オールドフォート
ちょっとまって? んん~?
そこは普通、通用しないもんでしょ????
小さな影と大きな影がトンネルの中で動きを止め、ピタリと固まっていた。
現地で何が起きているのか、シルエットだけでも理解できる。
眼の前で起きたことを理解できず、両者の思考がフリーズしているのだ。
『えーっと……』
『ジロー様が子どもたちに上げた食事のせい、かな?』
『それにしたってあそこまで……あっ、ある。心当たりがありまくる。ほらマリア、今日の給食で新しく出した「D級英雄食」、あれって……』
『うん。あれ、食べると英雄級に強くなる食事だったんじゃない、かな?』
『あぁ……そういえば、今日の僕はあきらかに変だ。今日1日だけで100回以上も創造魔法を使っているのに、ちょっとした疲労感しかない』
『ひゃ、百回も? ジロー様、そんなに使ったら普通は倒れるよ?』
『だよねぇ……』
レベルが上がったとはいえ、これだけスキルを使えば倒れてもおかしくない。
あのショートケーキで能力が底上げされたんじゃないか?
「ジローくん、あれってあなたのせいよね?」
ルネさんが俺を問い詰める。
この世界で起きる奇妙なことは、すべて俺のせいと言わんばかりの勢いだ。
実際、俺のせいなんだが。
「その……ハイ。新しいメニューがでてきたのでつい」
ケーキは子供たち全員に配った。
だって、仲間はずれがでたらかわいそうだったんだもん。
「……ラットマンが逃げ出し始めたわ。あんな反撃を受けちゃぁね」
ルネさんのいうとおり、トンネルの中から四方八方に影が散っていく。
予想外の反撃を受け、ラットマンはパニックになって逃げ出したようだ。
トンネルの中を逃げる影の中に、ひときわ大きな影が混じっている。
きっとあれがラットマンのリーダーか?
「みんなと合流しましょう。連中がパニックから回復して、また襲ってくる前にトンネルを抜けなくては」
「そうね。リーダーはこっちに姿を現さなかった。用心深いやつだわ」
俺たち3人はトンネルを逆走し、スラムの人たちと合流する。
そこではラットマンから奪った武器を手に、子どもたちが勝どきをあげていた。
「…………!!!(えいえいおー!)」
「…………!(ふんすっ!)」
「や、やぁ。」
先導を頼んだ少女は、俺を見るなりぱっと顔を明るくして手の指を6本見せる。
きっと『6体やっつけた』という意味だろう。メチャクチャ倒してるぅ……。
子どもたちは俺を囲み、ラットマンから奪ったであろう雑多な武器を俺に見せる。
ナイフ、棍棒、槍、中にはピストルやアサルトライフルまであった。
たぶんだけど、ラットマンが銃士や酔っ払いから奪った武器だろう。
それに素手で勝っちゃうってどうなのさ?!
英雄食の効果がヤバすぎる。危険な副作用とかないよね……?
「かたじけない……今回もあなたのスキルに助けられたようです」
「はは、まぁ……」
すこし疲れた様子のランスロットさんが俺を見つけ、称賛の言葉をかける。
まったく想定していなかった結果なので、ちょっと心が痛い。
「ラットマンが背中を見せている今のうちです。ジロー殿、急いでオールドフォートに入りましょう」
「件の別のスラムってやつですね。ここまで来てなんですけど……スラムの人たちは、よそから来た僕たちを受け入れてくれるでしょうか?」
「それについては問題ないでしょう。オールドフォートの城主が認めれば、それに異をとなえる者はおりません」
「城主? スラムに城主がいるんですか?」
「ハハ、城主といっても、公に認められているわけではありません。古塔に居を構え、スラムの人々の相談に乗っている顔役のことです」
「なるほど……ランスロットさんは城主のことを知ってるんですか?」
「えぇ。以前はよく騎士団からの依頼を受けてもらったものです」
「依頼? じゃあ、冒険者ってことですか?」
「その通りです。城主はワルターという元冒険者です。すでに引退して久しいですが、かなりの技術と知識を持つ実力者ですよ」
「へぇ……」
「私も彼にジロー殿を紹介したい。ぜひ、城主に会ってくれませんか?」
「いえ、こちらこそお願いします!」
ワルターが元冒険者のベテランなら、色々実のある話を聞けそうだ。
俺が求めている「禁書庫」の話はもちろん、冒険者ランクの☆を★に埋めるコツとか、知りたいことは山ほどある。彼との話がムダになることはないだろう。
「よかった、では行きましょう」
