禁書庫の手がかり
「20年前、転移者をこの世界に呼び出した魔術師ナイアルト。奴が使った魔法は、禁書庫から持ち出されたモノだと言われている。ここまではいいな?」
「はい。その話はランスロットさんから聞きました」
「禁書庫を探すなら、ナイアルトが最も有力な手がかりだ。しかし奴は魔術をつかったあと、完全に姿をくらましている」
「……隠れた? 奇妙ですね」
「あぁ。帝国を倒したのは、転移者がもたらした〝ゲンダイヘイキ〟。ナイアルトは間接的とはいえ、シルニア王国を救ったともいえる。だが奴は宮廷魔術師におさまるとか、勲章をもらうこともせず、さっさと表舞台から退場したんだ」
「え、ナイアルトって、宮廷魔術師とかじゃなかったんですか?」
俺の疑問にランスロットさんが答えた。
「彼はシルニアの王宮が出した『帝国と戦うための秘策を求む』というお触れに応じて現れた魔術師の一人でした。ナイアルトは『禁書庫から帰ってきた』と称し、話術と魔法で役人の心をつかむと、転移術を使ってみせたのです」
「そして、金貨100枚という報酬を持って消えた。だったな?」
「何度も聞かれた通り、それ以上のことは起きてませんよ、ワルター。」
ランスロットさんが当時のことを思い返す。
本当に突然現れたのか。
「それじゃまるで……転移魔法を使うこと、それ自体が目的だったみたいだ」
「それか、世界をムチャクチャにしてほくそ笑んだだけかもな」
うーん……。
転移者を呼び出した後、何が起こるかをナイアルトは知っていた?
でもそれは、ナイアルトが俺の世界を知らないとムリだ。
禁書庫から魔術を持ち出したうえに、異世界を把握してるなんて普通じゃない。
ナイアルトはいったい何者だったんだろう。
「お前さんが難しい顔をしている通り、ナイアルトは謎だらけの存在だった。王城にぽっと現れて転移者を呼び出した後、奴は姿を消した」
「……なるほど、話が見えてきました。ワルターさんはナイアルトの足跡を追跡する依頼を受けたんですね?」
「小僧にしては察しが良いな。ランスロットが熱を上げるわけだ」
「ジロー殿は理性的かつ、賢明な精神の持ち主ですよ。私が彼と同じ年だったころ、彼ほどに物事を考えていた自信がありません」
「ハハッ、理屈っぽさでお前の右に出るやつはいないと思ったがな」
「そういう貴方も相当ですよ、ワルター」
「まぁな。冒険者ってのは、だいたい物を壊すか生き物を殺す時にしか雇われない。オレのようにデリケートな仕事ができる精神を持つものは稀なんだ」
「壁にかかっているワルターさんの銃を見ればわかります」
そういって俺は、壁にかけられている銃器に視線を移した。
ワルターは一見ぶっきらぼうに見えるが、机にかじりついて細かい作業ができる集中力と根性を持っている。壁にある手の込んだカスタム銃を見れば明らかだ。
「ありがとよ。話を続けるぞ。オレがナイアルト追跡の任務を受けたのは、転移者の虐殺があった次の月だった。戦争の勝ち負けが決まった頃だからよく覚えている」
転移者の虐殺のすぐ後?
ふーむ……どこか引っかかるな。
「戦争の行く末が決まっているなら、新たな転移者を呼び寄せるためにナイアルトを探したわけじゃない。表向きは責任追及ですか?」
「そうだ。先王は転移者が起こしたトラブルの責任をナイアルトに求めた。これが依頼の理由だったが、本当のところは誰の目にも明らかだった」
「ナイアルトが持つ『禁書庫』の情報を欲しがったんですね」
「ナイアルトは転移術の使い方を残していったが、それ以外のものは何も残していかなかったからな。先王はより多くのモノを求めたのさ」
「気になっていたことなんですが、スキルはこの世界の人たちも持っていますよね。どうして転移魔法を使ってまで、僕たちを呼んだんです?」
「ほう?」
「スキルならこの世界の人々も持っている。『剣聖』や『聖騎士』みたいな、転移者の持つスキルよりずっと強力なものだってある。なんで呼び寄せたんです?」
これは前々からほんのりと抱いていた疑問だった。
スキルはこの世界の人間も持っているし、ちゃんと強力なものもある。
スラムで会った転移者の『土魔法』なんかより、マリアが持つ『聖騎士』のほうがずっと強力だし、使い勝手も良い。
わざわざ俺たちを呼び寄せる意味がわからなかった。
「それはスキルの性質の違いだ。スキルは人間に依存している。より正確に言えば、そいつが生きてきた伝統とか文化、世界そのものにな」
「伝統、文化? ――あ、そういえば!」
「心当たりがあるか?」
「はい。この世界に呼び出されてすぐ、300人近くの人がスキルの鑑定を受けてました。でも、〇〇魔法っていうスキルはあっても、騎士とか剣に関係するスキルは無かったように思います」
俺はこの世界に召喚されて、鑑定を受けていたときのことを思い出した。
そういえば『騎士』とか『戦士』なんかのスキルを持っている人はいなかった。
人の伝統とか文化に依存してるって、そういうことか。
「ま、そういうことだ。俺たちも経験則でその事は知っていた。基本的にスキルってモンは、家族構成や社会階級に依存してる。おそらく王宮の連中は、異世界の戦士たちを期待してたんだろうが……」
「予想の斜め上が飛んできた、と」
「そういうことだ。誰がこんなモンが出てくると予想する?」
ワルターは片眉をまげ、銃を指さした。
たしかにこれは想像できないよなぁ……。
「話を戻すぞ。魔術師ナイアルトは王都を去った後、痕跡をほとんど残さなかった。だが皆無でもなかった。奴は報酬の金貨で馬ごと馬車を買って、シルニアを離れた」
「さすがですね」
「良い冒険者ってものは、草がのびる音も聞き逃さないもんさ。追跡の結果、馬車の行先は
「魔国? それって……いまシルニアが攻めようとしている国じゃ!?」
「そうだ。魔国は亜人や魔族たちが多く住む国で、人間たちの国とは基本的に国交が無い。シルニアから身を隠すには最適だろう。そして――」
「ワルターさん、何がわかったんです?」
「さて、ここで質問だ。ジロー、冒険者のモットーはなんだ?」
「……お金稼ぎ。タダ働きする冒険者はいない」
「その通りだ。よく勉強してるじゃないか」
「はぁ……ナイアルトの情報を買うのに、何が必要なんですか?」
俺が聞くと、ワルターは笑って革鎧の襟に手をやった。
「金欠なのは知ってる。お前さんには俺の仕事を手伝ってもらおうと思ってな」
「仕事? ワルターさんは冒険者を引退したんじゃ?」
「昔なじみからの頼みは聞くようにしてるのさ。だが、今回の頼みはちと厄介でな。銀の武器とよりも、知恵と勇気が必要になるタイプの依頼なんだ」
「というと?」
「――呪いの解呪だ」
◆◇◆
※作者コメント※
呪いの解呪なんて、ファンタジー世界みたいだぁ(注:ファンタジーです)
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