ドラウグル・エンドパート
戦いは終わったが、古墳の中はメチャクチャになってしまった。
凍りついた銃士は氷雪と一緒になって真っ白な小山を作っている。
まるで霜のついた古い冷凍庫みたいだ。
中がこの有り様なら、外も外で問題がある。
古墳に突入してきた銃士隊は壊滅したが、連中を運んできたヘリはそのままだ。
サテライトキャノンで撃ち落とすか?
いや、このままヘリを見逃してやればそのうち基地に帰るだろう。
そうすれば基地ごと……。
ここまで考えたところで俺は頭を横に振った。
これ以上踏み込んで連中と戦えば、もう後戻りできなくなる気がしたからだ。
それは……なんだろう。
状況とか、シチュエーションとか、そういうのじゃなくて……。
心がまえとか、そういうものだ。
マリアの銀剣は肋骨の間から肺、そして心臓を真っ直ぐに貫いている。
だが、俺の切っ先は、無意識的に氷室の体の中心から外れていた。
俺は彼女とちがい、まだ命のやり取りを避けている。
シュラウトと戦っていた戦車隊にサテライトキャノンを使った時もそうだ。
あの時の俺は、レコンヘルメットの判断に「任せる」と言った。
取り返しがつかないことをするのにも、どこか他人事で……。
まだ自分で引き金を引くことに後ろめたさを感じている。
『ジロー様?』
『いや……大丈夫、なんでもないよ』
ふと、俺は古墳の上空を旋回していたヘリの動きが変わったのに気づいた。
古墳の回っていたヘリは、針路を変えて南に向かっていく。
突入した銃士たちと連絡がつかないことで、異常を察知したのだろうか。
悪くない。人工衛星を使ってヘリの退避先を特定しよう。
連中の基地をつきとめられるはずだ。
『ヘルメット、ヘリの移動先を記録してくれ。報告を頼む』
『了解:フライトユニットアルファ、及びブラボーをマーク。追跡します』
『ありがとう』
ヘルメットに指示を送ると、地図の2機のヘリにマークがついた。
そうしていると、部屋の奥で体をこわばらせていたマギーさんがハッとなった様子で俺たちに向かって叫んだ。
「――キミたち、これは何ごとだ? いったい何が起きたんだ?」
「す、すみません。今から説明しますから、どうか落ち着いて……」
「…………!(こくこく)」
「……そうだな。まずは君の言い分を聞こう。銃士隊を率いていた男はキミのことを知っているようだったが、冒険者ギルドが犯罪者に仕事を与えることは無い。では、なぜキミは銃士隊に追われている?」
「追われているわけじゃないです。むしろ追い立てられたって感じです」
「あぁ……あの男が追放とかいっていたな。転移者とも。転移者?」
俺はこれまでのことをかいつまんでマギーさんに説明することにした。
転移してきたこと。追放されたこと。スキルを使って帝国の人たちを助けていること。冒険者として活動している本当の目的や禁書庫のこと。
そして、ドラウグルの他のモンスターたちとの関係も全部ぶちまけた。
「キミが置かれている状況について、大体のことはわかった。しかし、こういってはなんだが……とても正気とは思えんな」
「長々と語ってて、自分でもそんな気がしてきました」
「ふむ……しかしなんだ、私が賞金目当てにキミを告発するとは思わないのかね?」
「マギーさんがそんなつまらないことをする人だとは思えませんので。マギーさんはサイフを膨らませるよりも、本を分厚くすることの方が好きでしょう?」
「さよう。キミは人が欲しがるものをよくわかっているな」
「どうも。」
「心配するな、キミのような面白い存在を銃士隊の手に渡すものか。しかしながら、奉献者ギルド、そして銃士隊にこの現状を説明する必要があるな。いや、説明がつくようにする、か」
「というと?」
「つまり、全員が納得できる
そう言ってマギーはチッチッチと指を振った。
どことなく不安を感じるが、とにかく聞いてみよう。
