嵐と氷河期


 ヘリコプターの発する耳慣れない音にマギーとマリアは首を傾げる。

 だが、俺はこの音を知っている。ヘリコプターだ。


 外の様子を確認しなくては。俺は衛星を使って地上を見る。

 すると、2機の黒塗りのヘリコプターが丘の上で旋回していた。


 ヘリコプターは横幅が広く、どっしりとしたシルエットをしている。

 沼ということもあって、その形はどこか池を泳ぐ鯉の姿を思いださせた。


 おそらく輸送ヘリだろうか?

 戦闘ヘリならもっとシュッとしていて、昆虫めいた形のはず。

 しかし、なんてこんなところに……あっ。


「マギーさん、どうやら銃士隊がやってきたみたいです。心当たりは?」


「逮捕されるいわれは無いな。ただ――」


「?」


「個人的な見解だが、おそらくドラウグルの討伐に来たのだろう。古墳の調査申請を出した時、銃士隊がドラウグルの討伐を行う可能性があると言われ、誓約書にサインを求められた。いわく、王国内に生息するモンスターの討伐権利は王国と王国が認めた権利者にあり、それを妨げないと誓う、とね」


「彼らにだって意思はあります。そんなモノと同じ扱いを……!」


「ところが、モンスターか亜人かを決める権利は彼らにある。参ったね?」


「――ッ!」


 懸念が現実になってしまった。

 おそらく連中の目的はドラウグルを討伐してのレベル上げだ。


 ヘリは古墳の上で動きを留めた。

 おそらく中の兵士を降下させるつもりにちがいない。


 俺は視界の左上に表示されてているサテライトキャノンのアイコンを見た。

 撃つなら今しかない。

 だが……ヘリの中には転移者もいるはずだ。


 衛星砲で撃つのか? 同じ世界の人を?

 戦車を撃った時のことを思い出し、俺の指先の動きが鈍る。

 に気づいたときには、もう遅かった。


 カーゴルームから落とされたロープが螺旋階段のある立杭の床の上に落ち、とぐろをまく。ロープが落ちたのは俺たちのすぐ横。ヘリボーン降下が始まったのだ。


「クソッ!」


 毒づく間もなく、金属がロープ削る音が聞こえてくる。

 地面に降り立ってきた銃士の姿は、街でよく見るそれとは違った。


 全身黒ずくめの軍服に身を包み、ヘルメットには防弾バイザーと暗視装置。

 銃にもスコープやレーザーサイトがついている。

 明らかに装備の質が高い。銃士の中から選抜されたエリート部隊か?


