幽霊屋敷へ

 ――次の日の朝、俺は尻の痛みで目を覚ました。


 綿鎧アクトンのクッションだけでは限界があったのだろう。

 足の付け根はガタガタで、立ち上がるのにも壁に手をつく必要があった。


 体重が軽いはずのマリアも同じ苦痛を感じているようだ。

 頬をプルプルさせ、よちよちと床から立ち上がっていた。


 俺たちの体は栄養食強くなっているはず。

 だが、石のベッドはそれすら貫通するらしい。

 恐ろしすぎるだろ。


『おはよう。う~……ギリギリ休めたって感じだね』


『う、うん。ジロー様もおはよう』


「う~んっ……!」


 俺は力いっぱい体を伸ばすと、まわりを見回した。

 今いるのは塔の一階で、スラムから避難した人たちが横になっていた。

 ここにはベッドどころか布団もない。


 綿鎧をクッションにできた俺とマリアは良いほうだ。

 ほとんどの人は、石の床に直に寝ていた。

 彼らの顔色を見れば、悲鳴じみた声なき不満の声が上がっているのが分かる。


 いくら奴隷とはいっても、こんな生活が長いこと続けられるものか。

 石の床で背骨をへし折る前に、なんとかしないとな……。


『アイタタ……寝床は早いうちに用意しないとなぁ』


『うん。このままだと、みんな寝ても疲れたままになっちゃう』


『だね~。家具か建材を手に入れないとなぁ』


「ひとまず朝飯にしよう。クリエイト・フード!」


 俺は創造魔法を使って、ディストピア飯を石床に並べていく。

 もはやこの際だ。俺のスキルを隠している場合ではないだろう。


 この強化栄養食を悪用しそうな連中……

 つまり、アインとその仲間たちは追い払われた。


 なら、配ったって問題ないだろう。

 寝床で体がバキバキになっているのに、空腹のままでいるなんて。

 食事の横流しや悪用よりも、そっちのほうが問題だ。


「さぁ、どんどん持っていってください」


「「…………!!(ざわざわ)」」


 大人たちは、俺が並べたディストピア飯を遠巻きに見ている。

 だが、一方の子供たちはそんな大人たちに構わず、トレーを持って行った。


「…………?(しげしげ)」


「心配しないで大丈夫ですよ。どんどん食べてください」


 俺は大人たちに見せつけるように謎ゼリーを食べて見せる。

 うーん、我ながら微妙な味だ。

 ファミレスの話を夜にしたせいもあって、なおさら悲惨な味に感じる。


「まぁ、湯気の上がるスープや脂のしたたる熱いステーキに比べたら、さびしい味かも知れませんが……あの兵士たちが配るパンよりはマシだとおもいます」


 おじさんがトレーを手にとって、恐る恐るゼリーを持ち上げる。

 そうして口に運んだ彼は、カッと目を見開いた。


「…………!(ぎらぎら)」


 おじさんは目を血走らせてゼリーをかきこんだ。


 スラムの食事といえば、味気のないパンに謎ジャムだけ。

 量も味も最低限。死ななければええやろの精神を体現したような食事だ。

 ディストピア飯のほうがはるかにマシなのだろう。


「さぁ、まだありますのでどうぞ」


 俺がトレーを置いて回っていると、塔の上からワルターさんが降りてきた。

 彼は背中に銃を背負い、手には風呂敷包みをもっている。


「ワルターさん、おはようございます!」


「お、もう起きてたか。このまま行くか、それとも門で待ったほうがいいか?」


「こんな朝から、もう依頼に出かけるんですか」


「悲しかな、年をとると朝が早くなるもんなのよ。で、どうする?」


「ワルターさんを待たせるのも心苦しいですし……このまま行きます」

「…………!(こくこく)」


「よし、いくか」


 俺はディストピア飯のトレーを取り、ワルターさんの後に続いた。

 しかし、外にいこう俺たちの背中に声がかかった。


「君たちが行くなら、私も行こうかしら?」


「ルネさんもいくんですか?」


 俺たちに声をかけてきたのはルネさんだ。

 その瞳は力強い。彼女には、何か思う所がありそうだ。


「昨日は横で聞いてただけだけど、私も幽霊屋敷に興味があるの」


「…………?(かしげっ)」


「そこにいる何かは機械を壊すのよね。私はどっちなのか、ふとそう思ってね」


「自分を囮にする気ですか? ルネさんは機械なんかじゃ……」


「それを決めるのは屋敷の呪いよ。で、どうかしら?」


「…………」


 どうしたものだろう。

 屋敷にかかった呪いの正体を知るなら、ルネさんの存在は得難いと思う。


 彼女を危険にさらすのは悪いことだ。

