ジローと白き死

「なんだって?」


「耳が悪いのか? 王国に戻ってこないかといってるんだ。王女はお前を追放したが、俺の口えがあれば戻れるだろう。」


「お断りだね。なんで連中のところに戻る必要があるんだ」


「……考えてもみろ。俺たちはこの世界で必要とされてるんだ。元の世界の俺たちは〝誰でもいい〟〝いくらでも代わりのいる〟存在だった。この世界ではちがう」


「………」


「この世界には居場所があるんだ。前の世界では時代や生まれのせいで決して手に入れられなかった、俺にふさわしい居場所がな。お前もわかってるだろう?」


「それが王女のそばだっていうのか? おじさん……たしか氷室っていったけ? そもそもの話、僕たちが何をされたのか、忘れたのか?」


「何?」


「僕たちはこの世界に無理矢理連れてこられたんだ。言ってみれば誘拐だよ。みんな仕事や学校があるし、家族だっている。おじさんが誰からも必要とされてないからって、誰でもそうに違いないなんて考えるのは失礼すぎるだろ」


「な、なんだと……?!」


 冷めきった表情だった氷室は色を変え、怒りで紅潮する。

 どうやら図星だったようだ。


 俺もこの世界に転移した直後は心が弾んだ。

 ラノベやアニメみたいなことが好みに起きるなんて、って。


 だけど、そんな気持ちも王女に追放されて王城の外に出て……

 黒煙を吐き出す工場バケモノを見た時に吹き飛んだ。


 この世界は壊れてる、どこかおかしいって。


「――それに王女は僕たちを魔国との戦争に駆り出そうとしてる。与えられた特権や立場は戦争が終わるまでかもしれない。ちゃんと考えてる?」


「ぐ、ぬぬぬ……!」


「その様子だと、どうやら考えてないみたいだね。スキルが手に入ったといっても、アンタの中身は何も変わってない。ちょっと浮かれすぎたんじゃない?」


「う、うるさい! なんでお前にそんなことを言われる必要がある!」


「そっちが吹っかけてきたんじゃないか……」


「黙れ! もういい、こっちが下手にでればいい気になりやがって……!

 始末してやる……!」


「――ッ!!」

「…………!(かまえっ!)」


 俺とマリアは剣を抜き放った。

 ストームハンドも構えるが、その手の中に剣はない。

 あくまでも学者のマギーさんを戦力に数えるのは無理がある。

 となると、ここで戦えるのは俺たちだけか。


「どうせ追放されたんだ、ここで死んでも誰も気にしない!」


 激昂した氷室は手を振り上げ、自身が持つスキルを俺に放った。

 ヤツのスキルは「氷河期」。文字通り冷気を操るスキルだ。


 周囲の空気は冷気で白じみ、古墳の壁や床も霜で真っ白に覆われる。

 奴が手を振り下ろすと、冷気が白い壁となって俺たちに襲いかかってきた。


「ギャァ!」「ヒッ!」


 冷気の奔流は両側にいた銃士を一瞬で氷の彫像に変えた。

 仲間であろうとお構いなしか!


『ジロー様!』

『クッ、シールドのパワーを最大に!』

『うん!』


 ベルトのバックルのスイッチを押し、シールドの出力を最大にする。

 刹那、氷室から放たれた冷気がシールドにぶち当たった。

 するとシールドはバチバチと光り、冷気に激しく反応している。


『ク、思ったよりも不味いな……』


 シールドはしっかりと役目を果たしている。

 しかし、冷気はセントリーガンの爆炎なんかと違ってすぐには消えない。

 氷雪が俺たちの周りを取り囲み、シールドに負荷をかけ続けていた。


 冷気それ自体はさほど脅威ではない。

 問題なのは〝消えない〟という持続力の部分だ。


 俺とマリアが使っているシールドベルトは、当たったものを弾き返す。

 それは外側でも内側でも変わりない。


 以前、ナイフを投げた時に内側で跳ね返って危ない目にあった。

 氷室に白兵戦を挑んだら、それと同じことが起きるだろう。


 つまり、ヤツに接近すればシールドの中で冷気が暴れ狂うということだ。

 そうなれば、いくらレコン・スーツでも耐えられるかどうかわからない。


『あの冷気をどうにかしないと……でも――』


『近寄ったら、シールドの中であの吹雪を受けちゃう?』


『うん、そうだ。冷気を止めないと手が出せない』


『少年、あの冷気をどうにかすればいいのか?』


 俺とマリアが相談していると、巨人のストームハンドが会話に割り込んできた。

 彼はマギーさんをかばうように、俺たちのシールドの後ろにいた。


『ストームハンドさん? それはそうですけど……』


『よし、任せろ。見たところ大したものではなさそうだ』


『……え?』


『ハハ、天険の山々が真冬に吹き下ろす風に比べれば、これくらい可愛いものだ』


 ストームハンドさんはシールドを張っている俺たちの後ろに近寄ってくる。

 思わず「危ない」と言おうとしたが、冷気は彼の横を通り過ぎていく。

 い、いったい何が起きているんだ?


「な、なんだこいつ?」


 俺達の後ろで冷気をよける巨人にうろたえる氷室。

 ストームハンドはそれを気にする風もなく、拳を握って構えを取った。


「揺るぎなき力よ、我が手に集え――スチームサイクロン!」


<ゴァァァァッ!!!>


 ストームハンドの腕から風が逆巻き、突風となって吹雪を押し返した。

 俺たちを飲み込もうとした白い死はそのまま銃士隊に向かっていく。


「うわぁぁ!」「ぎゃッ!!」


 凄まじい冷気が相手では、身を隠す巨大な盾も役に立たない。

 たちまちのうちに悲鳴が凍りついた。


『マリア、今だ!』

『うん!』


 俺とマリアはこの機を逃さず前に向かって走り込んだ。

 冷気を押し返している今ならシールドの内側で冷気をぶちかまされる心配はない。


 活人剣で――いや、ヤツは仲間ごココッチを殺そうとするやつだ。

 みね打ちで逃したところで、もっと悪いことになる。手加減無用だ。


 マリアは左、俺は右から氷室を囲み、剣を突き出した。


「――ぐあっ?!」


 マリアの銀剣が胸をとらえ、ショートソードが太ももに突き立つ。

 グリップを通し、俺の手に鋼が肉を食む感覚が返ってくる。


「て、てめぇ……クソガキがぁ!」


 黒いコートを霜で真っ白にしながら氷室が叫んだ。

 体に剣が生える苦痛を感じるのは始めてなのだろう。

 言葉にならない呪いの言葉を吐き、白髪交じりの髪を振り乱して暴れる。


 俺は喉の奥に酸っぱいものを感じながら、剣を回し、えぐり払う。

 ざくり。

 直後、水の入った袋が落ちるような音がして、古墳に静寂が戻った。



◆◇◆



※作者コメント※

2日ぶりの更新でございます。

新作用に設定画の絵作業してました。

近況ノートにいくつか載せてますが、次はガチめのファンタジー二次大戦戦記やりたいなぁって……そんな感じらしいです

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