海上の城

 一夜いちや明け、俺とマリアはマギーさんと一緒に王都に戻った。

 湖で銀輪屋の自転車を借り、夜のうちに冷えた空気がまだ残る砂利道をいく。


 そうしてペダルをこいでいると、ヘルメットのUIがピコンと光った。

 視界の左上に何かある。

 注意を向けてみると、手紙(封筒か?)のアイコンが浮いている。


『あれ……メッセージってことか?』


『どうしたの、ジロー様』


 何気なくつぶやくと、背中の方からマリアの疑問の声があがる。

 彼女は自転車の荷台にまたがり、ひしと俺の背中をつかんでいた。


『いや、ちょっとね。ヘルメットからお手紙がきたみたい。なんだろう……』


『お手紙? なになに!』


『ちょっとまって、いま開いてみる』


 俺は視界の端で浮いているアイコンをタップして、メッセージにアクセスする。

 するとメッセージは監視衛星からのものだった。

 内容は……つい先日に追跡を頼んだ、ヘリの行動経路か。


 贈られてきは衛星地図の上には、黄色い線でヘリのルートが描かれている。

 線には竹のようなふしがあり、節の横に時刻が記載されていた。


 なるほど。これで時間ごとにどれだけ移動したか記録しているわけか。


 節を押してみると、謎の数字や単語がワラワラと出てきた。

 恐らく、ヘリがどうやって飛んだかの詳細な記録だろう。

 しかし、パイロットでもない俺にはまったく記録の読み方がわからない。


『うーん……とりあえず、線の先を追って見るか』


 古墳から飛んでいったヘリの行動をずっと監視していたようだ。

 ヘリはまっすぐ南に向かい、そのまま海上に出ていた。


『てっきり基地があると思ったんだけどなぁ……どこかの島に行ったのか?』

『なになに? 私も見たい!』

『あ、ちょっとまってね、いま共有を……』


 俺は、人工衛星が送って来た地図をマリアと共有した。

 肩越しに振り返ると、彼女は空中に指を泳がせている。

 地図に描かれた黄色い線を、小さな指でたどっているのだろう。


『あ、ジロー様、みっけ!』


『どれどれ――え、これって……』


 黄色い線の終端を見た俺は、目を疑った。

 細く伸びる線は、濃い青をした海の上で途切れている。

 海の中にヘリコプターが墜落したからではない。


 海上に浮かぶ、灰色の長方形。

 その明らかに人工的な構造物の上に降り立ったのだ。


 灰色の長方形は白い航跡を後ろに伸ばしている。

 つまり、こいつは海の上を動いているのだ。


 長方形の上には古墳から戻った2機のヘリだけでなく、飛行機もある。

 飛行機は鉛筆のような胴体に三角形の先端を切り落とした翼を持っていた。

 プロペラがないということは、ジェット戦闘機か?


 海の上に浮かび、動き、ヘリや戦闘機を乗せる船。

 そんな存在、俺は一つしか知らない。


『く……空母くうぼォ?!』


『ク・クーボ?』


『あ、えっと……ク・クーボじゃなくて、空母だよ。とても大きな船で、飛行機――空を飛ぶ機械を乗せて動くんだ。まさかこんなものまで持ってるなんて……』


『あのバタバタいってたのを乗せるお船ってこと?』


『そうだね。これも前の転移者がやったのかなぁ……』


 流石にこれは驚いた。

 戦車にヘリ、そして空母まで使ってるなんて……。


 あれ? ……妙だな。

 20年前、この世界にやってきた転移者は高校生の1クラスだったはず。


 彼らのうちのひとりが「創造魔法」で戦車を出したとしても

 誰がヘリの操作方法や空母の運用方法を教えたんだろう……。

 

 ヘリを飛ばすには専門的な技術が必要だ。

 それに扱うのは、ヘリどころか機械を初めて見る異世界人なのだ。

 とても普通の高校生が教えられるものじゃない。 


 あ、クラス丸ごとなら教師もいたか。

 でも普通の高校教師が現代兵器の扱いを熟知しているはずないよなぁ。

 すくなくとも軍人じゃないと……。


『うーん……』


『ジロー様?』


『いや、銃士隊がどうやって現代兵器の動かし方を学んだのかが気になったんだ。ぶっつけ本番で動かしてたら、いくら命があっても足りないからね』


『そういえば……先生、だれだろうね? 転移者はもういないんだもんね』


『うん。もしかして……20年の間に、また別の誰かが転移して来てた、とか?』


『かも?』


『ま、考えても仕方がないか。銃士隊は実際に動かせてるわけだし』


 転移者が来ていたとしても、王城を追放された俺には調べようがない。

 それよりも、空母にどう対処するか考えないとな。


『空母かぁ……サテライトキャノンで何度か攻撃すれば撃沈できるかな?』 


『クーボ、沈めちゃうの?』


『……いや、今は泳がせておこう。銃士隊をボロボロにしすぎるのもよくないから』


『え、どうして?』


『ほら、ドラウグルやドライアドなんかは、話の通じるモンスターだったけど……。吸血鬼やラットマンみたいな、顔を合わせた瞬間襲ってくるような連中だっている。銃士隊はそういったモンスターとも戦ってるからね』


『あ、そっか……』


『銃士隊はあんまり好きじゃないけど……弱体化しすぎると別の問題がおきる。

 問題にならないうちは、放っておくことにするよ』


 以前、何かの漫画で読んだっけ。


 空母は1000人以上の人間が一丸になって動かす兵器で、発電所や病院といった、ひとつの都市といってもいい機能をもっている。


 また、戦略上重要な拠点でもあると同時に兵器でもある空母は、対空ミサイルや弾道ミサイルなんかのたくさんの兵装を抱えている。


 いうなれば海上の城といったところだ。


 そんな空母が破壊されでもすれば、どうなるか。

 王都の南側にある村々や街は、モンスターの脅威に無防備になるだろう。


 無関係の人たちを困らせるのは、俺の本意ではない。

 王都の倉庫をド派手に爆破しといて、何をいまさらって感じだけど……そう思う。

 こういうのは、うん。心がけが大事なんだ、きっとそう。


「おい、見えてきたぞ」


「え? あ、ほんとだ」


 マギーさんの声で砂利道を見ていた顔を上げると、灰色の空にそびえる王都の門が見えてきた。今日もまた、どす黒い煙を浴びていますなぁ……。


 俺は門番のチェックを受けるために自転車を降り、人々の列に並ぼうとする。

 おっと、ヘルメットは背負い袋ナップザックに隠さないとな。


『マリア、いったんアーマーを仕舞うよ』


『うん!』


 衛兵隊の間に「星の守護者」の手配が回っているかもしれない。

 俺はヘルメットを脱ぎ、背中から降ろした背負い袋に入れた。その瞬間だった。

 黒い影が前を横切り、俺の手から袋を奪い取ったのだ!


「げ、泥棒っ!!」


 驚いた俺は影を追いかけようとするが、自転車に足を取られ、片足がもつれる。

 そのスキに泥棒は人々の波に飛び込んでいってしまった。


 不味いぞ……ヘルメットの入ったザックを取られるなんて。

 取り返さないと!



◆◇◆



※作者コメント※

空母&ジェット戦闘機のエントリーだ!


今回と20年前、その間に来た転移者――

いったい誰のパパなんだ……

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