呪いの館

「呪い? くわしく聞かせてください」


「聞くってことは、受けるってことでいいんだな」


「はい。ワルターさんは最初からそのつもりだったんでしょう?」


「まぁな。依頼を簡単に説明しよう。とある資産家が中古の屋敷を購入した。相場に比べると激安で、案の定ワケありだった。その屋敷は近くの住人が呪いの館と噂している物件で、実際に奇妙な出来事が立て続けに起きたそうだ」


「呪いの館……夜ごと女のすすり泣きが聞こえるとか、食器が空を飛ぶとか?」


「そういった幽霊屋敷にありがちなやつじゃない。まったく新しいタイプだ」


「……?」


「CDプレーヤーから奇妙な音が聞こえてきたり、エアコンからガラガラと妙な音がして動かなくなるそうだ。その家にある機械は、何もかもが勝手に壊れる」


 ファンタジー世界に存在すべきでない単語を聞いて、ちょっと気が遠くなった。

 騎士やモンスターと一緒に、家電製品がフツーに存在してるのかよ!


「はぁ……何もしてないのに壊れたって、だいたい何かしてますよ」


「俺もそれを疑った。機械音痴が怪奇現象のせいにしているだけだろうってな」


「ちがったんですか」

「…………?(かしげっ?)」


「検証のために、安物の新しいカセットデッキを家の中においてみた。次の日見に行ってみたら、完全にバラされてぶっ壊されてたよ。」


「うーん……機械を目の敵にする呪いですか?」


「妙だろう? 呪いなんてものは、牛の乳を出なくしたり、ワインを酸っぱくしたりってのが相場だ。機械が壊れる呪いなんて始めてだ。依頼はこの奇妙なできごとを無くして、住めるようにするってもんだ」


「亡霊の仕業かなぁ?」

「…………?(かしげっ)」


「これはもしかしたら、家霊かれいかも知れませんね。」


 ランスロットさんはそう言って懐かしそうにアゴをさすった。


「家霊? 亡霊とかゴーストみたいな?」


「亡霊ではなく、ブラウニー、リュタンといった家にく妖精のことです。私が子ども時代を過ごした、曽祖父の屋敷にもいましたよ。イタズラ好きで、馬の尻尾を結んだり、鍋のフタやスプーンを隠したりされましたね」


「妖精ってモンスターとはちがうんです?」


「一般的な定義では、話が通じず、人に危害を加える存在をモンスターといいます。そう言う意味では、妖精はモンスターではありませんね」


「それくらいにしておけ。小僧、こうなるとランスロットは長いぞ」


「すみません。職業柄、博物学や自然史学には興味があったもので」


「いえ、呪いの解決の手がかりになりそうです。続けてください」


 ため息を付くワルターを見て、ランスロットさんはくすくすと笑った。

 「できるだけ手短にします」と断って、彼は続ける。


「私の祖父の時代ですから100年はたってない昔ですね。そのころ、集落の周辺はシルフ、ブラウニー、ノッカーやコボルドといった守護精霊がありふれていました。都市が大きくなった今は、めったに見ることが出来ませんが……」


「妖精は基本的に人混みを嫌う。町中にあらわれることは無いはずだ」


「そうとも限りません。街中にある古い空き家を住処にする例もあります。祖父の家に憑いていたブラウニーがそうでしたから」


「むむ……」


「彼らは自身の縄張りに根ざし、近くに住む人間や動物たちを気にかけます。とても内気で恥ずかしがり屋で、滅多に人前に姿をあらわしません」


『じゃあ……単に隠れているだけ、かも?』

『うん。マリアの言う通り、隠れてるだけってのはありえるね』


「ランスロットさん。もし家霊がいると仮定して、彼らに機械を壊すのをやめてもらうには、どうお願いしたら良いですか?」


「そうだな。妖精を呼び寄せる方法なんかはないのか?」


「そうですね――家霊は子供の無邪気さや、楽しい遊びに惹きつけられます。子どもたちの輪の中に、いつの間にか知らない子がひとり混じっている。知っているような気がするけど、その子の名前や家は誰も知らない……といった具合にね」


「よーするに、子供にしか姿を見せないってことか?」


「なら、解決には僕たちの協力が不可欠ってことですね」


「小僧、先走るんじゃない。まだ呪いの正体が家霊とは決まってない。可能性のひとつとして考えておくだけに留めるんだ。足もとをすくわれるぞ」


「確かに。でも有力な手がかりです」


「もし彼らが姿を現したなら、丁寧に頼み込むだけです。無礼な人間には、すぐへソを曲げてしまうので注意してください。ワルター、貴方のことですよ」


「へいへい。それでボウル一杯のミルクと、古い上着をさし出せば良いのか?」


「それは当人たちに聞くしかありませんね。取引をごまかそうとせずに、誠実に対応してあげてください」


「わかりました。」

「…………!(こくこく)」


「はぁ……どうせ暗中模索だったし、今さら変わんねぇか。明日の朝にオールドフォートの主門の前に来い。現場まで案内してやる」


「はい。あの……最後にもうひとつ聞いていいですか?」


「ったく、質問の多いやつだな。なんだ?」


「僕はできるだけ早く冒険者ランクを上げたいんですけど、これってギルドを通していない個人的な依頼ですよね?」


「そうなるな。だが、顔を売っておくに越したことはないぞ? 今回の依頼主は街で孤児院を経営している※篤志家とくしかの御婦人だ。彼女の伝手で仕事が入れば、お前のランクも早くあがるだろう」


※篤志家:社会奉仕・慈善事業などを熱心に実行・支援する人のこと


「コネですか。やっぱそうなるんですね……」


「あぁ。ランクを上げたいなら、トラブルメーカーと多くのコネを作ることだ。

 例えば――そこのランスロットみたいなヤツとかな?」


「ハハ、その節はどうもお世話になりました」


「こういう連中と仲良くなると美味い仕事が回ってくる。お得意サマは大事にしろ」


「騎士団……いまなら銃士隊ですか? あんまり受けたくないなぁ……」


「なんだ、前科持ちか?」


「いえ、そういうわけじゃなくて……僕、転移者なのは確かなんですけど、無能って言われて、即日追放されてるんですよね」


「何か事情がありそうだな。面倒だから聞かんが」


「助かります。」


「ま、いいんじゃねぇの? 騎士団の頃は良かったが、今の銃士隊はてんでダメだ」


「そうなんですか?」


「連中が出す依頼はクソッカスよ。モンスターのこともよく知らんくせにかき回して、手がつけられない状態になったクソの山を二束三文で回してくる」


「あー……」


「おおかた、どいつも銃の力でモンスタースレイヤーになったつもりなんだろう。ま。そのオツムの足らなさのおかげで、こうして仕事ができるわけだが」


 そういってワルターは椅子の上であぐらをかき、やりきれなさそうにしていた。



◆◇◆



※作者コメント※

ミーム汚染のせいで、呪いの館と聞くとイ”ェアアアア!!!しか出てこない(

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