 でもルネさんは呪いと接触して、自分のことを知りたいと望んでいる。

 彼女の願いを無視するのもよくないと思う。


 うーむ……。


「わかりました。だけど、危険だと思ったらすぐ屋敷を出てください」


「そのつもりよ」


「おい、話がよく見えんが……つまりその娘っ子は――」


「すみません。昨日は説明しそびれたんですけど、彼女はゴーレムです」


「人間と変わらん姿で、意思疎通ができるゴーレムだと? そんなモン……」


「ワルターさんが想像する通りです。彼女には禁書庫の知識が使われています。残念ながら、禁書庫それ自体に関係する情報は、何も持ってないみたいなんですが」


「そりゃまたいかついな……」


 ワルターは呆れた様子で首を振った。


「ともかく行くぞ。貧乏ヒマなしだ」


「はい。」


 俺たちはオールドフォートを出て、幽霊屋敷に向かった。

 スラムで反乱が起きたというのに、街の様子は普段と変わらないようだ。

 いや――かわっているところもあるか。


 通りに面した街灯や家々のガラスが割れている。

 あの大爆発の衝撃波で割れてしまったのかもしれない。


 地面に落ちたガラスをちりとりで集めている人を何人も見かけた。


「スラムで反乱が起きたというのに、ほとんど影響は出てませんね」


「たった一日で終わったからな。後始末のほうが長く掛かりそうだ」


「たしかに――」


<ダダーン!>


「「?!」」


 突然、町中に銃声がひびいた。

 何ごとかと思って慌てた俺は、ワルターにぐっと肩をつかまれた。


「うろたえるな。アレも後始末の一部だ」


「え……?」

「…………?(かしげっ)」


 ワルターはそういって街角の一角、何かの広場を指さした。

 黒山のひとだかりが何かを囲んでいる。


 俺は人垣の間から内側を覗き、そこにあったものを見てあっとなった。


 広場には木の柱がポンと建てられ、人間が縛りつけられている。

 柱は全部で3つ。そのうちの1つに縛り付けられた人間の首はうなだれていた。

 動かない所をみると、どうやら死んでいるようだ。


 柱の前にはライフルを持った銃士と、黒い法衣の役人が立っていた。

 

「ワルターさん、あれって……」


「処刑を見るのは初めてか? スラムで反乱を起こした連中だろう」


「…………」


 俺は柱に縛り付けられている男たちの顔を見る。

 あの中にアインはいないようだ。

 もしかして、スラムから逃げ出せたのだろうか?


 俺はじっとして、人垣の間から広場の様子を見ていた。

 すると、柱の前に立った黒い法衣の老人が手を振り回し、甲高い声で叫んだ。


「この者たちは帝国人でありながら、同胞たる帝国人を殺めた! それだけではない。誉ある銃士隊になりすまし、その罪を王国になすりつけようとしたのだ!」


 老人は顔を真赤にしてがなり立てる。


 柱に縛り付けられている残りの2人は目隠しと猿ぐつわをされている。

 だが、布の上からでも恐怖しているのがわかった。


「これらの罪により、この者たちに死を賜う!」


 銃士たちがライフルを持ち上げる。

 次に起きることをさとった俺は、目をそらさずにはいられなかった。


「王女様の名のもとに……てーっ!!」


<ダダーン!!>


 先ほどと同じように、不揃いな銃声が広場に鳴り響く。

 広場を囲んでいた人びとは、それを見て、口々に感想を語った。

 しかしそれは、ほとんど放言に近いものだった。


「仕事の手を止めてまで来たのに、もう終わりか?」

「銃殺は見ごたえがないね」

「たいして血も出ないし、おもしろくねぇや」


 眼の前で人が死んでるというのに、心を痛めている人はいない。

 それどころか、流れる血の少なさに不満を漏らしていた。


「お前さんも気をつけろよ」


「え?」


 ワルターに唐突に声をかけられ、俺は間の抜けた声を上げた。

 彼は俺に目を合わせず、広場を見ている。


「ガキのくせに他人の顔色を見すぎなんだよ」


「…………」


「たいした縁もない大勢に理想を押し付けられ、身動き取れなくなったと思ったら、いつの間にやら処刑台。そんなことがないようにな」


 俺の力ない返事に、3度目の銃声が重なった。



◆◇◆



※作者コメント※

ワルターェ……

このおっちゃん、ランスロットとはちがう方向性で良い先生だぁ。

アウトローよりのメンターキャラ。いいぞ~コレ

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