ワルター

「入れ」


「わ……」


 ワルターに案内された部屋は、塔の一室だった。

 壁には真新しく手入れされた銃がずらっと並んでいる。


 アサルトライフル、ショットガン、ピストル。

 そしてスコープのついたスナイパーライフルまであった。


 ワルターは転移者である僕に対して敵意を向けた。

 それでいて、転移者スキルがもたらした銃を並べてるなんて

 いったいどういうことだろう?


「転移者が嫌いなくせに、銃は使うのか? って顔だな」


「いや、その……」


「ワルター。貴方は転移者がしたことは嫌っている。だが、彼らがもたらした銃を否定するほど胡乱うろんでもない。そういうことですね?」


「ま、そんなところだ」


 壁にかけられているライフルは、銃士隊のそれより良いものに見える。

 黒光りする表面にはオイルが引かれ、サビひとつない。

 手入れが丁寧なのもそうだが、俺の目を引いたのは銃に施された改造だ。


 アサルトライフルは腰だめで使いやすいように先端に握りが追加されている。

 これ、アメリカ軍の特殊部隊が使う銃にそっくりだな。


 またショットガンには、先端に斧とツルハシを合わせたような器具がついている。

 おそらく扉をぶち割ったり、バリケードを破壊するためのものだろう。


 ワルターはただ銃を集めて飾っているわけじゃない。

 しっかりと用途を考え、それに合わせて銃を改造している。

 異世界でこんなことしてる人を見たのは初めてだ。


「気になるか?」


「えぇ。この改造はワルターさんがご自分で?」


「まぁな。……適当なとこに座れや」


 そういってワルターはどかっと椅子に座った。クッションが裂け、平たくなった椅子はぺちゃんこになり、声なき悲鳴を上げているようだった。


 俺は彼をあらためて見る。


 白髪交じりのポニーテールに、顔に刻まれた深いシワ。

 革鎧から出た腕には入れ墨が入っている。

 なんていうか、ワインなんか絶対飲まないタイプにみえるな。


 性格な年齢はわからないが……だいたい60歳くらいだろうか?

