第2章オールドフォート編

城主のもとへ


 トンネルを抜けてたどり着いた場所は、城のど真ん中だった。


 城と言っても、シンデレラ城みたいなオシャレなお城じゃない。


 草木のない小高い丘がボコボコに半壊した壁に囲まれている。

 その丘の上に、ぽつんとぶっとい塔が建っているだけの場所だ。


 もし異世界にネットがあれば、残念観光地としてランキング入りは間違いない。

 それくらい殺風景な場所だった。


「うーん……おもったより空き地が目立ちますね」


 敷地の中に立っているバラックやテントは、中庭に集中している。

 そこにある建物の数は、以前いたスラムよりも少なく見えた。

 

「オールドフォートは古い要塞だけあって、主要な街路から離れた不便な土地にあります。そのため、周囲の開発が遅れているのです」


「開発が遅れてるってことは……近くに奴隷のエーテルを必要とする工場が少ない。だからこのスラムは小規模だっていうことですね?」


「その通りです。しかし〝どろんこ横丁〟が破壊された今、これまで通りとはいかないでしょう。おそらく周囲のスラムに負担が回ってくるはず」


「どろんこ横丁?」


「あぁ、私たちがいたスラムのことです。あの場所は〝どろんこ横丁〟と兵士たちに呼ばれていたのです。中の人間はスラムとしか言いませんが。」


「え? それだと不便じゃ――ないのか……。奴隷は別のスラムに行き来できない。だからいちいち自分のいる場所を固有の名前で区別する必要がないのか」


「あのスラムは付近に兵器工場がありました。そのためエーテルの需要が高く、それを支えるためにスラムの規模も大きかったのです。しかし――」


「アインの起こした反乱で、あいつごと潰されてしまった、と。尻ぬぐいをするのは関係ない人たちっていうのがなんともだなぁ……」


「納得し難いですが、嘆いても仕方ありません。ジロー殿、塔に行きましょう」


「あの塔にオールドフォートの顔役のヒトがいるんですよね? たしか、ワルターっていう元冒険者でしたっけ」


「えぇ。まずは彼に話を通さねばなりません。たった一日で50人近くもの人間が増えるというのは大事ですから」


 考えてみれば、そりゃそうだ。スラムに住む人たちはみんな貧乏だ。

 他人を助ける余裕なんてありはしないだろう。色々相談して手をうつ必要がある。

 さもなければ、今度は本物の反乱が起きるかもしれない。


「ランスロットさん、マリアとルネさんも連れていけませんか? 城主のワルターさんは冒険者として経験豊富なんですよね? なら、『禁書庫』のことや、冒険者ランクを上げることについても聞いておきたいんです」


「……そうですね。禁書庫についてはルネ女史を。冒険者ランクを上げることについても、マリアを見てもらったほうが良いでしょうか」


「はい。彼女たちを呼んできます!」


 俺はマリアとルネさんを呼び寄せ、4人で塔に入った。

 おっと、人に会うんだからヘルメットは脱いでおくとしよう。


 大小さまざまな石を積んで作られた塔は、彫刻やレリーフなんかの飾り気もなく、旗のひとつもついていない。


 ひどく無骨でぶっきらぼうな男が塔になれば、こんな感じだろうか。


 壁にある窓は細く小さく、ヒビの入った壁は分厚い。

 いかにも戦争用の建物といった印象を受けた。


 塔の壁はところどころ裂け目が出来ており、こぼれた石材が目に入る。

 石の角は、雨風に削られてすっかり丸くなっていた。


「オールドフォートっていうだけあって、ずいぶん年季が入ってますね」


「この城が建てられたのはおおよそ400年前ですからね。戦乱が安定し、冒険者ギルドが世界全土に根を張り始めた時期です」


 400年前……。

 俺の世界で言うところで、戦国時代あたりに作られたってことか。

 ボロっちくなってるわけだよ。


「崩れないのが不思議ですね。登ってる最中に倒れないと良いんですけど」


「そのかわり家賃を取りに来る連中もいねぇ。久しぶりだな、ランスロット」


「――?!」


 いつの間にか、黒の革鎧を着た壮年の男が階段の上にいた。

 もしかしてこのオジサンが?


「えっと、ワルターさんですか?」


「おぉ、そうだぜガキんちょども。サインならチト待ってくれ」


「が、がきんちょ……」

「…………!!(ぷんすこ!)」


「ランスロット、説明しろや。スラムの方でとんでもない大爆発があったんで、上で見てたんだ。そしたら下で何やらガサゴソ始まってたんで降りてきたのよ。そっちのスラムで一体何がおっぱじまった?」


「帝国人による反乱です。帝国人の青年が、王国銃士になりすましてスラムの住民を襲撃、偽旗による一斉蜂起を狙いました。ですが――」


「王国の銃士、それと転移者の投入で蹴散らされたってことか?」


「さすがはワルターですね。反乱の鎮圧には転移者が使われたようです。実際にその現場を目にしたわけではありませんが……」


「じゃぁ、転移者がオカワリされたって噂は本当なんだな?」


「はい。それについては僕が証拠です」


「おいおい、このガキんちょが? ってことぁ……」


「えっと、僕は転移者です。名前はジロー。スキルは創造魔法です」


「――なッ!!」


 ワルターの瞳に敵意が宿ったかとおもうと、彼の体が素早く動いた。

 後ろに手を回してピストルを取り出し、僕の顔に突きつける。

 しかしその銃口は、しわだらけの大きな手のひらでさえぎられた。


「止めるなランスロット。お前が何のつもりかわからんが、コイツらは危険だぞ」


「落ち着いてくださいワルター。彼は以前の転移者とは違います。能力も創造魔法という名前こそ同じですが、作り出されるものは違います」


「…………」


「ひとまず、銃を収めてはくれませんか?」


「……そうだな、すこし行き違いがあったようだ」


 ワルターは俺から視線を外さず、カチリと音を立てて銃を収めた。


 うかつだった。ランスロットさんの話をあれだけ聞いておきながら、転移者に対する悪感情を俺は想像できなかった。


 年老いた冒険者はただの老人じゃない。当時の「生き残り」だ。

 20年前に何があったか、彼の反応からだいたいのことが想像できる。


 スラムでおきた大爆発、そして大火事。

 ああした大事件が、毎日のように起きていたんだろうな……。


「来い。〝話〟をしようじゃないか」


 そういってワルターは、アゴで階段の上を指し示した。



◆◇◆ 



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