエーテルは何でもなく、何にでもなれる状態……生物が変化する?

 じゃあ、モンスターって――」


「そうだ。この世界が、どうしてこれだけ多様で破天荒な生物相を持っているのか? その答えが白炎化だ」


「なるほど。シュラウト、吸血鬼……そしてドラゴン。この世界には生物としてそれはどうなの? っていう、進化論だけでは説明がつきそうにないモンスターがいくつも存在しています。そんな彼らをつくりだしたのが白炎化なんですね?」


「そうだ。エーテルを集めた強大な伝説級の生物が死産をすると、それによって生物の子孫が白炎化を起こし、生物としての形を変えていく。白のエーテルの奔流ほんりゅうでその身を焼き尽くし、あらたなる生物種が姿を現すんだ」


「へぇ……白炎化はこの世界における生命創造のいち手段なんですね」


「その通りだ。だから俺はお前さんが持っているの意味がわからん」


「あ――」


 そうか、白炎化治療薬。


 この薬はドラウグルのエーテルの流れを正常化させた。

 でも、本来の用途は新たな生物種の誕生を止めることなのか?

 なんでそんなことを……。


 まるで、未来の世界ではモンスターが生まれ続けたみたいな――



◆◇◆



※作者コメント※

なんちゅうヤヤコシイ話だ…(公開が遅くなるわけである)

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