「はい。」
ラットマンを追い払った俺たちは、ついにトンネルの出口にたどり着いた。
出口の格子は冷たく湿った土に覆われている。
格子を外そうと格闘するたびに、鉄の冷たさが指先に染み入った。
「それっ」
<ガコンッ!>
格子の下にラットマンから奪った槍を差し込み、テコの原理でこじ開けた。
トンネルを塞ぐものが無くなると、背後で声にならない歓声が上がる。
「みなさん、落ち着いて前に進んでください。足元がぬかるんでるから気をつけて」
トンネルの入口は、空になった池に続いていた。
足元はぬかるみ定かではなく、苔とヘドロの悪臭がひどい。
しかし、そんな最悪な場所でも人々の顔は明るい。
スラムを襲った悲劇から逃れたという安堵がそうさせているのだろう。
俺はふと、空を見上げてみた。
星のない暗い空の中に、真っ黒なシルエットが突き刺さっている。
――塔だ。古塔はかろうじて立っているという様子だ。
あちこちに裂け目があり、崩れかけた基部は長い年月の荒廃を物語っている。
あれがランスロットさんの言ってた、古塔だろう。
城主はあそこにいるに違いない。
俺は壁に囲まれた中庭へと目を移した。
かつては騎士たちが乗騎にまたがって旗のついた槍を並べていた場所なのだろうが、いまやそうした栄華を感じさせるものは何ひとつもない。
中庭は完全にスラムと化し、寄せ集めの素材で作ったバラックが乱立している。
テント越しにほのかな明かりがもれ、かすかな生活のざわめきで満たされていた。
ここがオールドフォート……か。
◆◇◆
機密文書 No. 23560601-B
宛先::<データ破損>
件名::「ドレッドノート級英雄食」(以下、D級英雄食)に関する緊急報告
報告者::フジヤ陸将
本報告書は〝D級英雄食〟の使用に関する現行の問題点を指摘。
その対策を提案するものである。
D級英雄食は卓越した効果を持っている。
導入されて間もないが、兵士の生存率を飛躍的に向上させた。
英雄食に添加されているのは、最新のドレッドノート級ナノマシンである。
英雄食の使用者に対し、戦闘用パワーアーマー着用者に匹敵する能力を与える。
前級のミカサ級ナノマシンは頭痛、発熱、発火、爆発といった副作用があった。
しかしドレッドノート級にはそうした副作用も存在しない。
一部のナノマシンが身体に残留し、2~3ヶ月長期的に身体を強化する。
D級英雄食は、戦場を変えうる革命的な存在である。
しかし、いくつかの深刻な問題を抱えている。
まず、ひとつ目の問題は、不必要なまでに洗練された味わいである。
D級栄養食は過剰すぎるほどに美味だ。
これが英雄食の無駄使いや、横流しといった問題をまねいている。
戦闘状況下ではないにも関わらず、日常的にこれを喫食する将校が後を絶たない。
これは軍の資源を無駄に消費する利敵行為である。
また、英雄食の過剰な喫食は、将校の日常生活に問題を発生させている。
D級英雄食が正式化されてから兵舎のトイレの破損は前年比4000%。
寝台にいたっては6000%に達し、深刻な問題となっている。
駐屯地を廃墟にしないためにも、早急な対策が必要であると考える。
2つ目の問題は、英雄食に添加されているドレッドノート級ナノマシン自体だ。
その性能は一般兵に向けたものとしては、明らかに過剰である。
いくら身体強化されたとしても意味がない。
わが軍の兵士は、伝説上のドラゴンを剣や槍で殴りに行くわけではないのだ。
日常的に消費するのであれば、より低級なナノマシンで十分であろう。
本報告書では、以下の対策を提案する。
1. D級英雄食の配給を戦闘区域に制限する。後方での身体強化は不要である。
2. 現行の美味すぎる味付けから、栄養食として実用的な味覚に変更する。
喫食に抵抗がない程度のシンプルな甘みフレーバーで十分である。
3. コスト削減のため、配合するナノマシンの種別を見直して最適化する。
普段の喫食には、効果が弱くとも残存率の高いユキカゼ級を使用し、威力と即効性の高いドレッドノート級は、重要な作戦前の提供にするなどが考えられる。
D級英雄食の効果は認められる。しかし、現在の使用法には問題が多すぎる。
<データ破損>においては、<削除済み>決行前にただちに本件を見直されたし。
報告者署名:
フジヤ陸将
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます