ラットマン戦(2)

「チチチチ……ッ!」

「キキッ!」


 槍と投網をもったラットマンが左右に別れ、俺たちを取り囲んだ。

 連中の動きは素早く、かなり手慣れていると感じさせた。


 ラットマンは巧みな足さばきで移動している。

 互いの射線を重ね、その上に味方がいないようにしていた。

 間違いない、奴らはハンターだ。

 こうした〝狩り〟にかなり手慣れているみたいだな。


<バサッ!>


 槍を持ったラットマンが、十字方向から投網を投げつける。

 投げられた網は空中で広がり、シールドベルトの上に覆いかぶさった。


「――げっ!」


 網はシールドベルトの上に乗り、勢いを無くすとそのまま地面に落ちた。

 とっさに体を後ろに引かなければ、俺は上から降ってくる網に捕まっていた。


 なるほど……おかげでシールドの特性が少しわかったぞ。

 シールドベルトは決して万能な防御兵器じゃない。

 それどころか、シールドに対してメタを張る方法があるんだ。


 ベルトが展開する光の泡は、使用者に飛来する物体を弾き飛ばす。

 銃弾なんかは泡の表面で砕け散るか、角度によっては跳ねてしまう。

 そして、手裏剣や投げナイフ、爆弾なんかは表面で跳ね返った。


 何で銃弾は砕けるのに、他のものはそうならないのか?


 この違いは、物体の大きさや重さ、固さに関係していない。

 俺に向かって飛来する物体が持つエネルギー。

 つまり、飛んでくる勢いが強く関係しているようだ。


 投網は空中で広がると、ゆっくりと傘のように落ちてくる。

 そこに人を傷つけるほどの勢いはない。

 だからシールドは投げられた網を弾き飛ばせないんだ。


 もし網に捕まってしまえば、そこで終わりだ。

 網に結び目についた鉤爪で体を引き裂かれ、槍でとどめを刺される。


〝ゆっくりと飛ぶが、傷つける力を持つモノ〟

 これがシールドがもっとも苦手とする相手にちがいない。


『マリア、ラットマンの網に気をつけるんだ! これはシールドじゃ防げない!』

『うん!』


 飛んでくるネットは、太く頑丈なナワで結われている。

 これを短い剣で切り裂くのは無理がある。避けるしか無い、が――


『ジローくん、地面のネットに注意して。うかつに踏めば足の甲に穴があくわよ!』


 ルネさんが叫ぶ。

 地面に落ちた投網は、鉤爪を天に向けてマキビシのような罠になっている。

 獲物が網をよけたとしても、まったくの無駄にならないというわけだ。


『なんちゅー性格の悪い攻撃だ!』


 投げ網で捕まえられなくても、地面に落ちればそれが結界となる。

 そうして長い槍で遠くから一方的に突くというわけか。

 ランスロットさんの言う通り、ラットマンは高度な知性を持っている。

 加えて、性格も相当に悪いのは疑いようがない。


『みんな下がって、セントリーガンを展開する!』

『うん!』


 俺は両手のアタッシュケースのスイッチを押し、空中に放り投げた。

 するとセントリーガンは空中で足を開き、器用に床に着地する。


「キキッ?!」


 突然現れた鉄の異形に戸惑ったのか、ラットマンの足が止まる。

 止まった姿をまじまじと見ると、本当に立ち上がったネズミにしか見えない。


 地上に立ち上がった鉄のクモは連中の隙を逃さない。

 すぐさま周囲に鉄の嵐を見舞った。


<タタタタタンッ!!!>


「奇遇だね。そっちがマトモにやる気じゃないなら、こっちもそうなんだ」


「キィ!!」「ギャッ!!」「ヂュオッ?!」


「よし、このまま押し切っちゃえ!」


 レコンヘルメットに表示されているラットマンの光が次々に弱まっていく。

 このままなら軽く突破できるはず。

 そう思ってほくそ笑んでいた俺の後ろで、マリアが叫んだ。


『ジロー様、後ろ!!』


『え? げ、しまった!!』


 投網やセントリーに夢中になっていた俺は、すっかり見逃していた。

 ラットマンを示す光点が、壁の向こうで動き、すでに俺達の後背に到達している。

 眼の前のラットマンは囮だ。俺たちは完全に裏取うらどりされていたのだ。


『クソッ!! ダメだ、今から戻っても間に合わない……ッ!』


 壁の向こうで動いているラットマンの速度はすさまじいものだった。

 すでにいくつかの白い影が、トンネル内で長く伸びた隊列に到達している。


『いけない! これじゃランスロットおじさんでも守りきれない!』


 マリアが悲壮な声を上げる。ラットマンはトンネルの横穴を利用して、トンネルの中に伸びた隊列を前、中央、後ろから襲いかかっている。


 いくらランスロットさんが強くても、広い範囲を同時に襲われたら守りきれない。

 牙をむいた白い影が、子どもたちの白い影に襲いかかる。


『あぁ、そんな――』


 ラットマンに襲われた子供が手を振り回している。

 大きく背を曲げているにもかかわらず、襲撃者の背丈は子どもたちの倍はある。

 武器もない子どもたちが、ラットマンに太刀打ちできるはずがない。


 ぶんぶんと回される拳が、大きく口を開けたシルエットにあたる。

 だが、そんなものが何になるだろう。

 子どもたちの抵抗もむなしく、ラットマンの影は壁まで吹き飛ばされた。


 ……ん?

 えぇぇぇぇぇ?!



◆◇◆



※作者コメント※

テクニカルとはいえ、ちゃんとした正攻法で攻めてるのに

理不尽にも吹き飛ばされたネズミさん。

つ、つよくいきて…

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