約束
ワルターとの会話を終え、俺たちはみんなのところに戻った。
早いとこ塔の中に入ってもらうためだ。
このまま外にいて雨でも降ってきたら、煤煙から雲に混じった汚染物質をまともに浴びて大変なことになるからな。
すぐに影響がなくても、健康に悪いことは間違いない。
俺は湿った土の上に腰を下ろしてうつむいているスラムの住人に向かって、できるだけ明るい声で訴えかけた。
「みなさん、いいニュースがあります。オールドフォートの城主は僕らの事を受け入れてくれました。家ができるまでは、ひとまず塔の中で生活してください!」
「「…………!(ぱっ!)」」
俺の報告を聞いて、大人たちの顔が明るくなる。
きっとこれからどうなるか、不安で胸がいっぱいだったんだろう。
彼らは塔に向かったが、道すがら俺は彼らに抱きつかれて感謝された。
「さぁこちらです。塔の中は暗いので足元に気をつけてください」
ランスロットさんがそういって歩き出した人々を塔まで先導する。
トンネルを越えた奴隷たちは消耗しきっている。
俺は彼らの背中にねぎらいの言葉をかけずにはいられなかった。
「後で食事を持っていきます。今は何もないですが、ひとまず休んでください」
あとで大人たちにも栄養食を持っていこう。
彼らは心身ともに疲れ切っている。
今日明日は休んでもらったほうが良いだろう。
「……?」
俺とマリアは周りを子どもたちに取り囲まれた。
何ごとかと思っていると、黒髪の短い髪の女の子が進み出てくる。
彼女は俺を見上げると、両手を心臓にあて、ゆっくりとお辞儀した。
この手話は知っている。「ありがとう」だ。
「本当に頑張ったのは君たちだよ。僕の力だけじゃ出来なかった」
「…………!(ぶんぶん!)」
少女が首を左右に振り、俺の手に両手を重ねる。
そんなことはない、とでも言いたげだ。
「僕が出したのはゴハンだけだよ。ラットマンと戦ったのは君たちが勇気を出したからだ。君たちは奴隷なんかじゃない。ちゃんと意志を持った人間だ」
俺が思ったことをそのまま口にすると、少女はキョトンとしている。
しまった、難しすぎたかな……?
少女は頬はうっすらと赤くして、素早く手を動かした。
怒らせたのかと思ってうろたえていると、マリアが彼女に手話を返す。
『マ、マリア、どういうこと? 彼女はなんて?』
『うんとね、「そんな事を言われたのは始めて」だって』
『え?』
『奴隷なんかじゃない。人間だって』
『あぁ……』
そういえばそうか。彼女たちが接している外の人間は、エーテル回収者に乗っている兵士くらいだ。連中がそんな言葉をかけることはないだろう。
「えっと、僕とマリアは、君たちを必ずこの国から出す。冒険者ランクを上げれば、特権でシルニアからよその国に移住できるんだ。今は全然だけど……約束する」
俺は何を言っているんだろうか。
子どもたちと俺の間に微妙な空気がたち込める。
「突然こんなこと言っても信用できないよな……ごめん」
俺は少女に向かって謝る。
すると少女は、ぱっとどこかに向かって走っていった。
しまった、何か対応を間違えてしまったか?
俺はとっさにそう思った。
少女が走っていった先には、ラットマンから奪った武器の山があった。
彼女は槍を手に取ると、それを高く掲げてみせた。
他の子供たちもそれを見て、次々に武器を手に取る。
えぇっと、何が起きてるの……?
『ジロー様、それなら私たちも一緒に戦う。だって』
『え……?』
子どもたちは思い思いの武器を手に取り、鼻息荒くしている。
いまからどこかにカチコミに行きそうな勢いだ。
「ま、待って待って! 気が早いって!」
「「…………?(かしげっ)」」
「みんなの気持ちは嬉しいけど、今はマリアの手助けだけで十分なんだ」
「「…………!(ぶーぶー!)」」
子どもたちは俺に協力したがっている。
だが、少し気がはやり過ぎではないだろうか。
……もしかして、あのゴハンのせい?
ラットマンを倒せたことで、変に自信がついてしまったのかも知れない。
ちょっと子どもたちを落ち着かせないと……。
「えっと、君たちがラットマンを倒せるのはわかったし、やる気があるのもわかったよ、うん……。でも今はオールドフォートで待っててくれないかな?」
「「…………?(じー……)」」
「う………」
俺は40個以上の無数の瞳にじっと見つめられる。
なかなかの圧だ。負けるな俺。頑張れ俺。
「冒険者ギルドの依頼で君たちの力が必要になったら呼ぶよ。でも、いまは疲れてるだろうし、塔の中に行って休もう。ね?」
「…………!(こくこく)」
ふぅ……なんとか収まった。
もうすこしで冒険者ギルドが子どもたちでいっぱいになるところだった。
もしそんなことになったら、サイゾウさんになんて言われるか。
子どもたちは俺を取り囲み、近くにくっついてくる。
えらい懐かれてしまった。
落ち着いたら、こっちのことも考えないといけないな……。
◆◇◆
※作者コメント※
20万字近くになって、ようやくあらすじに使ったプロットを使い切りました。
ここまでパンパンに膨らむとか、この作者の目(フシアナ)を持ってしても見抜けなんだ…
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