 ……ヘリからロープを使って降下できるくらいだ。

 よく訓練された連中には間違いない。


「よく聞け、この調査は合法的なもので――」


<ジャキッ!>


 マギーさんが手を上げて銃士たちに声を上げる。

 だが、黒ずくめの銃士たちは何も答えない。

 立坑の闇の中で影法師が横に広がり、こちらに銃を向けた。


「なるほど。問答無用ということだね?」

「さがってください!」

「…………!(!!!)」


<ダダダンッ!!!>


 刹那、横並びになった影の手元が銃炎で輝いた。

 空を切る銃弾がガラスをくだき、錬金道具の銅板を撃ち抜いて甲高い音を立てる。


 だが、殺意とともに放たれた鉛玉は、俺たちに刺さることはない。

 目の前で光の泡に阻まれ、火花となる。

 腰につけたシールドベルトが銃弾を迎撃したのだ。


 ヘルメットに付いた防弾バイザーのせいで銃士の顔は見えない。

 だが、ヘルメットが揺れ動いたことで、シールドにギョッとしたのがわかった。


「――クリエイト・ウェポン!」


 俺はスキルを叫び、足元にセントリーガンを放り投げた。

 連中相手なら、セントリーガンは十分時間稼ぎになるはずだ。


 空中で3本の足を広げ、器用に地面に着地したセントリーガン。

 開いた頭部をもちあげた心なき兵士は、闇に向かって猛烈な応射を始めた。


<ピピピ……タタンッ!! ピー、タタン!>

「ぐわっ!」「うぉっ!!」


 目標の捕捉を知らせる電子音の後、短い炸裂音が続く。

 だが、銃士の悲鳴も合わさった規則的な合唱は、そう長く続かなかった。


 銃士たちはシールドを構えて身を寄せ合って体を隠す。

 そして――


「凍りつけ!!」


 盾の間から吹雪がほとばしり、セントリーガンに直撃した。

 セントリーガンのボディを雪が覆い、たちまちのうちに足まで凍りつく。

 すると鋼鉄の見張り番はその動作を完全に停止してしまった。


 機械は生物よりも頑丈だが、それにも限度がある。

 完全に凍りつけば未来の兵器といえども動かなくなってしまうようだ。


「あれは――スキルか!?」

「…………!?(はっ!?)」


「ククク……俺のスキルは『氷河期』。なんでも氷漬けにしちまうのさ」


 銃士隊が作った盾の壁が動き、その間から黒いコートの男が歩み出る。


 男は白髪交じりの長い髪を後ろに束ねている。その冷たい表情の奥に鋭い目つきを隠し、何もかも憎んでいるような、氷のように冷たいオーラをまとっていた。


 男の着ている服は銃士隊や、王都にいる街の人と感じがちがう。

 こいつが転移者か?


「お前は……転移者か?」


「御名答。俺の名は『氷室龍一』。お前らクソガキが知らない時代を生きた人間だ」


「僕が知らない時代……?」


「そうだ。就職氷河期って知ってるか? 100社受けて100社落ちるのなんて当たり前。俺の大学じゃ、企業によっちゃ書類すら受け付けてもらえない。どれだけの屈辱を味わったか、お前のようなガキには想像もつかないだろう……」


「…………」


「バブル期の先輩や俺たちの親は簡単に内定を取れた。給料のいい会社に行けた。それに比べて俺たちは……いつも理不尽な比較を受けた!」


 氷室の足元に霜が降り、ヤツの周りにいる銃士の吐く息が白くなる。

 ヤツの黒い感情が周囲の温度を下げているのか……?


「俺たちは〝ただその時代にいた〟というだけの理由で責められた。何も手に入れられず、失うだけの世代。それが俺たち『氷河期世代』だ。」


 なんて寒い時代だ……。

 時代が彼の心を冷え込ませ、それがスキルとなって発現したのか?

 だけど――


「俺にそんな恨み言を言っても仕方ないだろ。どの時代だってそれぞれ大変なことがある。いい年してそんなこともわかんないのかよ」


「黙れ! お前に何がわかる!」


 氷室は細い体から信じられないほどの大きな声を出して俺を威圧した。

 足元から白い霜がさらに広がり、銃士たちの持つ盾までうっすらと白くなる。


「たしかに時代ってやつは、俺たちの力ではどうにもならないもんだ。だからって、そんな理不尽が許されていいものかよ。この怒り、お前ならわかるはずだ」


「なんだって?」


「お前のことは覚えてるぞ。追放された転移者だろう」


「――ッ!」


「初日でオモチャを出して追放された無能な転移者。だが、ずいぶん面白そうなを出してるじゃぁないか、ん?」


「未来のオモチャ屋はリアル志向だったみたいでね」


「未来の? ふむ……そういうことか。お前の『創造魔法』は、遠い未来の物を出すスキルだったんだな? 銃弾を防いださっきのも、未来の物が関係しているのか」


 げ、こいつ思った以上に頭が回る。

 うかつに喋りすぎたか?


 氷室は俺の体を足元から頭まで、しげしげと見る。

 そして口を歪めるとこう言った。


「なあ……お前、に戻ってこないか?」



◆◇◆



※作者コメント※

まーたギャグなのかシリアスなのか分かりづらい展開を……

どうでもいいけど、スキル「氷河期」はちょっとダークヒーロー感あるかも。

別作業に集中するため、9月10日の更新はスキップでございます

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