「――我々が古墳を訪れたのは、ドラウグルの研究のためだ。しかし、ここで問題が起きる。ドラウグルは不死身のダークネス人間絶対殺すドラゴンとなっており、古墳はこのドラゴンを封印するために存在したのだっ!!」
「え~?」
「…………?(かしげっ)」
「ダー、何、ドラゴン……? そんなもの、見たこと無いぞ」
ストームハンドさんからもツッコミがくるが、マギーはかまわず続ける。
「そこで我々はいったん態勢を整えるために入口まで戻るが、そこで偶然にも王国の銃士隊がやってきた。彼らはその身を犠牲に古墳の入口を崩壊させ、ドラゴンを再度古墳の奥底に封印した……彼らの犠牲がなかったら、世界は暗黒に包まれていた!」
マギーはそういって細い指が並んだ拳を「ギュッ!」と握りしめる。力強く握っているつもりなのだろうが、鳥人の独特な指の形のせいで拳はスキマだらけだった。
あ、わかった。マギーさん、ちゃんとリリーさんと同類だわ。
タイプはちがうけど、同じような勢いと方向性を持ってる。
うーん……ブリタニアの人って、みんなこんな感じなんだろうか。
「まぁ、なんとなく筋は通ってるし、大丈夫かなぁ? 連中を連れてきたヘリは逃げちゃったけど、戦いの様子は直に見てるわけじゃないし」
「だろう? 入口を崩壊させるには、ストームハンドくんのスキルを使えばできるはずだ。上部の構造物は湿気と侵食でかなり老朽化しているようだからな」
「たしかにボロボロでしたが……ドラウグルさんたちはどうなるんですか?」
「…………!(こくこく)」
「いや、彼女の言うことは正しい」
「ストームハンドさん?」
「ここにいれば、また新手が来るだろう。それならばいっそ、別の場所に移ったほうがマシというものだ。何、探せばきっと落ち着ける場所があるはずだ」
「……それなら、心当たりがあるかもしれません」
「何?」
「以前、僕は王都近くの森にいるシュラウト――ドライアドたちを助け、彼らと友誼を結びました。僕らの名をつけた若木を植えるとまで言ってくれた彼らなら、きっと皆さんを受け入れてくれるかも」
「なるほど……
「ストームハンドさんは彼らを知ってるんですか?」
「うむ。まだこの丘の周りが沼に沈むずっと前、深い森であったころにな。雄々しい牡鹿のシュラウトが年老いた木々を間引き、若木に光をあたえ、森に命を通わせていたものだ。いつしか姿を消したが……そうか、まだこの地を見捨ててなかったか」
「はい、彼らは戦い続けてます。ついこの間も……」
俺がこのあいだ見たシュラウトたちの戦いのことを教えると、ストームハンドさんはそれにひどく驚いたようだった。どうもかなり珍しいことらしい。
「是非もない。我が一族は彼らの元に身を寄せるとしよう。私にした治療と同じものを一族の皆に頼めるか?」
「もちろんです」
話はまとまったが、そこからがまた大変だった。なんせ、ストームハンドさんの一族はあと39人もいるのだ。それぞれに治療を施し、古墳の入口を崩したころには、すっかり夜になっていた。
とはいえ、治療が終わった後は森に向かうだけだ。
夜というのは逆に都合がいい。
俺たちは星空のもと沼地を越え、彼らをシュラウトが住む森まで送り届けた。
森に着くと、すでにシュラウトたちが角を並べて待っていた。
事前に行くとも来るとも、何も伝えてなかったのに、だ。
ドライアドたちは俺たちの再訪に驚く様子もみせず、静かに彼らを受け入れた。
というより、お見通し、といった感じだった。
これで俺たちはギルドに説明ができて、銃士隊は言い訳ができて、ドラウグルは新しい家を得た。三方丸く収まった――と思う。
しかし、俺の胸には一抹の不安がわきあがってもいる。
これ、王都のすぐ横にモンスターたちの梁山泊ができはじめるんじゃ?
大丈夫かなぁ……。
◆◇◆
※作者コメント※
着々と何かの準備が出来上がっていく。
キャッキャ
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