 ランスロットさんよりはすこし若く見える。


 彼が着ている黒い革鎧にはいくつもポーチがつき、鋼板で補強されていた。

 中世風の鎧というよりは、警察の機動隊が着ているそれによく似ている。

 ワルターの装備は、転移者がもたらした知識にかなり影響されているようだ。


「ランスロット。あんたの言い分から聞こうか? それで判断する」


「弁明の機会をありがとうございます」


「やめろや。そんなお上品に言われると体がかゆくならぁ」


「では、昔のように戦陣風でいきましょう。ワルター、避難してきた奴隷をオールドフォートで受け入れてほしい。人数は50人あまり。大人と子供が半々です」


「50か。受け入れることに問題はない。元々うちの敷地には余裕があったからな。だが……入れ物がない」


「建物が不足しているということですか」

「この塔は?」


 俺が二人の会話に口を挟むと、ワルターは不愉快そうに唸った。


「中庭を使ってるのは理由がある。寝台が必要なんだ。石の上で寝ると背中をトゲで刺されたみたいになるぞ」


 なるほど……家具が不足してるのか。

 たしかに、奴隷にはお金を稼ぐ方法はないもんな。


 エーテルと引き換えにもらえるのはその日の食料だけ。

 家具や日用品なんかは手に入らない。


「ワルターさん、奴隷が塔に住むことはかまわないんですか?」


「俺の部屋のモノを盗んだり、塔の石を引っこ抜いたりしなけりゃな」


 ふーむ。これはちょっと考える必要がありそうだ。


「ランスロットさん、テントやバラックを新しくつくるのと、家具を用意するのだとどっちがてっとり早いですか?」


「それはバラックでしょうね。50人分もの家具となると、銀貨2000枚は必要になります。ジロー殿とマリアがこなす冒険者の依頼金では難しい」


「そっかぁ……。依頼の報酬が1回で銀貨20枚。単純計算すると、依頼を100回こなさないといけないか」


「なんだお前、冒険者なんかやってるのか?」


「はい。冒険者ランクを★の数を5まで上げる必要があるんです」


「★5ぉ? そりゃまたずいぶん……」


 いぶかしむワルターに俺は説明を続ける。


「これはランスロットさんの計画なんですが……。奴隷は基本的にモノ扱いです。ただの財産だから、冒険者が他所に移住するときは〝持っていける〟」


「冒険者の特権を使って、そこの嬢ちゃんをスラムから連れ出したいってことか?」


「…………!!(ぶんぶん!)」


「いえ、マリアだけじゃないです。スラムに住む子どもたちは人間扱いされていない。彼ら全員を他所よそに連れていきたいんです。もっと安全で、別の場所に……」


「ワルター、私からもひとつ」


「ん?」


「この計画は私が立てました。しかし、人々を助けたいという気持ちを持ったのは彼、ジロー殿自身です。彼の決断について、私は何らかかわっていません」


「ふーむ……ま、それについちゃ疑っていねぇ。ただ……珍しいやつだな」


 ワルターは珍獣を見るような眼差しを俺に向ける。

 敵意は抜けたが、なんとも居心地が悪い。


「ま、ランスロットが引き立てるくらいだ。古き善き三つの徳の持ち主ってことか」


「みっつのとく?」


「あぁ、異世界から来たお前はしらんか。騎士が持つべき美徳ってやつだ。」


「『愛』、『勇気』、そして『真実』。それらが世に陰る時、憎しみが暴威をふるい、※怯懦きょうだによって不実と偽りが姿をあらわす。そうした世に秩序を取り戻すのが、騎士の役目である……」


※怯懦:臆病で気が弱いこと。いくじのないこと。


 そう言ったランスロットさんは、少し気恥ずかしそうだ。

 所作なさげに頭に手をやってポリポリとかいていた。


「久方ぶりに口ずさみました。意外と覚えているものですね」


「ハハ、一度覚えたもんは、なかなか消えないもんだな」


「実際、ジロー殿にはそうした徳があります。いまの世の中ではなによりも得難い」

「…………!(こくこく)」


 マリアはランスロットさんの言葉に激しくうなずく。

 褒められすぎて、ちょっと恥ずかしい。


「ま、消える伝統もあれば残る伝統もあるってわけだな。騎士が姿を消したとしても、そいつらが大事にしていたモンが残ったなら上等だ」


「まったくです。予想外だったのは、それが異世界から来た客人ということですが」


「ランスロットが世話を焼くわけだ。確かに小僧はちがうな。20年前の連中と比べると、地面にしっかり足がついてて舞い上がってねぇ」


「ど、どうも」


「話を戻すぞ。奴隷たちを受け入れるなら、バラックをつくる資材を調達する必要がある。それまで塔の中でかくまってやる。だが、快適さは期待するな」


「かたじけない。資材に関してはこちらで何とかしてみます」


「よーし、これで話は終わりか?」


「あっ、すみません。ワルターさんにはまだ聞きたいことが」


「ん?」


「実は、僕は元の世界に戻ろうとしてるんです。それで、帰る方法は禁書庫にあるかもしれないんです。ワルターさんは経験豊富な冒険者に見えます。禁書庫について、何か知ってることはありませんか?」


「禁書庫か……そりゃまた大きく出たな」


「無謀なのはわかってます。禁書庫の存在は多くの人々が求めている。それなのに、場所はおろか、正体すらまったくわからない。禁書庫とは何なんです?」


「力になれるかもしれん。が、ちと話が長くなるぞ」


「お願いします」


 最初、ワルターはあまり気乗りしない様子だった。

 しばしの間を置き、諦めよりも疲労感を強く感じるため息を吐く。

 そうして彼は、古い思い出を語り始めた。



◆◇◆


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