身を寄せ合って

『ジロー様、眠れない?』

『ん……まぁね』


 塔の中に避難して眠れずにいたら、マリアに話しかけられた。


 石の床は硬くて寝そべるどころじゃない。だから俺たちは綿鎧アクトンを脱いで折りたたんでクッション代わりにして座っていた。


 布の鎧は厚手の生地に詰め物をしてあるから、直に座るよりはだいぶマシだ。

 しかし、快適かというとそうではない。


 汗を吸わないゴワゴワの柔道着を想像してほしい。

 極めて固形物に近い座布団に座って、荒々しい石壁を背中にしている。

 舟を漕ごうものなら、ゴツゴツの岩塊に後頭部を打撃される。


 とても寝るどころじゃない。


 あばら家で寝るのも結構しんどかったが、ここはそれ以上だ。

 俺のような現代っ子にはつらい。


『いやぁ、なかなか寝るって感じじゃないね』


『何かお話でもする?』


『そうだね。すこしは気がまぎれるかも』


『ジロー様って、元の世界だと何をしていたの?』


『んー、ただの学生だよ。仕事は……ファミレスでバイトかな』


『学生? 大学にいたの? それにファミレス? バイト?』


 マリアの頭の中がたくさんの疑問でぐるぐるしている。

 俺はそれにひとつひとつ答えていった。


『いや、学生って言っても大学じゃないよ。高校生。あーでも、この世界は高校ってまだ無いのかな? 大学の前に行く学校のことだよ』


『それなら帝国にもあったかも。予科練学校っていって、みんなで寄宿舎に入って、軍隊の訓練もしながら勉強して上級学校に入る準備をするの』


『へー、寄宿学校ってやつかな? 内容はちょっとちがうみたいだけど』


『ジロー様の学校だと、行進とか戦いの訓練はやらないの?』


『行進はやるけど、戦いの訓練はしないかなぁ……』


 マリアのいた帝国って、バチバチの軍事国家だったんだなぁ。

 ちょっと俺たちの世界とは、勉強の意味がちがうようだ。


『じゃぁジロー様は大学で何を勉強するの?』


『いや、大学まで行くつもりはなかったかな……? ファミレスでバイトしてたし、専門学校で調理師でもやろうかなって考えてたくらい、かな?』


 うちは母子家庭で生活が苦しい。

 俺は一応長男だが、大学にいく学費なんてとてもじゃないが用意できない。

 だから1年か2年制の専門学校かなんかにいくかなーって思っていた。


『ジロー様、ファミレスとかバイトって何?』


『ファミレスはファミリーレストランのことで、いわゆるお料理屋さんだよ。バイトはそこで働く人のこと。あ、思い出した……。いきなり姿消したから、店長怒ってるだろうなぁ……』


『じゃあ、ジロー様ってお料理できるんだ! やっぱり!!』


『はは……ファミレスの調理って大体チンかコンベアだけどね?』


『チン?』


『チンっていうのは、電子レンシジって機械を使ったときに鳴る音のことだよ。料理ができるとチーンってベルが鳴って教えてくれるんだ。だからチン!』


『あ、ジロー様の出した道具もボタンを押してそろえると「チン」って鳴ったよね? あれがデンシレンジなんだ!』


『いや、あれは知らないかな……? 僕がファミレスで使っているレンジは、料理を温めるだけで中身を作り出したりはしないから』


『そうなの?』


『うん。だいたいのファミレスは、別の所で料理をつくってるんだ。たくさんの料理人がいるキッチンを想像してみて? そこで作られた料理を、新鮮なうちに凍らせてそれぞれのお店に運ぶんだ。僕はそれを受け取って、ボタンを押すだけさ』


『そうなの?』


『もちろん、ファミレスの中で火を使って料理することもあるんだけど、それもほとんど機械が焼くんだ。鉄の棒でできたベルトの上にお肉の塊をおくと、ベルトがぐるぐる回って肉を焼く。そして焼き上がりの時間が来ると、タイマーがピロピロ鳴って完成を教えてくれるって感じ。だれがやっても変わらないんだ』


『そうなの? じゃあジロー様ってお料理できないの?』


『できなくはないけど……ファミレスでご飯をつくるのには、ちゃんとした資格がいるんだ。学校にいって、試験を受けてそれをパスしないとダメなんだよね』


『そうなんだ。こっちだと誰でも屋台が出せるのに……』


『うちの世界は色々堅苦しいんだよね。何をするにも決まりばっかり。家では料理してるんだけどね。ウチには妹が2人いるんだけど、朝昼晩の3食は、だいたい僕がありものを使ってつくってるよ』


『え、ジロー様って妹さんがいたんだ!』


『うん。下の子はマリアと同じくらいかな~』


 うちの妹は上が16歳で下が14歳だ。

 マリアの容姿は、下の子と同じくらいに見える。大体12~14歳だろうか。


『そっか、禁書庫が見つかったら、ジロー様は帰っちゃうんだよね……』


『まぁ、うん……そうだね。妹は高校の進学を控えててさ。僕がバイトしてお金を入れないと、けっこうキツいんだよね。うちってお父さんいないから』


『ジロー様の家もそうなんだ。そっちの世界でも戦争があったの?』


『いや、前の戦争はかなり前のはず……もうすぐ80年になるんだっけかな?』


『じゃあ、事故とか病気?』


『うーん……わかんないんだ。お母さんは、俺の父さんのことは話さないから』


『そうなんだ……』


『父さんに関しては、写真も何も残ってないんだ』


 重い話なんで、マリアにはこれ以上具体的なことを言わなかったが――


 俺は、父が母を捨てたんじゃないかと思っている。

 そうでもなきゃ、ここまで存在しないものとして扱われたりはしないだろう。


 子供を3人作って、養育費も何もかもブッチして逃げ出した。

 だとすると、俺の父はわりとマジのロクでなしだ。

 俺にもその血が流れていると考えると、なかなかに堪える。


 ……俺がマリアやスラムの子どもたちを助けようとしたのは、そんな父への当てつけなんだろうか。そうしたことが全くないとはいえない。


 俺は、自分が許せないこと、悪いことは決してしないと心得ている。

 だがそれは、けっして父のようにはならない、と、俺と母の前から姿を消した父を敵視して、張り合っているだけかもしれない。


 俺は自分で考えて動いているようだけど、実はそうじゃない。

 何かこう、見えない影の言うことを聞いている。そんな感じがした。


『――マリア?』

『…………』


 気づくと彼女は、俺の肩に頬を寄せて寝息をたてていた。

 俺は彼女の赤髪をなで、そっと瞳閉じた。



※作者コメント※

ほんと地獄みてーな世界

(なお、これでも現実さんに比べてマイルドにしている模様)

ジローくんには幸せになってほしい。

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